第75話 Magic Loaderの訃報

「どうしたのよ、そんなに青ざめて。恐ろしいものでも見たような……」

 俺はサーイに話しかけられてはっとした。横には人間のアノルグもいる。


「えええ、何も見てないぞ……てかお前ら、もう戻ってきたのか!?」

「もう……って、結構経ったわよ。変だと思ったわ。こないだみたいに盗み聞きしにもこないしさ。うっかり身を乗り出して落っこちてもこないし」

「なんだよ、盗み聞いてほしかったんか?」

「おばあちゃんのスープを台無しにしないならね……ていうか、バッカみたいな話よ」

「……え?」


「みなまで言うのは癪にさわるから、ヒントくらいにしとこうかな……『滅びの魔法』。おばあちゃんが話してくれたわ。滅びる滅びるって、何が滅びるかって話よ。『人類』が滅びるとか、『世界』が滅びるとか……勝手に主語が大きくなって。いや、大きくした連中がいた、ってこと」


「……ぜんっぜんヒントになってない」


「ヒントはここまで! ……と思ったけど、もう1つ。おじいちゃんが作ろうとしていた『滅びの魔法』は、恐ろしい魔法じゃなかったってこと。つまり……あなたを怒鳴り散らしたのは誤解だったってこと。謝罪の代わりのヒントよ」


「その……主語を大きくした連中からすれば、恐ろしい魔法、ってことか」

「ヒント出しすぎちゃったじゃないの」


「あ、それよりだ、ちょっとザガリスタへ行かないか!?」

「何よ、私に言われたからって……」

「な、なんか、嫌な予感がするんだ……例えば、アイツらが襲われてるとか」

「今日のカギン、変よ。もともと変だけどさ」


「私も、行ったほうがいいと思います! カギンさんがそうおっしゃるなら、きっと何かあるんだと思います!」

 と、人間のアノルグが言ってくるので、俺は強烈な違和感を覚えた。

「ちょっとアノルグさん……なんというか、元に戻りませんか?」

「何言ってんのよ!?  これが元に戻った姿でしょ」

「いやぁ、俺が知ってるアノルグさんはこれじゃないんで……いいですよね、あの頃に戻ってください」

「……カギンさんがそうおっしゃるなら。それに、テュブの仲間たちも、私を見て誰かわからないかもしれないし。サーイさん、すみませんが、またお願いします」

 といって、人間のアノルグはステロンと状態を保存しておいた箱をサーイに手渡した。


「いいんですか?」サーイは躊躇する。

「大丈夫です。この状態にもいつでも戻れますし」


 サーイがステロンの杖に力を込めると、コレジャナイアノルグはみるみるうちに、半人半魔の姿になった。


「ひっひっひっ、おお、わしはやっぱりこっちのほうが楽じゃのう」

「そう! これ! これがアノルグさんじゃよ!」

 俺らが手を取り合って喜んでいるなか、サーイは呆れているようだった。

「……やっぱりこの世界の住人のことはよくわからないわ。で? 行くの行かないの?」

「行くぞ」

「わしも行こうかのう。こやつは変に勘が働くと、わしはにらんじょる。……しかし、このドラゴン、もうちと乗りやすくならんもんかいの……」

 そう言いながらもバウザスの背中に跨って、出発。サーイは相変わらず浮島をぴょんぴょんしながらついてくる。


―――――†―――――


 ザガリスタに着くと、案の定なんかざわざわしている。


「カルザーナ様は、どこへ行ったんだ!」

「先ほど、アシジーモ様、イサキス様も見かけましたが……お二方も姿がありません!」


 カルザーナの立派なお屋敷は見るも無残に壊されている。だのに、街の家や商店はノーダメージ。住民たちも、慌ててはいるものの負傷者らしきものはいない。

 ルカンドマルアで見た光景とは随分ちがう。


 兵士らしき人が近づいてきた。

「アノルグ様? アノルグ様じゃないですか? なぜここに」

 ああ、マジック・ローダーは一律尊敬されてるんか。半人半魔でも関係なし、どこぞの団体ガイトゾルフとは大違い、などと感心している場合ではない。

「どうも虫の予感がすると、このデクノボーが言うんでな。ゾジェイ連中がやってきたのかの?」

「はい……そうですが、おかしいんです。どうやらカルザーナ様だけを標的に襲ってきたらしくて。これまで、奴らがそんな戦略をとったことはありません。こういったら語弊があるかもしれませんが、一種の紳士協定みたいなものがありまして……ゾジェイたちは、自分の必要なものを盗ったり、住民に嫌がらせをしたりすることはあっても、カルザーナ様が現れればすぐに逃げ出していきました。奴らは奴らなりにカルザーナ様に対して一目置いていた……といえばいいのでしょうか」

「そりゃそうじゃ。ヤツらは人間の繁栄のオコボレを貰って生きちょるようなもんじゃからの」

「そうです。だから、繁栄の礎たるマジック・ローダーを襲うのは奴らにとっても得策ではないはずです。それなのに……」


「まさか……」

 後ろでサーイがぽつりと呟いたので、振り向くと、このエピソード冒頭の俺とは比較にならないほど青ざめている。

 どういうわけだが、俺は咄嗟にサーイの肩をバンバン叩きながら言った。

「なーに慌ててんですか! ガイトゾルフの英雄さんよ! あんたがそんなに怖がってたら俺はどうなる! 魔法が使えないデクノBarはどーすりゃいいんですか!」

「やめてよ!」サーイは俺の腕を振り払った。

「……言ったでしょ、なりなくてなったんじゃないって! 私のせいで、みんなこんな危ない目に遭っていると思うと、もう、どうしていいか……」

 俺は、振り払われた腕をもう一度、肩の上に置いて言い聞かせた。

「サーイのせいじゃない、ベルツェックルだ。全部アイツのせいさ。あんな上司、どうかなっちまえばいい……ん?」


 空を飛んでいる、一羽の伝書鳩に目がとまった。第14話で見た、レインボーでひん曲がった嘴のあいつ。


 そいつは、崩落したカルザーナのお屋敷の周りをぐるぐるしている。

 カルザーナ宛ての伝令を持って来たが、いつもと様子が違っていて困っているのだろうか。


 町の商店から豆を数粒貰ってきて、しばらく待っていると、鳩はこちらに降りてきた。


 足に結ばれていた手紙を開いてみた。


 ≪ルカンドマルア国王、ベルツェックル、魔物たちの襲来の前に死す。マジック・ローダー各位、葬儀に参列したし。また、ウィスタ大陸に派遣しガイトゾルフと連絡可能ならば、作戦を中止し、直ちに帰還する旨伝えたし。≫

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