二章 肩が凝る 会議の空気 やわらげにゃ 奏でろ音色 回れよ輪舞(ろんど) その2
軽く「こほん」と咳払いをし、美甘が口火を切る。
「ではこれより、第十三回治安維持委員会三きょっ……合同会議を始めたいと思います」
「三校、であるな」
「十三回にもなるのですから、それぐらいは淀みなく言えるようになってほしいですの」
「うっ、うう~」
反論できず、彼女は目を潤ませる。
やれやれ、ここはフォローしとくか。
「まあ、実際一息で言うにはいささか長すぎるし、難しいよな」
「そ、そうですよね!」
仲間とはぐれて出口を見失い、洞窟を彷徨っていた探検家が日光を目にした時に浮かべるような顔になる美甘。
俺は頷きつつ、「で、最初の議題は何だ?」と先を促した。
「……ええと。ではまずは、夏休みの活動記録について報告してください」
それから各学校の記録をシェアした後、マイン、美甘、水香の順番で夏季休暇中の活動の詳細を報告した。
「グハハハ! やはり我が校が最多の戦果を上げたな!」
「……最多って。解決件数を報告したのはうちとドリーム高校だけだろ」
俺の言葉にもマインはへこたれず、ふんぞり返って言った。
「しかし、頂点は頂点である!」
「それに解決した数が多いってことは、事件の発生数がマジで多くて、治安がチョー悪いってことじゃね?」
「ぬぐぅ!?」
久遠先輩の意見に今度こそマインが動揺を露わにする。
「……で、博愛女学園はまた数字に関するデータは未提出ですか」
美甘が白い目で見やると、水香は扇子で口元を隠して目を逸らした。
「そんなに熱い眼差しで見つめないでくださる? わたくし、美甘さまとは薬指どころか、小指ほどの関係でもないのだけれど」
「真面目に答えてくれませんか?」
シリアスな口調で告げられ、水香は扇子を閉じて作り置きの笑顔で答えた。
「第一回の合同会議で決めましたわよね。数字関係のデータについての報告義務はなしにすると」
「確かにそうですけど……」
「それに、事件多発場所及び危険区域に関する地図は提出してますわ。最低限の義務と義理は果たしているはずですけれど?」
「……分かりました。取り決めを無視してしまい、申し訳ありません」
明らかに納得していない表情だったが、ルールを盾にされては生真面目な美甘は引き下がるしかない。水香はすました顔で紅茶を啜った。
卒然と入り口のドアが開いた。
「失礼しまぁす。みんな、真面目にお仕事やってる?」
入ってきたのはグラマーな女性だった。特に胸は赤髪のサイドダウンをミートソースのスパゲッティのように胸に盛り付けられるほどだ。FかGカップはあるだろう。
彼女は出弥流(いでみる)先生。新任ながら俺達のクラス担任をしている。担当科目は超魂能力学。分かりやすい授業らしいが、俺は世評に流されず赤点を取っている。
着ている桜の着物と夕空模様の袴は、教師指定の服装ではなく彼女の私服だ。
起伏に富んだ体つきのせいか、あまり和服が似合っているようには思えない。けれども衿から見える胸元や袴の脇あきから見える白い太腿には魅力を感じてしまう。まさに東洋の神秘だ。
「あ、弥流ちゃん先生! こんにちはです」
「はい、こんにちは。お仕事ご苦労様ね、委員長さん」
委員長こと美甘は照れ臭そうに目を逸らして、髪の束をいじった。
「わたし別に、そんなねぎらわれるようなことしてませんよ」
「そんなことないわ。治安維持委員会のみんなはとっても頑張ってくれてるわよ。全然休みなんてあげられてないのに、サボらずに働いてくれて……。頭が上がらないわ」
聞いている内に何だかうんざりしてきて、つい漏らした。
「改めて聞くと、やっぱりブラックだよな……」
「もう、灯字ちゃんは静かにしててください」
「違法労働を撤回するためには、俺は圧政に屈しない」
「いつもならここで引き下がるのに……」
顔に行書体の『面倒臭いですね』の文字を貼っ付け、美甘は肩を竦めた。
代わって弥流先生が暗澹たる面持ちで頭を下げてきた。
「本当にごめんなさいね。先生も生徒にこんな重労働を押し付ける形になっちゃってる現状には、罪悪感を感じてるのよ」
「いや、別に弥流先生が悪いわけじゃないが……」
「そうであるぞ。真なる敵は魔界の深奥にいる百一柱なのだからな」
「陛下、それではワンちゃん。じゃ」
「フッ、マインクンはうっかりさんだね」
「うっ、うるさい! 七十二柱であろう、分かっておったわ!」
「マインちゃん。会議中は必要な時以外、スマホを取り出すのはやめてくださいね」
「こっ、これは機関からのメールが来てだなっ」
「ん……。概説。編集。ソロモンの鍵も参照……」
「よっ、読むでない! 人のスマホを覗き込むなあ!」
話が脱線していく様をニコニコ笑顔で眺める弥流先生。
「ふふふ。みんな楽しそうで、ほっとしたわ」
「……そうだな」
所詮、一個人の意見など何の効力もない。場の空気が変わった以上、どんな筋の通った要望でも旬の過ぎた魚だ。
「……弥流先生って、孔明とか好きだったりするか?」
「先生は麻●准さんとか、島みや●い子さんがいいと思うわ」
「えーっと……?」
「作詞家さんよ」
「はあ」
よく分からなかった。きっと適当に煙に巻かれたんだろう。
ふと弥流先生はすんすんと鼻を鳴らし、希雨唯の方を見やった。
「いい匂いがするわね。もしかして、マロンケーキ?」
「……ん。弥流様の分も……残してある」
「本当? じゃあ、せっかくだし、いただいちゃおうかな」
「……弥流先生。食べてばっかりだと太るぞ」
「えっ、何で先生がさっきまでモンブラン食べてたのを知ってるの?」
「ここに食べかす、ついてるからな」
「ウソぉ?」
俺は自分の顔を指して場所を教えると、弥流先生はぺろっと舌を伸ばして食べかすを拭い取った。
「……せめて大人として、最低限のマナーは守ってほしいですわ」
嘆かわしいとでも言いたそうに溜息を吐く水香を気にも留めず、弥流先生はマロンケーキを食べ始めた。
「うーん、ほっぺが落ちそうなほど美味しいわね」
「……ん、有名シェフの自信作」
「んふふ、この人なら納得の味ね」
スマホを見ながらスイーツ話に花を咲かせている二人の間に、遠慮がちに美甘が割って入った。
「あの、会議中ですので、そういうのは後にしてもらえると……」
「そうだったわね。それなら今の内に記録をチェックしちゃうから見せてちょうだい」
どうやら弥流先生はお菓子タイムを続行する気だと察した美甘は肩を竦め「久遠ちゃん先輩、記録の提出お願いします」と言った。
「スマホからタブレットに記録は……送ってあるか。どーぞ、弥流っち先生」
「はーい、ありがとね」
久遠先輩からタブレットを受け取った弥流先生は、マロンケーキを食べながら今日の記録を確認し始めた。
「へー、野球部志望者による暴走ね。大変だったでしょ」
「まったくだ。部活がなくなれば顧問をしなくて済む先生も、内申を気にしなくて済む学生も楽になるはずなのに、余計面倒になった」
「先生ね、本当は軽音部の顧問になってみたかったのよ」
「そりゃ残念。二年……いや、三年前に部活はなくなっちまったからな」
「約二年前だよ、灯字クン」
クジャクが組んだ手に顎を載せて語り始めた。
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