第3話 放課後、並木道

「本当に、今日はろくな事がなかったな」


生徒会の会議が長引き、すっかり暗くなった校内を璃央は一人下校していた。

あれから涼子は何も言ってこなかった。


恐らくあれはハッタリなのだろう…。

いや、単にそう思いたいだけだが…。


疲れた顔でそんな事を思いながら、璃央は並木道に差し掛かる。


「やっと来たか、待ってたよ〜鬼会長さん」


「なっ!?」


金属バットを持った男子数人に囲まれた。

そして彼らを率いている声の主は、今朝の佐々木亮である。


それにしてもなんてありきたりな…。

いや、なんて執念深い…


そう思いながら璃央は声を上げる。


「一体なんですか!?こんな時間にそんな物を持って!用の無い生徒は速やかに下校しなさい!」


佐々木亮は軽く舌打ちし唾を地面に吐き出すと、璃央を睨みながら言った。


「たくセンコウみたいな事言いやがって…そういうところが目障りなんだよ!」


璃央は冷や汗をかきながら、鞄を抱えて身構える。

一か八か、璃央は鞄を思い切り投げ、怯んだ隙を見て逃げ出す。


「まて!」


まてと言われて待つ奴はいない。

璃央は並木の木と木の間を通り、草の生茂る道無き道を走る。


❤️♠️♦️♣️


昼休みからずっとサボっていた涼子は、裏庭から並木道に出た。


「ちょっと寝過ぎたかな」


頭を押さえながら鞄を担いで歩いていると、足に何か当たった。


「ん…?」


それはジャラジャラと色々な物がついている涼子の鞄とは違い、持ち主の規則正しさがわかる綺麗な鞄だった。


「これは…。」


❤️♠️♦️♣️


息を切らしながら璃央は高いレンガの塀に手をついた。行き止まりだ。


「意外と逃げ足が速いじゃねぇか、でも鬼ごっこは終わりだ!」


そして、無情にもバットが振り下ろされ、鈍い音と共に視界が揺らぎ、璃央はその場に崩れ落ちた。


「…佐々木さん、本当にこんな事して大丈夫なんスか!?ヤバイっすよ!」


「はぁ?何を今更ビビってんだよ。俺を誰だと思ってやがる。しかし一撃で寝ちまうとはつまんねーな。どれ、眼鏡の下がどんなか拝ませてもらおうか!」


そして佐々木亮は横たわる璃央に手を伸ばそうとした。

だが、それは遮られた。


「へぇ、随分楽しそうじゃないか」


佐々木の手がピタリと止まった。

そしてうろたえた声で言う。


「涼子!なんでお前…。」


「鞄が落ちてたんで持ち主を探していたらこれだ。たく、腹が立つよな…。」


バキッ、そんな音が鳴り響き、涼子はあっと言う間に、佐々木以外の男子数人を叩きのめした。

そして金属バットを手に佐々木に微笑み掛ける。

しかしその瞳は怒りに満ちている。


「涼子…お前なんでそんなに怒ってんだよ…。」


「亮、そいつはアタシが先に目をつけた獲物だ。今度また勝手に手を出してみろ、その時は…」


ガンッと鈍い音が鳴り響く。涼子は勢いよく金属バットを塀にぶつけた。

どうやら佐々木と涼子は知り合いらしい。

バットは少し曲がり塀には軽くヒビが入る。


「わっ…わかった!おぃ帰るぞてめーら!」


「待って下さいよ佐々木さん!」


佐々木は冷や汗をかきながら取り巻きと共に走り去った。


「さて…どうするかな」


言葉とは裏腹に涼子は笑みを浮かべ、意識の無い璃央を見つめた。


❤️♠️♦️♣️


頭が痛い…先ほど殴られたせいだろう。

しかしなんだろう…このフワフワした感覚は、まるで浮いているような…。


そう思いながらふとゆっくり目を開けると、赤毛のストレートが目につく。

そして自らが抱き上げられていることをぼんやり理解し、唖然としているうちに目が合った。


「おはよう、会長!」


はっと我に帰り、璃央は思わず叫んだ。


「…下ろせ!」


「…。」


涼子が言われた通り璃央を下ろすと、璃央は一目散に逃げ出そうとした。

だが、またある事に気づいた。眼鏡がい。 


「か〜いちょ!」


振り向くと涼子がニヤニヤしながら、眼鏡と鞄をチラつかせていた。


「返せ!」


「やだっ!」


身長差があり過ぎるせいで、璃央がジャンプしようが何をしようが、涼子に腕をいっぱいに上に伸ばされると、眼鏡に届かない。


「まだちゃんとした昼間の答えを聞いてないよ。答えてくれたら返すの考えてあげてもいいけど?」


コイツ…。


そう思い睨みつけながら璃央は涼子に言う。


「何で、秘密にしてるってわかったんだ?」


「そりゃわかるさ、こんな大きい眼鏡してたら秘密にしてますって言ってるようなものだよ会長」


また笑った…。


そう思いながら璃央は話を続ける。


「その事なら昼間に答えたはずだ!こんな周りくどいことしないでみんなにバラせばいいだろう!」


そう、いつだって女のようだと笑われて来た。今更またバレて笑い者にされても何でもない…。何でも…。


そう思っていると、急に真剣な顔になった涼子に手首を掴まれた。


「なっ…なんだよ」


「別にお礼は言ってもらえなくても怒らないよ、勝手にやった事だからね。でも会長が自分を大事にしないのはちょっとムカつくな」


先ほどより強く手首を握られて璃央は少し苦痛の表情を浮かべる。


「なんだよ!お前だってどうせ気持ち悪いって思ってるくせに!」


これには涼子も少し目を丸くしたが、すぐ真剣な表情に戻る。


「そんな風には思わない」


「ウソだ!」


「ウソじゃない!」


そして少しの間沈黙が流れた。

辺りは既に真っ暗で電灯が淡く静かに照らしている。


「…だ」


「…は?」


涼子が何か言ったが、璃央には聞き取れなかった。

そして涼子はもう一度、はっきりと告げる。


「綺麗だよ、会長は」


「…!?」


思いがけない言葉に璃央は少し戸惑った。

そんな風に言われたのははじめてだったからだ。


「こんなに綺麗なら、ただで他人に教えるのなんてもったいないと思わない?」


「さっきから何言って…。」


これじゃまるで口説いてるみたいだ…。


そう思いながら、璃央は涼子の言葉に耳を傾ける。


「そう、他人に教えるなんてつまらない」


「…?」


また昼間のように、ジリジリと木の下に追いやられる。


「ねぇ会長、付き合ってよ」


「なっ!何を言って…。」


「静かに、璃央ちゃん…。」


薄く笑いながら、言葉を遮られると同時に唇が降って来た。

璃央には何が起こったのかわからなかった。

放課後、真っ暗な並木道。

夏の桜の木が風に揺れてザワザワと音を立てていた。

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