第6話 狼少女は月夜に吠える。1

 雲一つない晴天の下、バッタが跳ねるのどかな街道を、年の頃十三〜十四歳ほどの少年と少女がトボトボと歩いていた。


 背に剣を背負ったツンツン髪の少年の名はムチャ、そして大きな杖を手にした長い黒髪の少女の名はトロン。彼等は世界一のお笑い芸人を目指して旅をしているお笑いコンビである。


「ねぇ、ムチャ」

 トロンはムチャの袖をくいくいと引きながら、気の抜けた声で呼びかける。


「……なんだ?」

 トロンの呼びかけに、ムチャはめんどくさそうに振り返った。


「お腹空いたねぇ」

 それは今日トロンが目を覚ましてから幾度も口にした言葉である。

 ムチャはうんざりした顔でトロンを怒鳴りつける。


「お前それ何度目だよ! いいかげんにしろ! 口を開けば腹減った腹減ったって、お前はそれしか言えないのか!?」

「だってお腹空いたんだもの」

「俺だって腹減ってるんだから我慢しろよ!」

「それはわかってるよ。でもさぁ、ムチャが悪いんだよ」


 二人は先日コッペリ村にてゴブリンの群れを討伐し、村を救った英雄として多額の報償金を貰える事となった。しかし、そこでムチャがこんな事を言い始めたのだ。


「俺達はただネタを邪魔されたからゴブリンを退治しただけだ。魔物退治の報償金なら受け取れない」

「でも、私達今無一文だよ? 貰っておこうよ」

「わかってる。でも俺達はお笑い芸人だ。芸人にはお客の安全に配慮する義務がある。だからゴブリンを退治したのは芸人として当たり前の事なんだ! というわけで、今回はステージの出演料だけ貰う事にする」

「えぇ……」


 ムチャのワガママで、二人は結局ステージの出演料だけを貰ったのだが、そのお金は旅に必要な日用品と食料に消え、更にその食料も昨日底を尽きてしまっていた。


「だからさぁ、旅をするにもお金がいるでしょ? お金がないと旅ができないでしょ? そしたら世界一のお笑い芸人にもなれないでしょ?」

「わかったわかった! メシの次は金の話かよ……。あーあ、早く次の町に着かないかなぁ」


 そんなやりとりをしながら二人がトボトボと背中を丸めて歩いていると、そこに一台の荷馬車が通りかかった。

 馬車が二人の横で止まると、御者台から手綱を持った老人が声を掛けてきた。


「どうしたお二人、元気が無いようだが?」

「んー、まぁ元気ではないかな。爺さん、次の町までどれくらいかな?」

「あの丘を越えたら見えてくるが、まだ少し遠いかな。良かったら町まで後ろに乗って行くかい?」

 老人が荷台を指差すと、二人の顔がパァッと明るくなる。


 野菜の積まれた荷台に乗り込んだ二人に、老人は背中越しに問いかける。

「お二人は旅人かね? ずいぶん若いようだが、持っている剣と杖からして冒険者かな?」

 すると、ムチャが力強く答えた。


「いや、俺達は冒険者じゃない! 世界一のお笑い芸人を目指すお笑いコンビだ!」

「そうかいそうかい」


 老人が朗らかに笑うと、馬車はのんびりと走り始めた。

 二人の次のステージに向かって。

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