第5話 セキカトケール

 家に戻ってから、紗愛はマージだけに話した。


「実は……私が最初にエグゼルアに来た時、お腹がすいて、のども乾いて倒れてしまったんですが、そのとき何かを飲ませてくれて、助けてくれた子がいるんです。その子が……」

「髪の毛が、蛇だったと?」

「はい」

「その子は、善の魔物だろう」

「善?」

「魔物には善と悪がある。善の魔物はこちらから攻撃をしない限り、我々を襲うことはない」

 紗愛は、半信半疑だった。

「本当ですか……? さっきからこの村を襲っているのも『魔物』で、あの子も同じ『魔物』……?」

「そう思うのも無理はない。実は村の者たちの大半も、『魔物が善のわけないだろう、魔物は悪者に決まっている、絶対そうだ』などと思っている。だが、いるんだ」

「じゃあ、もしかして、村の皆さんは」

「そう。サーイに、その子を討伐させたいんだ」

「あの子は私を助けてくれたのに、そんなことできません……こうなったら、マージさん」

「何だ?」

「……ちょっと協力してもらませんか?」


―――――†―――――


「村長と、たった2人で行くだと?」

 ギールが驚いた様子だった。

「私、実は、『奴』のことに心当たりがあるんです……私のいた世界でも『奴』の伝説があります。なんでも、見た者を石化してしまうという恐ろしい力があるって……皆さんをそんな危険な目には合わせたくないから」

「しかし……」

 いぶかるギールに、周りの村人が、


「サーイなら、大丈夫だ!」

「さっきのあの魔力を見ただろう! 奴なんか、一撃だ!」

 などと囃し立てた。


 まだギールは

「いくら魔力があっても、石化されてしまっては……」

 と言っていたが、紗愛は続けた。

「それに、マージさんがいい魔法を『呪胎』してくれたし。これなら大丈夫です」

「村長、何の魔法ですか?」

 マージは杖を一本取り出して言った。


「セキカトケール」


「……聞いたことない魔法ですね」

「これは、普通の人間には使えない。だが、サーイは使えるようだ」

「そんな魔法あるんですか……まあ、我々素人がマジック・ローダーたるお方に言う話ではないですよね」

「とにかく、私達、行ってきます!」

 

 そう言って紗愛とマージは村を後にした。


―――――†―――――


「サーイ、村人に嘘をつくのは心が痛むぞ」

「仕方ないです。あの子が善の魔物って信じてもらえそうもなかったんで……」

 そう、あれは全部嘘。『奴』を見たら石化する、というのは地球での伝説に過ぎない。現にこの前『奴』を目撃した紗愛は石化されなかったし、セキカトケールなんていう魔法はもちろん存在しない。


 一日中、『奴』を探したが、結局見つからなかった。


 日も傾きかけて、帰ろうとしたときだった。二人はある女性に出会った。彼女はぼんやりと浮かび、後ろは透けて見えた。そして、怖いくらいに無表情だった。


「サーイ……やっと見つけました」

「……あなたは……?」

「私は……この世界、エグゼルアの……女神です。ああ、あなたこそ、私が探していた方……私たちの仲間、いえ、この世界の人々すべてが魔物たちから狙われています。助けに来てほしいのです」


「お前が、召喚したのか?」とマージが聞いた。

「そうです。この世界を救っていただければ、彼女はちゃんと元の世界にお還ししますから」

「お前の都合で勝手に、そんなこと……」

 と言うマージを遮って、紗愛は『女神』に言った。

「もしお望みならば、私は協力させていただきます……まだ至らないですが」

「なんと心強い。それこそ、私が選んだ者です」

 『女神』の言葉を聞いて、紗愛はこう続けた。

「その代わりといってはなんですが、今困っていることがあるので、お願い聞いていただけますか?」

「何でしょうか?」


「私たち、人……じゃなくて魔物?……を探しています。蛇の頭を持った子なんですが」

 その瞬間、『女神』の口調が、これまでとは急変した。


「何ですって! そんな蛇悪じゃあくな者、絶対に探してはなりません!」


 そう言い残して、『女神』の姿は見えなくなった。


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