二章 肩が凝る 会議の空気 やわらげにゃ 奏でろ音色 回れよ輪舞(ろんど)
二章 肩が凝る 会議の空気 やわらげにゃ 奏でろ音色 回れよ輪舞(ろんど) その1
夕日差し込む教室。
長机が三つコの字に並ぶ中、俺と久遠先輩は電子黒板側に陣取っていた。
美甘は黒板の前に立ち、ペンを握っている。書いた内容はデータ化され学校のサーバーに保存されるため、本来であれば書記は必要ない。だが黒板には記入されない発言も議事録として残すため、久遠先輩がその役目を担っている。
「長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません」
開口一番に、美甘は深々と頭を下げて謝罪した。
「急に事件が起き、その解決に少々手間取ってしまいました。本当なら十六時半に始まるところ、現在は十八時を回ってしまい……」
「いや、待ってたのそこの二人だけだろ」
俺はコの字の縦棒部分にいる水香達を見やり、次いで天辺のドリーム高校のメンバーに目を移した。
「……マインはともかく、他のヤツ等は事務員に捕まってたんだから……」
美甘も彼等を見やり、苦笑を浮かべた。
「……新しく入った事務員さん、平和さんの姿に戸惑ってましたねー」
マインの左横に座っている、緑髪のショートヘアの女の子。
美甘と目が合ったその少女が不満顔で訊いてきた。
「ここの者、敵と味方の区別もつかん。修行がなってない。のじゃ」
「まもるちゃん……修行は関係ないですよ」
まもるちゃん。フルネームで|平和まもる(へいわまもる)。マインと同じ学校の治安維持委員会副委員長だ。
「絶対、そのお腰につけたもののせいですから」
美甘の言うように、まもるはなぜかいつも木刀を黒い鞘に入れて帯に差している。
彼女は鞘をそっと押さえ、視線を鋭くし美甘を見やった。
「あたしの愛刀、『悪夢斬殺丸』に何か文句が?」
「そ、そういうわけじゃなくて。……ええと、でも収納袋に仕舞ってくれたら嬉しいなって思いますけど」
「武器は瞬時に使えて初めて価値が生まれる。袋なんぞに入れたらどんな名刀でもなまくら同然。じゃ」
「……うう、確かに最近は物騒ですけど……」
「ははっ。これは美甘クンが一本取られたね」
無駄に爽やかな笑い声が響く。
マインの右横に座っている、この宝塚の男役でもやってそうなキザったらしいヤツ。
名前まで|霧崎クジャク(きりさきくじゃく)って気取っている。
さっきまで苦笑いだった美甘が、取り繕いを忘れて溜息を吐く。
「……クジャクちゃん。頼みますから、制服を着てください」
「何を言ってるんだい。タキシードはまさしくフォーマルなファッションじゃないか」
クジャクはそう言っていつも黒いタキシードを着ていた。この部屋の誰もがすでに気にしていないが、美甘だけは顔を合わせる度に律儀に説教している。
「学生のフォーマルな格好は制服ですよ。制服着てください!」
「美甘クン。ボクは思うんだ。人生は選択の連続だと」
「え、あ、まあ……そうですね」
「だから制服を着ないこともまた一つの選択……。違うかい?」
「それは単なる校則違反ですよ!」
怒声と静かなる反論が続く中、かたりと磁器の触れ合う音が鳴った。
「お猿さんの鳴き声を聞きながら飲むお茶も、たまには乙なものですわね」
カップを手に、にこりと微笑む水香。
美甘の額ににょきっと角が生えたのが見えた気がした。
「何ですか、お猿さんって!」
「キイキイと愉快にお鳴きになって。うふふ、本当に可愛らしいお猿さん」
「お猿さんじゃないですっ!」
頭から蒸気を出す美甘を放置し、水香は傍に立っている少女を見やった。
「希雨唯、お代わりいただけるかしら?」
「……ん」
彼女はティーポットを傾けて水香のカップに紅茶を淹れた。ふわりと白い湯気が立ち、仄かにいい香りがこちらにも漂ってきた。
「ありがとう」
「……ん」
ポットをワゴンに戻した少女は代わりにクロッシュを持ち、そっと水香の前に置いた。
蓋を開くと、可愛らしいショートケーキが姿を現す。
「……マロンケーキ、限定品。お嬢様の、食べたがってた……」
「まあ、あのシェフの? 嬉しいわ、希雨唯」
「……んぅ」
頭を撫でられ、頬を染める少女。
彼女は制服を見れば分かると思うが、水香の同級生。
水無瀬希雨唯(みなせきうい)だ。
いつもお団子ツーサイドアップで髪をまとめている。そのうえ髪が桃色だからか、遠目からだと桜餅に見える。腹が空いている時にはなるべく会いたくないヤツだ。
彼女は水香のメイドをやっていて、傍に付き添っていることが多い。ただ影が薄いせいか、何か言うまで存在に気付かないことも時たまある。申し訳ないことに。
「ちょっと、今から会議始めるんですよ! お茶会は後にしてください!」
ぺしぺし机を叩いて抗議する美甘に、水香はやんわり微笑んで言った。
「お茶をしながらでも、おしゃべりはできますわ」
「おしゃべりじゃなくて会議です、会議っ! 真剣真面目な話し合いです!」
「あらまあ。真剣で真面目なおしゃべりですか」
少しの間の後、釈然としない表情だったが美甘は頷いた。
「……まあ、そうですよ」
「でしたら頭も使いますし、糖分の摂取は必要不可欠ですわね」
「どうしてそうなるんですか!?」
「……お嬢様」
「なぁに、希雨唯?」
「……ケーキ、皆さんの分も……ある」
「まあ、用意がいいわね。それじゃあ皆さんにもケーキを配ってさしあげて」
「……ん」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ワゴンの大きなクロッシュに手を伸ばした希雨唯は、美甘の声にそのままの格好で首を傾げた。
「……んん、何でしょう?」
「さっきまでの話聞いてました!?」
「……頭を使うから、糖分必要?」
「そ、そうじゃなくてですね……」
「……んぅ」
困り顔で水香を見やる希雨唯。
ご主人様は扇子を開き、大げさな溜息を吐いた。
「お猿さんは頭が固いんですのね」
「お猿さんじゃないです! れっきとした人間です!」
「人語を解するなら、せめて柔軟な思考を身に着けてほしいですわね」
「それ、全然考え改めてないですよね!?」
「まあ、お猿さんにしては冴えているのね」
「うきぃいいいです!」
美甘と水香の応酬がヒートアップする中、久遠先輩は欠伸混じりに言った。
「灯字っち。こういう時って、やっぱり年長者として止めた方がいいワケ?」
「さあな。久遠先輩のしたいようにすればいいんじゃないか?」
「あっそ」
やる気をなくしたように机にべたっと倒れ、スマホに全員の発言を一言一句違わず記録する久遠先輩。人にはそれぞれ短所があり、また取り柄もある。
「お猿さんにはマロンよりもバナナの方がよかったかしら?」
「マロンじゃなくて栗って言ってください! 水香ちゃん日本人ですよね!?」
「へえ。それなら美甘さまは、バナナを漢字で書けるのかしら」
「ふふん、分かりますよ。実芭蕉(みばしょう)ですよね。果実の実に、松尾芭蕉の芭蕉で実芭蕉です」
「あら、知ってらしたのね」
「和菓子店の娘ですから。漢字ならどんとこいです」
「それなら、実芭蕉の英語は?」
「みっ、実芭蕉の?」
「そうよ。アルファベットのつづりで答えてくださる?」
「えっ、ええと……」
首を傾いで唸り始める美甘。
そんな彼女を見てマインがぼそりと一言。
「こやつ、頭バナナであるな」
「バナナじゃないです、人間です!」
結局会議が始まったのは、それから十分後だった。
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