甘い悪夢
古新野 ま~ち
甘い悪夢
どちらの夢がより良質か? と同期の金本に競わないかと誘われた。目覚めてすぐに見た夢を作文にすることで戦うそうだ。
私は当然、断った。どうしてそんな事をしなければならないのか、早朝は目覚めて10分ほど更新された漫画アプリを読むことにしている。そして好きでもない労働のために起床、大層疲労して、また眠る。
「君島にも悪い話ではない」と、何度も説得された。「我々の仕事は奇想天外を提供することであり、互いにどんな夢を見たかを語り合うことで切磋琢磨できるではないか」
「すまないけれど、勝敗をつける利点がない」
「ワタシに負けるのが怖いのか、臆病者め」
「なんとでも言うがいい」
始業の時間になり私たちは支給された錠剤を飲み眠りについた。
滑らかな日差しの目映い午後だった。私は教室に、そして教卓には小中という数学教師が授業をしている。すると高校受験には三つの心構えが必要で、一つは仁義、一つは忍耐、一つは淫乱だ、と小中は教師らしく黒板のチョークをくわえて舌で愛撫する。
数学難しいから分からないなと私の大学院のゼミ仲間である白樺が語りかけてきたので同意すると、小中が私語を慎めと白樺と私をマスケット銃で撃ち抜いた。
終業の合図が鳴り、皆一様に浮かない顔をしている。蜂の巣や藤壺に似たパーソナルスペースの中は安眠ができるように設計されているが、我々は皆一様に、己が殺される夢を見させられる。
そして悪夢を獏達が食べる。
私はこの仕事を始めて2年だが、10年目の社員など、もはや幾度も殺されているし、危険夢取扱技師であるがゆえに拷問や自殺といったこの世の責め苦の果てに死ぬ夢を見ている
「気が変わったか」
「変わらんよ」
「どっちがプライベートでも残酷に死ぬ夢を見るか。獏様に判じてもらう。フェアだろ」
「俺はプライベートでそんな夢を見ない」
「新人気分が抜けてないな。どうやって自分が死ねるかの可能性を探るイメージトレーニングは大事だぜ」
退勤カードを切ると、君島くん、と獏たちの秘書が私を捕まえた。最近、妙な味の夢ばかり作るけど大丈夫かとのことだ。
「問題ありません」
「嘘は駄目ですよ。もうそろそろ出涸らし扱いでもよいだろうとの声も獏様たちの間ででています。ちゃんと精神科に通っていますか? まさか良い夢ばかり見ているんじゃないでしょうね? 明らかに質が低下していますよ?」
「失礼します」
私は退勤すると、恋人の白樺ゆかりの待つ家に帰り、ワインを片手にとりとめのない話をして、スポーツやリゾートやらの夢を見て黄金時代の遺物の漫画を読んでいる。
今日もゆかりが待っていた。しかし、いつもと違うのは死んでいることだった。
そして金本が、ゆかりの死体を凌辱している。おそらく彼に殺されるか苦しめられた末に自殺したのだろう。
「なぁ、お前が良い夢ばかり見るんだから手伝ってやったんだよ、ほら今日は一緒に悪い夢を見ようぜ?」
金本は死体のゆかりの上で眠りについた。
―どうでしょうか?
―薬は効いてるようだが、もう枯れ果てたようだな。甘っちょろい夢ばかり見る奴だ
―警告どおり廃棄でいいか
―意義なし
獏たちは甘い悪夢ばかりを見て役目を果たさない君島のパーソナルスペースに火をつけて火葬場のように処分した。
甘い悪夢 古新野 ま~ち @obakabanashi
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