第76話 近道

 サーイは、混乱する頭の中を整理できぬまま、ルカンドマルアに向かった。


「いくら悪い上司でも、弔ってやらないとな。行ってこい」

 カギンからそう言われたのだ。

 サーイ自身、正直、ベルツェックルに対してどう向き合えばよいかわからないでいた。心から悲しむ相手なのだろうか、自分でもわからない。そんな迷いがあった。そして、ベルツェックルの悪口を言った直後、本当に「どうかなっちま」った状況に、カギンもしばらくうろたえていた。だが、長い沈黙の後、彼の口から出た言葉には、なぜか背中を押されるものがあった。


 浮島群が見えてきた。ここを渡ってルカンドマルアの大陸に向かわなければならない。ヨガブはもつのだろうか……と心配した時だった。

「サーイ、もうすぐ葬儀が始まります。急いで来てください」

「クペナ様……大丈夫ですか?」

「私は……今のところ感情を押し殺しています。いつまで、こうしていられるか……」

 そうは言っても、いつも通りの無表情だった。

「はい! 急ぎます。……でも、ごめんなさい、こんな時に申し訳ないのですが、ヨガブがもうすぐなくなりそうなんですが、前みたいに呪胎していただくことは……」

「それなら、いい方法があります……、ここから北東に行った森の祠に、秘密の近道があります」

「近道、ですか?」

「その祠に入ると、8つの扉があります。右端の扉に入れば、ルカンドマルアの北西に出ることができます」

「ありがとうございます!」

 クペナの姿は見えなくなった。


 果たして、北東の森の中に、小さな祠を見つけた。

 祠の中には、何やら光が渦巻いているものがあった。7つある。左に3つ、右に4つ、間には普通の扉、これがすべて「扉」なのだろうか。

 クペナの言われた通り、右端の渦巻いている扉に近づいた。


 サーイの周りを光が包んだ。


 光が弱くなると、今までいたところとは全く違う場所だった。

 ルカンドマルアの町は、ここから南東のはず。サーイは駆け出した。


 その瞬間、違和感を覚えた。


 心なしか、暖かい。

 どこかでみたような岩肌。

 見覚えのある木。空に向かって高くそびえる木。


「あれは……!」

 マージがさらわれた直後、浮遊大陸を目指すために登った木、そうパラウェリの木。

 なぜかその木のふもとにいた。


 どういうことだ、ここはルカンドマルアではなく……地上?

 間違った扉に入ったのだろうか。

 サーイは不安になって叫んだ。

「クペナ様、クペナ様!」

 しかし、クペナはそこには現れなかった。


 ここは慌てても仕方ない、とサーイは思った。パラウェリの木には一度登ったのだ。また登ればよい話だ。

 しかし、木を登るにはヨガブがもう持たなそうだ。

 ……ヨガブは確か、「魔物の村」の魔物たちが呪胎してくれたはず。魔物の村はここから近いはずだ。


―――――†―――――


「サーイ、サーイじゃないか!」

 魔物たちは、暖かく迎えてくれた。

「ゆっくりしていきな。メディとデウザはいないけどな。マージを捜すって言って、浮島へ登って行ったから」

「ごめん、あまりゆっくりしていられないの……ヨガブを呪胎してくれたら、すぐ行かなきゃ」

「ヨガブか、そいつを呪胎できるやつは今、人間の区画に行っている。呼んでくるぞ」

「……人間の区画?」


 辺りを見渡すと、以前に訪れたときにはなかった建物があった。仮設の建物のようだ。


 人影が見えた。こちらに向かってくる。見覚えのある顔だった。


「ギールさん?」


「サーイ!? どうしたんだ?」

「そちらこそ……どうしてここに?」

「あの後、マージを失った俺たちは、すぐに魔法が使えなくなった……農作業も修復作業もできなくなり、衛生状態も最悪になり、病気になっても治す手段もない。そして、魔物たちも容赦なく襲ってきた。そんな時、魔物たちを追っ払ってくれた者がいたんだ。それが……この村の魔物たちだ」

「それで、ここに逃げて来たんですか?」

「ああ。だが、サジェレスタの村人たちがすべて逃げて来たわけではないんだ……魔物に助けてもらうなど言語道断。村を襲った魔物と何が違うんだ。そして何より、もし魔物に助けてもらうなら、マージを追い払った大義名分はなくなってしまう、などと言って抵抗する者も。結局、我々は分裂した……サジェレスタに残った者、サジェレスタを捨てた者」

 サーイは掛ける言葉もなく、俯くしかなかった。

 その時、聞きなれた声がした。


「あ! あれ! サーイお姉ちゃんじゃない!?」


「セーバス、シーバス!」

 サーイは2人のそばまで駆け寄ったが、2人は急に跪いて叫んだ。


「ごめんなさい!」「ごめんなさい!」


「どうして……? やめてよ。謝らなきゃいけないのは私のほうなのに」

「だって……僕たち、マージのおじいちゃんにひどいこと言っちゃったじゃない」

「おじいちゃんの友達の魔物って、こんないいたちだったなんて知らなかったよ。悪い魔物をやっつけてくれて、ここに住んでいいって言ってくれて……」


「あなたたちも、ここに住んでいるのね」

「だって、もうサジェレスタのほうは、大人たちがずーっとケンカしてて、こわくてこわくて……」

「そうだ、おじいちゃんは見つかったの? 魔物たちが、おじいちゃんがさらわれたって言ってた」


「おじいちゃんは、私が必ず見つけるから。……そうだ! あなたたちにお願いが」

「何?」

「あの本よ、あなたたち持ってきてない?」


 セーバス、シーバスが住んでいる仮設の家に行くと、あった。


 ≪マジック・ローダーのたんじょう≫


「サーイお姉ちゃん、この本で、おじいちゃんを見つけられるの?」

「わからない……。でもね、私、直に会ったのよ。『めがみさま』にね」

「え! ほんと!?」

「どんな人なの、めがみさまって?」

「それがね……なんか……なんかなのよ。ごめんね、これ、しばらく貸してくれない?」

「いいよー!」

「おじいちゃん、早く見つけてね。見つかったらおじいちゃんにもあやまらないと……」


―――――†―――――


 急がなければならないが、もう辺りは暗かった。村で一晩明かして、次の朝。

 魔物たちからヨガブも呪胎してもらい、サーイは村を後にした。

 パラウェリの木に向かう途中、小さな池の前を通った。


 ……キュレビュ。

 カルザーナから譲り受けた、「過去」を見ることができる杖。


 そして、女神の「過去」を記した絵本、マジック・ローダーのたんじょう。


 どうしても気になった。


 本当の「過去」を確かめておきたい、と思った。


 絵本をもう一度読み返した後、池に向かって、キュレビュを発動させた。


「……これは!」

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