第5話 お笑いコンビ現る。5

 ザンッ


 小気味こきみ良い音がドリスの耳に響いた。


 そしてドリスに襲い掛かったゴブリンは上半身と下半身に両断されて地に転がる。

 それを見たゴブリン達はたたらを踏んで立ち止まり、何が起きたか理解できぬドリスはゆっくりと左右を見渡した。


 するとそこには、あのお笑いコンビを名乗る少年と少女がいた。


「おっさん、いい度胸してるじゃねぇか」


 そう言った少年の手には、つかに宝玉の埋め込まれた抜身の直剣が握られている。


「でも、無茶したら危ないよ」


 そして少女の持つ大きな杖には、魔力特有のあわい光が宿っていた。


「お、お前達……」

 少年達はその場で腰を抜かしてしまったドリスの前に進み出ると、まるでこれから漫才でも始めるかのように並び立ち、ゴブリンの群れに向かって言い放つ。


「やいやいお前達! よくも俺達のネタを邪魔してくれたな!」

「人のお笑い邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄でヒヒーン」

「俺のツッコミ受けたくなけりゃ」

「家に帰ってお家でヒヒーン」

「完全無欠の爆笑必須、天下無双のお笑いコンビ!」

「ムチャとトロンとは」

「俺達の事だ!!」


 二人の威勢いせいの良い名乗りに、ドリスを含む村人達は、いや、ゴブリン達までポカンと口を開けて唖然あぜんとする。しかしゴブリン達はすぐに立ち直ると、雄叫おたけびを上げて二人に襲い掛かった。

 襲いくるゴブリン達を見て、少年は高らかに叫ぶ。


「さぁ、ショータイムだ!」


 それを合図に少年達は素早く前後に分かれると、それぞれの得物えものを手にゴブリン達を迎え撃つ。


「どうも、ムチャです!」

 少年は剣をかまえ、体制を低くして身構える。


「トロンです」

 少女が杖をかかげると、杖がまとう光がより強くなる。


「「よろしくお願いします!」」

 そして掛け声と共に二人の戦いが幕を開けた。


「ムチャ、無茶しないでね」

 少女が杖を振ると、村の入り口に光の壁がそびえ立つ。


「トロンこそ、トロトロしてるなよ!」

 少年はゴブリンの群れに躍り込み、一振りで二体のゴブリンを両断する。


「炎よ」

 少女の杖から火炎が放たれ、ゴブリン達を焼き払う。


「せやぁ!」

 少年はゴブリン達の攻撃を避けながら、次々とゴブリン達を切りつけてゆく。


「この前ね、ゴブリンが水を飲んでいたんですよ」

「へぇ、それで?」

「私その飲みっぷりに感動しちゃって」

「どんな飲みっぷりだったんだ?」

「ゴブリゴブリってね」

「駄洒落じゃねぇかよ!」


 そんなジョークを交わしつつ、前後左右と立ち位置を変え、時には互いに背をかばい合いながらテンポ良くゴブリン達を倒してゆく彼等の姿は、まるで熟練のお笑いコンビの掛け合いのようであった。

 その強さは凶暴なゴブリンの群れを圧倒するほどであったが、その戦いを見ているドリスを含めた村人達には一つの大きな疑問が浮かんでいた。


「なぜ戦いながら漫才を……」


 しかし、その答えをみちびき出す暇もなく、二人は更にゴブリン達を倒してゆく。


 五匹、十匹、二十匹。


 次々と倒されてゆく仲間を見て、初めは怒りに満ちた様子で襲い掛かってきていたゴブリン達も恐れをなし、りになって森に向かって逃げ始めた。


「てなわけでね、ゴブリンじゃなくてゴキブリンだったんですよ」

「しょうもないオチ! もういいよ!」


 そして最後に残った一匹を少年が両断すると、少年達は村に向かって向き直り、深く一礼をした。


「「どうも、ありがとうございました!!」」


 辺りに静寂が訪れる。

 すると、二人の戦いを見守っていた村人達から小さな拍手が起こり始めた。拍手は徐々に大きくなり、やがて大歓声へと変わる。


「いやー! どうもどうも!」

「天気は快晴、おひねり歓迎」


 少年達は愛想あいそを振りまき、やがて歓声が止むと、腰を抜かしていたドリスに手を貸して助け起こした。


「お前達はいったい……」

「だから言っただろ、俺達はお笑いコンビだって」

「しかし、あの強さは……」


 すると三人の元に、一人の幼い男の子が駆け寄ってきた。


「ねぇねぇ! 芸人さん達強いんだね! ゴブリン怖くなかった?」

 その問いに少年は答える。


「怖くない! って言ったら嘘になる。でも俺達のネタを邪魔する奴は許せねぇしな。それに……」

 少年はドリスの背後に視線を向ける。

 それに釣られてドリスが振り返ると、そこにはのどかなコッペリ村と、素朴そぼくな村人達の笑顔があった。


「なんだか守りたくなるような良い村だからな、ここは」


 その言葉を聞いて、ドリスはノリスの言っていた事を思い出した。


 ノリスはただ純粋に村を守りたかったのだ。

 きっとノリスはドリスが止めても軍に入り、村を出て行っただろう。

 守りたいものを——この村と、愛する人々を守るために。

 ドリスはノリスをほこりに思う事はあれど、いる事など初めからなかったのだ。


「さぁて、祭りを再開しようぜ! 俺達のステージもやり直しだ!」

「でも、さっきのネタは止めようね。滑ってたし」

「それを言うなよなぁ……」


 村人達と共に広場へ戻ってゆく二人を見ながらドリスは呟く。


「世界一のお笑い芸人か。あいつらならもしかしたら……」


 その年のコッペリ村の村祭りは、かつてないほどの盛り上がりを見せ、参加者の中には笑顔を取り戻したちょび髭の村長がいたそうな。


 そして、村を救った英雄達の漫才はややウケだったそうな。

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