一章 墨香る 君の姿に 恋しがれ 仰ぐ空にも 想い馳せゆく   エピローグ

 これからの展望について語りだし始めた野球野郎共を見やり、俺は安堵の息を春く吐き出して能力を解除した。手の中の太い筆が青い燐光となって消えていく。


「一件落着、か」


 俺の言葉にマインが「そのようだな」と目を細めた。

 美甘がぽんと背伸びして肩を叩いてきた。


「お疲れ様」

「まったくだ。一ヶ月ぐらい休んでもいいか?」

「それはダメです」


 にっこりと却下される。


「ひでぇ……。マインも何か言ってやってくれよ」

「諦めよ。そなた、アマミーには逆らえぬだろ?」

「アマミーじゃないです、美甘です! 漢字すら逆じゃないですか!」


 話が脱線していくが、休暇が潰えたのは頭の悪い俺でも分かった。


「……俺の、筆ライフ……」

「大丈夫ですよ。どっちにしろ真っ黒ですから」

「全然上手くないからな」


 これ以上ないってぐらいがっくりと落ちた肩を、また叩かれた。凹むわ。


「あ、いいんちょ。記録終わったから」


 久遠先輩がスマホ片手に美甘に報告した。彼女は治安維持委員会の記録係で、全ての活動を詳細に文書にまとめている。


「ありがとうございます、久遠ちゃん先輩」

「マジかったるかったわー。ウチも休みたいわー」


 彼女はだらだらと汗をかき、冗談抜きでバテてそうだった。


「まだ暑いうえに、今日は走り回ったからな」


 このまま休憩の流れに持っていけたらと思った矢先。美甘が腰に腕を引きつけ、今にも走り出しそうな足踏みを始めて言った。


「さあ、駆け足で学校に戻りましょー。まだ合同会議が残ってますからね!」


 さっと久遠先輩の顔が青ざめる。笑っているが頬が引きつっているし、額から尋常じゃない量の汗が流れ出している。


「そなた、鬼だな……」


 マインのコメントに美甘の顔がぱっと輝く。


「あっ、もしかしてわたし、監督に向いてますか?」

「いい監督は、選手に無理させないもんだ。熱中症になったら元も子もないし、ゆっくり行こう」


 俺の提案に美甘は不満そうに口を尖らせたが、ふと目を逸らし、こちらの様子を窺うように横目で見てきつつ言った。


「……まあ、インドア派の灯字ちゃんが倒れても困りますし、そうしますか」


 見るからに顔面蒼白なのは久遠先輩なのだが……。まあ、俺もかなり疲れてるし、実はもっとひどい表情をしているのかもしれない。

 久遠先輩が『サンキュー』とジェスチャーで伝えてきたので、手を振って『気にしないでくれ』と返しておいた。

 ふいに周囲が暗くなり、俺はつられて空を見やった。

 太陽がビルの谷間に落ちてきていた。

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