第9話 狼少女は月夜に吠える。4

「シスタークロエ」


 箒を手にして礼拝堂を掃除していた修道服姿の中年女性——クロエが振り返ると、そこには野花を手にした幼い少年が満面の笑みを浮かべて立っていた。


「あら、そのお花どうしたの?」

「キレイだったから摘んできたの。シスターにあげる!」

クロエは少年から花を受け取ると、僅かに困ったような表情を浮かべる。


「ありがとう。でも無闇に草花を摘んではいけませんよ」

「どうして? シスターはお花嫌い?」

 少年が不安げに首を傾げると、クロエは膝を曲げてしゃがみ、少年に視線を合わせる。そして愛おしげに少年の頭を撫でた。


「ううん、私もお花は大好き。でもね、お花にも命と心があるのよ。いつも話しているでしょう? 四人の——」

「四人の女神様!」

「そう。私達が崇める四人の女神様は、この世界にあるあらゆるものに心と命を与えてくださったの。心のあるものを不必要に刈り取るのはいけない事でしょう?」

「うん……」

「だから、このお花さんには命を捧げてくれた事を感謝して花瓶に生けてあげましょうね」

「うん! 僕、空いてる花瓶を探してくる!」


 そう言って去ってゆく少年の背中を、クロエは優しい視線で見送る。


 クロエはサミーナ王国全土で信仰されている感情を司る四人の女神を祀る宗教『心神教』のシスターであり、ルイヌの町にあるこの教会で孤児院を開いている孤児達の母でもあった。


 クロエが掃除を再開しようとすると、いつの間にか礼拝用の長椅子に座っていたスキンヘッドの大男が立ち上がる。


「茶番は終わったか?」

「……ゲニル。ここにはあまり顔を出さないでって言っているでしょう。子供達が怖がるわ」

「状況が状況なんでね。あのガキがここに戻っていないか確かめに来た」

「戻ってないわ。まだ見つからないの?」

「あぁ、町の出入り口には見張りを置いているから、町を出たって事はねぇ。だが仲間が三人やられた」

「子供一人に情け無いわね」

「おいおい、子供って言ってもあのガキはただのガキじゃねぇだろ。確かあのガキは……」

「とにかく、早くあの子を捕まえてちょうだい」

「わかっているよシスター、お互いの商売のためにもな。だが、万が一あのガキが衛兵所に駆け込めば俺達は終わりだ。最悪の場合はあのガキを——」

「その時はあなたに任せるわ」


 細められたクロエの目が冷たく光る。

 その鋭い眼光は、先程少年に向けられていた優しげな眼差しとはまるで別物であった。

 ゲニルと呼ばれた大男は頷くと、巨体を揺らしながら礼拝堂を出て行く。


 すると、ゲニルと入れ違うように、今度は剣を背負った少年と大きな杖を手にした少女が礼拝堂に入ってきた。


「あのー、すいません。俺達旅の芸人なんですけれど、宿に泊まる金が無くて困ってるんです。屋根のある場所ならどこでもいいので泊めて貰えませんか?」


 一組の少年と少女、それはもちろんあのムチャとトロンのコンビであった。


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