二章 肩が凝る 会議の空気 やわらげにゃ 奏でろ音色 回れよ輪舞(ろんど) その3
クジャクが組んだ手に顎を載せて語り始めた。
「部活は今一年のキミが、中二の三月だった頃に廃止された。繰り返すが二年前だ。そのせいで暴徒する学生が出るのを見越して、国は治安維持委員会の設置を学校に命じたんだ」
「そこがよく分かんないんだが。警察に任せれば済む話だろ?」
「魂の熱量を使って発動させることができる、超魂能力。それが血気盛んな子供達の方が強いのではないかという研究結果がある。ここまで言えば、分かるだろう?」
「同じ子供を使って厄介ごとを片付けようって考えた結果、治安維持委員会が生まれたってことか。なんか毒を以て毒を制すって感じがしてイヤだな……」
「国の本音はもっとどす黒いものかもしれませんわよ、灯字さま」
湯気立つ紅茶を手に、水香が割って入ってきた。
「それ、何杯目だ?」
「まだ五杯目ですの」
にこりと笑みを浮かべ、すぐそれを真剣なものに戻した。お嬢様百面相。
「政治家はもっと狡猾なことを考えていると、わたくしは思いますわ」
「でも子供を利用して子供の起こす問題を解決するっていう発想の時点で十分汚いっていうか、無責任な気がするけどな」
「その程度ならまだマシですわ。教育の一環とでも言い訳すれば逃げおおせられるもの」
「……マシの基準が絶対おかしいって」
「グハハハっ。国や組織というのはどれだけ悪しきことに手を染めても、民や組員が逆らわねばそれは免罪符を与えられたのと同義であるのだ」
「……じゃあ日本人は免罪符のバーゲンセールをやってるってことになるな」
「逆にアメリカや香港に行くと免罪符の法外な値上げ。日本は政治家達が値を上げ、他国は民が値を上げる。して、音を上げるのは値上げされた方。じゃ」
俺とマイン達が話している間、タブレットを操作していた水香が顔を上げた。
「データ上では、さっきクジャクさまがおっしゃったことよりも、もっと黒いものが見つかってますわ」
「黒いものって?」
「タブレットをご覧になって」
俺と美甘、久遠先輩は弥流先生の持っているタブレットを覗き込んだ。
水香が転送してきたデータは、学生による犯罪件数の年度別グラフだった。
「何か気付くことはございませんか?」
「……昨年度の犯罪件数が少ないな」
俺達と同じように自分等のタブレットを見ているマインが言った。
「しかしそれはおかしいではないか。国は事件の発生数が増えることを予期して、治安維持委員会を設置したのであろう?」
「ええ。なのに治安維持委員会を設置した直後に、学生による犯罪件数は減った。そこには何かしらの因果関係があるはずですわ」
「取り締まる人間が自分達と机を並べ、共に学び研磨しあう学友になったから、みんな自粛するようになったんじゃないかい?」
クジャクの発言に水香は薄っすらと笑みを浮かべて言った。
「クジャクさまは夢に生きてらっしゃるんですね」
「イヤだな、照れるじゃないか」
まったくイヤそうじゃない顔で髪をかき上げ歯を見せて笑うクジャク。
「クジャクっち、マジ頭ハッピー」
「……ん。クジャク様……幸福に生きよ! ……って思う」
全方位から好き勝手なことを言われているが、クジャクの耳には届いていないようだ。俺からは知らぬが仏の言葉を送っておこう。
「水香はどう思ってるんだ、この事件数の減少について」
「ちょっと気になって調査してみたのですが、面白いことが発覚しました」
「面白いこと?」
「はい。そもそも、少し考えればすぐに分かることだったのです。ねえ、先生?」
突然話を振られた弥流先生はきょとんとした顔で首を傾げた。
「何のこと?」
「とぼけないでくださいな。あなたさまならご存じのはずですよ」
人差し指を突きつけ、水香はその一言を放った。
「治安維持委員会が解決した事件が、法的には事件として扱われていないことを」
「なっ……!?」
俺だけでなく、誰もが驚愕の声を上げていた。
そんな中、ただ一人、弥流先生だけは穏やかな声で笑っていた。
「そうね。水香さんの言う通りよ」
「でっ、でも、それっておかしいじゃないですか! 実際にケガ人が出るようなことだってあったんですよ!?」
弥流先生に詰め寄ろうとする美甘に、水香が後ろから声をかける。
「美甘さま、別におかしいことじゃないんですよ」
「なっ、何でですか?」
「だって治安維持委員会が相手した方々は誰一人、刑務所はおろか、交番にすら呼ばれていないじゃないですか」
「……それが、何だって言うんです?」
かすれ声で訊く美甘に、水香は淡々と言葉を継ぎ事実を押し付けていく。
「法的な機関がまったく関与していない。つまり治安維持委員会の活動は、ただの学生同士の内輪揉めとしてしか扱われていないということですわ」
「……で、でも、活動記録は学校に提出してるんですよ」
「だからといって、教育機関が行政機関に『学生の犯罪』の詳細な統計データを渡す光景が想像できますか? 仮に渡すにしても、特に私立校はご自分の所のブランド価値を下げぬよう、データに細工をするのが当然かと思いますが?」
美甘はすっかり威勢を失い、力なく椅子の背にもたれかかった。
「わたし達のしてきたことは、何だったんですか……」
その言葉に、答えられる者は誰もいなかった。
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