終話 最後のお約束

 しかし、私はやっぱり、喜びから見放された女なのだろう。

 愛する家族、親友を取り戻した。

 頼れる仲間たちの危機は過ぎ去った。


 そして『滅びの魔法マジック・コンパイラ』によって、世界は女神が「望まれた」ものに近づいた。

 

 これはすべて、エグゼルアでの話。


 私は、地球の人間だってことを、しばし忘れていた。

 忘れていたかった。



 あれ以来、変わったものがあった。


 おじいちゃんは、地上のサジェレスタに向かった。マジック・コンパイラの新しい個体インスタンスを携えて。

 その途中、『魔物の村』でギールや、セーバス、シーバスに思いがけず再会するも、知らされたのは辛い現実だった。サジェレスタに残った村人たちは、まだおじいちゃんと私を恨んでいる、と。

 悩んだ末、おじいちゃんはギールにマジック・コンパイラを託し、村へ帰るよう頼んだ。

 魔物たちに頼らず、すべての魔法を、すべての人が作れる……この環境が、サジェレスタの人々を、再び一つにした。

 引き返したおじいちゃんは、「故郷」であるゾルゾーサに向かった……廃墟となったこの町に、人々を再び集めたいと。おばあちゃんも連れて。

「ワタシにとっての孫は、この人にとっても孫なんだ……だから、ワタシらはやっぱり夫婦なんだよ」



 マジック・コンパイラは、あの町にも持ち込まれた。しかし……

「カギン、だめだ、そんなんでは。お前は口下手だから、プレゼンテーション力を身に着けるべきだ」

「えー、じゃあアシジーモが代わりにやっとくれよ」

「お前の町だろが」

「俺は、町中の人々からディスられてたの! そんなにすぐに町民のメンタルが変わるもんかい」

 そこに、訪ねてくるものがあった。

「アシジーモ様、ソルブラスを作っていただけませんか!?」

「俺は、ここの人間じゃないから、コイツに頼んでくれ……カギン、お客さんだぞ」

「え、えーと。……あ、君は、囚人番号61!?」

「なんだよ、お前にアタマ下げて、魔法をもらうシステムに変わったのか? ……まあええわ、背に腹は代えられないし。」

 マジック・コンパイラが作動し、ソルブラスが呪胎された。

「ま、まいどあり!」

「よかったな。カギン」

「やっと売れたわい」

「いや、そうじゃなくて……魔物=悪だと思っていたこの町の人が、魔物の善悪を判断するソルブラスを求めて来たことだ……この町もきっと変わっていくだろう」

 魔法学校の先生の声が、聞こえてきた。

≪そう! その調子だ、そうやって魔法を絞り出すんだ……もっと、もっと……大事な人のことを考えてだ! いいぞ!……≫



 変わらないものもあった。


「ひっひっひっ、まじっく・こんぱいらなんざなくてもええわい。わしは、テュブで半人半魔なヤツらと一緒に、ナニカの肉の蒸し焼きでも食って生きるかのー」



 そして、すごく変わったこと。


「いよいよ、ですね」

 指輪をちらつかせて、うっとり眺めている。

「何しろ、何百年ぶりのマジック・ローダー同士の結婚だものね。みんな驚いてたけど、あのマジック・コンパイラを見せて、父上のこと話したら、みんななんとか納得してくれたわ」

「カル様ー、これはどうですかー!」

「ほら、ダーリンが呼んでますよ」

「いい加減にしてほしいわ……アイツ。余興で自作の魔法を使ったパフォーマンスをするとか……自分の結婚式なのにさ」


 その時、だしぬけにコイツがこんな事を言ってきた。

「あ、そうだ……せっかくザカリスタに来たんだし……行かないか? ナタデココ」

 私が、こうやってあっちこっちの様子を見て回っているのは、コイツに連れ回されてるからだ。もちろん、ザベルはバウザスにいる。私はあのツェデツェデ地獄以来、魔法が一切使えなくなっていた。もちろんヨガブも。だからバウザスに乗って、コイツの後ろにつかまって移動するしかない。私は今、コイツ以上のデクノボーだ。さっさと嘲ればいいのに、そんな優しい眼差しでデートの誘いなど……こう言い返すのがやっとだ。

「私に言われたからって、そんなこと……」

 そう、あれは一種のたとえ話だったのだどのエピソードかは自分で探しなさい。恥ずかしい。私がもし、地球の家族に心配かけたまま、エグゼルアに留まってもよいのなら……という自分勝手な願望を込めて言ったものだ。今ここでその通りのことを行っても、私の願望に沿えるものではない。そんな行間が読めない、空気も読めないこの男……待てよ、読める男だったら、私の戴冠式のときに「あーあ、時間の無駄だなこりゃ」なんて言うだろうか?

「いいわ、行きましょう」


―――――†―――――


 ナタデココが、石のように固い。何の味もしない。カティールは無駄に苦い。

 それに……さっきからこの男、ずっと黙々と食べている。デートのときの気の利いたトークなど、この男に期待するのは無理だろうか。……なにか思いつめたようにも見える。あのお調子者の、いい加減なメタ発言でもいいから、喋ってよ、とか思っていたら……

「紗愛、」

 私をそう呼んでから、ぶつぶつと何かを言い始めた。

「俺……お前に何を話しても、にお前を悲しませることになるんだろうな。だって、もし俺の言葉がお前を悲しませる言葉だったら、お前は悲しむし。あ、これはトートロジーか。で、もし俺の言葉がお前を喜ばせるのならば……やっぱりお前は悲しむのだろうな」


 私は、はっとした。

 この人に、こんなことを考えさせてしまったことが、恥ずかしくなった。


 そう、私たちは、結ばれない。それはわかっている。

 でも……

 ここで出会ったことは、何にも替えがたい喜びなのに。

 勝手に「喜びから見放されている」などと言っている自分が、恥ずかしくなった。


 「魔物の村」で再び組み立てられているという、帰還装置が再び完成するまで、 


 この人と、一緒にいよう。


 そう決めたとき、ナタデココは程よい弾力になり、カティールの苦みは心地よくなった。


「ねえ、カギン」

「なんだよ」


 私は、ナタデココを2、3粒、スプーンで掬って、カギンの口元へ。


「ほら」

「あ、これ……デートのテンプレのやつか?」

「……それってメタ発言なの?」


―――――†―――――


 ≪ツェノイは、転移してきた人物を転移元に帰還リターンさせる装置である。(中略)それぞれの杖には、スタリュタ、エルガイブ、ウェギア、スライタス、ビムッゼオ、アルダミ、テネパラド、パラドワドを呪胎しておく≫


「ねぇ『とりあたま』、エルガイブできたよお。そっちのウェギアは」

「あー、すまん、呪胎できる連中が失踪してしまってな」

「もお、何してんよお、いいよとりあえずあたしができたとこから……あーーっ!」

「どうした?」

「ごめーん、設てえミスっちゃてー、リセットかかっちゃったー、今まで呪胎したの全部やり直し―」

「おい『へびあたま』、この調子じゃいつ完成するんだ、ツェノイ。サーイはいつ帰れるんだ?」

「……どおかな? とお分だめかな?」 

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