第91話 認証機能に気持ちを込めて

 5日前。


 私は「本」をもって、アシジーモのもとを訪ねていた。


―――――†―――――


 第1部 マジック・コンパイラ仕様


 第1章 概要


 魔法は,妃殻歴 1200年頃から,エグゼルアの女神であるところのクペナによってもたらされた.以降,人類の発展に大きく寄与してきたが,その魔法を使うにあたっての最大の障壁が「呪胎」である.魔法は必ず,何らかの物体(多くの場合,杖が用いられる)に呪胎して初めて使える状態になる.

 魔法の黎明期においては,呪胎が可能なのは,クペナ一人であった.人類全員がクペナに呪胎を依頼すれば,その労力たるや過大なものになることは容易に想像できる.あるいは,そのために人類はクペナから相当の対価を要求された,という目撃情報もある.

 この事態を打開するために,何人かの人間が呪胎能力を得ることに成功した.彼らがマジック・ローダーであり,その後,呪胎は彼らが担うことになった.


 しかしながら,マジック・ローダーは誰もがなれるものではない.呪胎能力を得る過程で,その何倍の人々が失敗し,魔物の姿になった.この悲劇を繰り返さぬよう,マジック・ローダーになれる人数には限界が設けられている.最大6人である.この人数の上限は,今後人類が増えていく上での足枷になるだろう.

 マジック・コンパイラは,この問題を解決するために開発された「自己呪胎魔法」,およびその魔法が呪胎された機械である.これを使用することにより,あらゆる人類が,呪胎を行うことができるようになる.


 第2章 機械部分ハードウェア

(略)


 第3章 言語仕様

(略)


 第4章 ライブラリ

(略)


 第5章 認証


 第1章で述べた通り,マジック・コンパイラは,あらゆる人類が呪胎を可能にするものである.しかし,だからといってすべての人が無制限に使うことに対しては慎重にならなければならない.悪意を持った人間が,本当に世界を滅ぼすような魔法を作る危険もあるからだ.

 したがって,マジック・コンパイラには認証機能を必ず実装しなければならない.マジック・コンパイラの認証は,IDを使って行う.IDは人間や魔物に一意に割り当てられた番号で,リークレットの魔法で調査可能である.


 IDをマジック・コンパイラに登録することで,その人間(以下,ユーザ)がそのマジック・コンパイラを利用可能になる.

 また,登録時にはIDの他に「ユーザタイプ」を指定する必要がある.ユーザータイプには「root」「general」がある.


ユーザタイプ:

 そのユーザができる操作

root:

 呪胎,rootおよびgeneralなユーザの追加・削除

general:

 呪胎のみ


 もしマジック・コンパイラの実体インスタンスが複数あった場合,generalなユーザは実体インスタンスごとに追加・削除が可能である.それに対してrootは静的スタティックである.すなわち,すべての実体インスタンスで,「rootが誰であるか」の情報は共有される.


 仕様策定時,次のIDを持つものを,rootとしている.


人名:

 ID

ベルツェックル・ロダム:

 622b7768-09fa-43f5-8014-ce2d34c981a5

マージ・パルカン:

 16f1dc3f-f843-4318-a9a9-4f58e1993eeb

カルザーナ・シャドレス :

 e8cdf8ff-257c-41b0-aec5-b8032196b49c

アシジーモ・メティス :

 8e5f2222-ac64-48b4-86d0-8ffb1fb29d1c

イサキス・アグダ:

 0dd61eac-b9ad-4362-9bc3-926a2bc08201

アノルグ・オラドゥナ:

 21398a68-004a-476c-a4cf-a545463ad939

クペナ:

 00000000-0000-0000-0000-000000000001


 彼らは,この仕様策定の時点で呪胎能力を持った者である.彼らは単に呪胎をするだけにとどまらず,村や町のリーダーであり,魔法を適切に使うための知識と良識とを持ち合わせた人物である.ここに挙げたIDは,未来永劫(時が経ち,彼らが去ったとしても)rootから削除してはならない.

 今後,世代交代があるときには,rootであるユーザの合議のもと,新しいrootを増やすこととする.また,rootになれるユーザに上限はない.


 第2部 マジック・コンパイラ作成手順

(略)


 開発者

 カギン・ダティモス,  イサキス・アグダ, マージ・パルカン

 記録者

 サーイ・ライガ


―――――†―――――


「……俺らに気ぃ使っているから、いいだろ、ってことか? ふざけんな」

「アシジーモさん、おじいちゃんから聞きました。あなたは、マジック・コンパイラの危険性、つまり『悪意を持った人間が,本当に世界を滅ぼすような魔法を作る』可能性を指摘した。でも、それが自分の保身のためだと誤解されてしまったのですね。それで、もうマジック・コンパイラについては何も関わりたくない――それが世界を良くする可能性があったとしても――と思った。だから、第5章を用意したのです。あなたがたの使命はなくならないんです。マジック・コンパイラの管理者rootとして、むしろ、重要になってくると思います」

「ふん……この認証機能の仕様、誰の発案だ?」

「もちろん、カギンです」

「気にくわない……覚えてるか? 俺がお前に初めて会ったとき、ベルツェックルの手紙に対して何と言ったか?」

「『こんなものを一方的に送りつけてくる奴とは関わりたくない』ですよね」

「そうだ……なぜ直接言ってこないんだ、こんな分かりにくいドキュメントに気持ちを込めるなんて……アイツらしいと言えばそれまでだが。そもそも、なぜお前が代筆など?」

「あの人たちは、ドキュメントなんか書こうとしないんです。自分たちのイマジネーションがどうたらこうたらとか言って」

「だからって、サーイ、お前がそこまでアイツのためにするって……やっぱり、そうなんだな」


「そうなんだな、って、どうなんですか?」

「とぼけやがって」

「……知りませんよ、何のことですか?」


 そのとき、アシジーモはひとつため息をついた。厳しかった顔が緩んだように見えた。

「やれやれ、困ったぜ。ヒロインと準ヒロインが揃ってツンデレとはな……作者のシュミなんだろうな」

「な、なんですか……カルザーナ様まで巻き込んで……」


「知らないのか? カルザーナがマジック・コンパイラを作ることに反対してるのは、なぜかって」

「お父上の遺志……ですか?」

「それでは解答として不十分だ」



 私はこの後、ザガリスタに行った。

 カルザーナと、すべてをオープンにして、「お父上の遺志」の真相を確かめた。

 アシジーモにイジられたのは不本意だったが、2人とも、最後はわかってくれた。


 ……その話はまたにして、宇宙船が飛び立った直後に戻ろう。

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