第17話 ウソつきのジジイ

 マージの家も、魔物に襲われて壁が破壊されていた。

「おじいちゃん、どうしよう……」

「仕方ない、もう暗くなってきた。今日はこのまま寝るしかないな」

 紗愛は、突然怖くなった。今まで魔物たちをうまくあしらっていたつもりなのに、今日の失敗。そして、穴の開いた壁を見て、急に魔物に襲われるのではないかと。

 その不安そうな様子を悟ったマージは、紗愛を抱きしめて、

「大丈夫だ。お前を絶対、地球に還す」

 と言ってきた。


「…………」

 紗愛は振り向いて

「……おじいちゃん、寝ましょう」

 とだけ言った。


―――――†―――――


 早朝。外で人の気配がして紗愛は目が覚めた。



「……左、右、左、右、右……覚えたか?」

「……はい」

「……では出発しよう」


 そういって、何人かの人影が村を出て行くのが見えた。


「おじいちゃん、起きて!」

「……どうした?」


「村の人たちが、メディのところに向かったみたい!」

「……心配ない。途中の森の分岐があれだけ複雑なら、初見で行ける確率は65536分の1……彼らには絶対に行け……はっ!!!」

「どうしたの?」

「あの、分岐のメモ書きがない!」

「ええっ!」

 崩れていた壁から、何者かが侵入して、メモ書きを盗んでいったのだった。


「いかん、我々も出るぞ!」

 紗愛とマージも村を出た。

 後ろからついてくる者があった。

「ギールさん!」

「奴ら、サーイの帰還を阻止しようとしてるんだ。そんな自分勝手なこと、俺は許さないぞ」

「あ、ありがとう……ございます」

 心からありがとうと言えない理由があった……帰還を後押ししてくれるのはよいが、メディのことを知ってしまえば、ギールも黙ってはいないだろう、と思ったからだ。


 こうして、紗愛もマージも、紗愛の帰還を阻止しようとする人々も、その阻止を阻止しようとする人々もこぞって村を出て、一目散に走った。


 普段なら襲ってくるであろう魔物たちも、この人間たちの一斉移動の前には驚き、襲うどころが逃げ出すばかりであった。


 森の中では、分岐を完全に暗記していた――最初の分岐の間違いは、この前マージに指摘されて修正済――紗愛は、迷わずに通り抜けた。他の村人も紗愛の後を追って行った。


―――――†―――――


 魔物の村に着いたと同時に、向こうから人が戻ってくるのが見えた。皆、腰をぬかし、驚きのあまり顔は青ざめ、白髪が出ている人もいた。


「ま、ま……魔物が……、魔物だらけの……村が……」

「……あ、マージ様、いったい……どういう……なぜ、ここに『奴』が……」


「待て、違うんだ、これは……」マージは当惑した。

 その時、紗愛が、

「見ての通りよ。魔物の村なの」

 とはっきりとした口調で答えた。

「どういうことだ!」と皆聞き返した。

「どうも、こうも、私を元の世界に帰すために……みんな協力してくれているのよ」


「お前は、魔物の手下だったのか!」

「手下だなんて、仲間よ」

「仲間だなんてとんでもない! 魔物は人間の敵だ!」

「いい魔物だっているのよ!」

 そう言って、紗愛はソルブラスを取り出した。

 遠くにいる魔物に杖を向け、杖が青く明滅する様子を見せながら、涙目で訴えた。

「見てよ……ここの、魔物たち……青く光ってる、でしょ……これ……いい魔物の証拠だから……信じて……」


「嘘だ!」

「なんだそのインチキ魔法!」

「単に青く光るだけだろ!」

 信じてもらえない、とわかっていたから、涙が出てきたのだった。


「そんなに魔物が好きなら、お前らはここに住め! 二度とサジェレスタに来るな。この魔物の村で魔物と仲良くするんだな!」

「お前って、どうして……おじいちゃんまで」


「こいつはもともといなかったんだ! 5年前、急に現れて、俺たちに魔法をやるとか言って……お前の魂胆は、我々を魔法で飼いならして、魔物に売り渡す気だっただろ!」


「お前ら、いい加減にしろ!」

 と叫んだのはギールであった。

「お、何だ? 見張りの分際で」

「さっきから頭ごなしに、魔物が魔物がって、魔物が全員悪者って、本当にそうなのか?」

「魔物は悪いに決まってるだろ! そんなことだから、魔物の一匹も倒せないんだ!」

「みんな、やめてよ!」

 紗愛はギールのもとに駆け寄ろうとしたが、引き留めるものがあった。


「サーイ、やはり、ここはお前のいるところではない。早く地球に帰るんだ。行こう」

「おじいちゃん……

 マージが、魔物の村に無理に連れて行こうとした。すると、


「サーイお姉ちゃん! だめだよ!」

 セーバス、シーバスもここまで来ていたのだった。


「サーイお姉ちゃんは、僕たちを守ってくれなきゃ……そんなウソつきのジジイにだまされちゃ、だめ!」

 マージが二人に駆け寄って、

「すまない、セーバス、シーバス。でも、もう彼女はサジェレスタにはいられない」というと、「なんだと! だまれジジイ!」と言い合いになった。


 

 それを見ていた紗愛は突如、魔物の村の方へ走り去った。


「なんでだー! サーイお姉ちゃんなんか、キライだー」

 という声が小さくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る