第8話 狼少女は月夜に吠える。3

「さぁさぁ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」

「ムチャとトロンの楽しいお笑いショーが始まるよー」


 ここはコッペリ村から遠く離れたルイヌの町。

 町の広場では老人の馬車に乗って町にたどり着いたムチャとトロンが、ネタを披露するために客寄せをしていた。

 因みに二人の主な収入は、お笑いの路上ライブによるお客さんの投げ銭である。


「ねぇねぇお母さん! お笑いだってよ!」

「おっ、お笑いかぁ。ちょっと見ていくか」


 昼下がりの広場には人通りが多く、ムチャとトロンの前にはあっという間に多くの客が集まった。

 二人は投げ銭を入れるためのビンを地面に置くと、早速ネタを始める事にした。


「どうも! ムチャです!」

「トロンです」

「「よろしくお願いします!」」


 二人の息の合った挨拶に、観客達から拍手が送られる。


「いやー、沢山のお客さんが来てくれて嬉しいですねぇ」

「そうですねぇ」

「しかし今日は暖かくて良い天気ですが、暖かくなるとちょっと困る事がありますよね」

「ほうほう、というと?」

「暖かいとほら、虫が出るじゃないですか。私虫苦手なんですよ」

「あー、私もこの前部屋に虫が出て困りました」

「どんな虫が出たんですか?」

「ジャイアントキングスコーピオンが」

「そんなデカイのが出るかよ!!」


 ムチャはチラリと観客達の方を伺ったが、イマイチ反応はよろしくない。それもそのはず、各地を旅しているムチャ達はともかく観客達はジャイアントキングスコーピオンを知らないのだ。


「えーと……すいません! ネタを変えます!」

「え? 何やるの?」

「決まってるだろ、鉄板ネタだよ!」

「まさか……」

「じゃあ、ショートコントやります! ショートコント・エンシェントホーリーフレイムドラゴン!」


 三十分後。

 そこには空腹を抱えて石段にしゃがみ込む哀れな芸人コンビがいた。


「また、ウケなかった……」

「エンシェントホーリーフレイムドラゴンまでは良かったんだけどねぇ……」

「トロンがまたネタを忘れたせいだ」

「ムチャが噛みまくったせいだよ」


 投げ銭入れのビンには、軽くデコピンをすればビンが倒れるほどにしかコインが入っていない。これでは二人で一食食べるだけですっからかんだ。今日は野宿をするか教会を探して泊めてもらうしかなさそうだ。


「「はぁ……」」


 ため息を吐いていると、二人のお腹が同時に大きく鳴いた。

 すると、そんな二人の元に何者かが駆け寄ってきた。


「ねぇ、芸人さん達お腹が空いてるの?」


 二人が顔を上げると、そこには美しい銀髪銀眼の少女がいた。

 年はムチャ達よりも少し下くらいだろうか。先程二人がネタをしている時に彼女が建物の影からこちらを覗いていたのを二人は覚えていた。


 少女はボロボロの服に裸足という様相であったが、不思議とどこか高貴そうなオーラを纏っている。


「あぁ、俺達は確かに空腹だ……」

「そして笑顔にも飢えてるね……」


 そんな二人を見て、少女は手にしていた布の包みを漁り、一つのパンを取り出す。そして二人に差し出した。


「これ、パン屋さんで貰った余り物だけど、良かったら食べて。芸人さん達のお笑い面白かったよ」


 少女はパンを受け取った二人に眩しいほどの笑顔を残して、逃げるようにその場を去ってゆく。


「いい子だなぁ」

「天使っているんだね」


 少女の優しさに感動の涙を流しながら、二人はパンを二つにちぎるのであった。


 すると、パンを齧る二人の元にまたしても歩み寄る人物がいた。


「あんた達、まだお笑いなんてやってたの?」

 二人の前に立ったのは、先程の少女とは真逆の高価そうで扇情的な服を着た、ナイスバディでセクシーな妙齢の女であった。女は美人ではあったがなんとなく性格が悪そうな顔をしている。


「げっ、プレグだ」

「プレグだね」

「『げっ』て何よ」


 彼女の名はプレグ。

 ムチャとトロンの知人であり商売敵でもある売れっ子の魔法大道芸人だ。

 プレグはムチャを押し除けてトロンの隣に座ると、甘い声で語りかける。


「ねぇ、トロン。私ね、そろそろ誰かと組もうかと考えてるの。いい加減この甲斐性無しのお笑いバカとはさよならして、私と魔法大道芸をやりましょうよ。あなたと私が組めばきっと最高のパフォーマンスができるわ。そうすればお金もガッポリで美味しいものも沢山食べられるわよ?」

「ヤダ」


 トロンはキッパリと言い放つ。


「だって、私同性愛者じゃないし」

「どういう意味よ!? 私だって違うわよ!」

 そう言ったプレグの顔はやけに赤くなっていた。


「お前さぁ、会う度にそうやってウチの相方勧誘するのやめてくれよ」

「あんたねぇ! この子にお笑いなんかやらせるなんて宝の持ち腐れなのよ! 大体男だったらご飯くらいちゃんと食べさせてあげなさい!」


 それを言われると耳が痛いムチャであった。

 そしてプレグはおもむろに胸の谷間を弄ると、二枚のチケットを取り出す。


「今度この町の劇場でショーをやるから、それを見てから私と組むかどうか決めてちょうだい! あなたが私と組むならその甲斐性無しは荷物持ちで使ってあげるから!」

 プレグはトロンに無理矢理チケットを押し付けると、プリプリと怒りながらどこかへと去ってゆく。ムチャはちょっとだけそのお尻がエロいと思い、トロンはそんなムチャの頬を軽くビンタした。

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