第4話 お笑いコンビ現る。4

「西の森からゴブリンの群れが向かってくるのが見張り台から見えたんだ!」

「群れはどれくらいの規模だ!?」

「二十、いや、三十匹はいた!」

「三十匹だと!?」


 ゴブリン。

 それは力や知能は低いが繁殖力と凶暴性が高く、人間に似た姿をしている魔物である。

 一匹一匹は大した強さではないのだが、群れになるとその凶暴性から小さな集落や村にとって大きな脅威となる。ゴブリン達に滅ぼされた村も数多くあるとドリスは聞いていた。

 三十匹もの群れとなれば、コッペリ村の村人総出で戦ってもかなりの被害が出るだろう。


「ギャオー! これぞエンシェントホーリー……うわぁ!」

 村人の報せを聞いたドリスは素早くステージに上がり、ネタを続ける少年を押しのけて村人達に指示を出す。


「女や子供は家に隠れて鍵をかけろ! 戦える者は武器を持って西の入り口へ迎え!」

「待てよおっさん! まだショートコントのオチが!」

「それどころじゃないだろ! お前達も早く逃げるんだ!」


 そう言ってドリスはステージから飛び降りると、パニックになる村人達をかき分けて村の西側に向かって走り出した。


 その後ろ姿を見送りながら、ステージ上に取り残さて唖然あぜんとしている少年と少女に村の女が声を掛ける。


「さぁ、あなた達も早く逃げましょう」


 すると少女はフルフルと首を横に振った。


「ムリ、ムチャがもうキレてる」


 次の瞬間、少年が咆哮ほうこうした。


「俺達がまだネタをやってるでしょうがぁぁぁぁぁあ!!!!!」


 ☆


 ドリスがゼーハーと息を荒くしながら村の西にある入り口に辿り着くと、そこには既に村の男達が集まっていた。彼等は皆武器になりそうな物を手にしているが、それらは全てクワやすきなどの農具であり、剣や弓を持っている者はいない。彼等はただの農民なのだ。


 そして森の方からは、不気味な緑色の肌をしたゴブリン達が村に向かって走ってくるのが見える。毛髪のない頭を振り乱し、裂けたように大きな口からよだれを撒き散らしながら疾走してくるゴブリン達の姿は、畑を耕す事しか知らぬ村人達にとっては悪夢のようにしか見えなかった。


「せっかくの村祭りだってのになんてこった……」

「え、えらい事になっちまったなぁ」

「俺達あんな奴らと戦えるのかよ!?」


 それはもちろんドリスにとってもそうであった。


「お前達、俺達はここで奴等を食い止めるぞ」


 ドリスは近くにある納屋なやの壁に立てかけてあった鋤を手に取ると、村人達の前に進み出る。


「村長下がってください! 危ないですよ!」


 村人達の声にドリスは耳を貸さない。

 ただ迫りくるゴブリン達を見据えながら、震える手できつく鋤を握り締める。その目には恐怖と覚悟、そして過去への後悔が宿っていた。


 十年前、息子であるノリスが軍に入ると言った時、ドリスは大いに賛成した。当時のドリスはもしノリスが武勲を上げれば、その恩賞で村がもっと豊かになるかもしれないと考えていたのだ。

 しかし、ドリスがその事を口にするとノリスはこう返した。


「違うよ親父、俺はそんな事のために軍に入るんじゃない」

「じゃあ、どうして……」

「俺はこの村が好きだ。辺鄙へんぴだけど、のどかなこの村が好きなんだ。もし魔王が世界を支配したら、きっとこの村もなくなっちまう。だから俺はこの村を守るために軍に入りたいんだ」


 そしてノリスが村を出る時、ノリスはドリスに言った。


「なぁ親父、戦争が終わったらまた村祭りをやろうな」

 と。


 結果的に魔王は滅び、村祭りは再び行われるようになった。

 しかし、それを望んでいたノリスが村祭りに参加する事はもうない。

 ドリスはずっといていたのだ。

 意気揚々とノリスを軍に送り出した自らのおろかさを。


 ゴブリンの群れはもう村の目と鼻の先に迫っている。


「ひいっ! もうダメだぁ!」

「死にたくねぇよぉ!」


 周りにいた男達は、ゴブリン達の迫力に恐れをなして次々と逃げてゆく。しかし、それでもドリスは一人ゴブリン達を睨み付ける。


「ノリスが守ろうとしたこの村を……やらせはせんぞぉ!!」


 雄叫おたけびを上げたドリスに、群れの先頭を走るゴブリンが襲い掛かる。


 その時だ。

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