指輪
夜の海が広がる臨海公園の砂浜に僕は立ち、さざめく波間をただ見つめていた。帰宅の途中、原付で走っていて、橋に差し掛かったとき、何気なく、なんとなく流れと同じ方向にハンドルを切ってしまった。
砂浜に降りてきてからすでにかなりの時間が経っていた。3月の海は寒さを掻き分けて仄かに暖かな風が吹いていた。ポケットに手を突っ込んで、そこにあるもう輝くことのない宝物を、指先で
二週間は経っただろうか。先日、
手を出して、それを波間にかざしてみる。一年前から最近まで右手の薬指に
彼女はマフユという名前だった。瞳が大きくて、鼻の細い、背は中くらいの女の子だ。気の優しい、けれど、一度決めると最後まで突き通す一面もあった。小学校高学年頃から仲良くなったから、もう10年近くの付き合いなのか。中学校に入ってから、同級生どうしで付き合う人が増えて、それに乗っかるように告白した。僕はただ隣にいるだけでも嬉しいのが恋なんだと思っていて、マフユといればどんな時でも嬉しかった。彼女はOKしてくれた。
お互い別々の高校になってしまって、残念だったが、マフユは夢のために進学校に進んでいったのだから、止める気はなかった。僕は中程度の普通の高校で、漠然と、マフユを支えられる程度に仕事ができれば、と考えていた。自分はあんまり頭もよくなかったから、同じ道に進むことができないのが、受験期は本当に毎日泣くほど苦しくて頑張っていた。高校一年目は、毎晩少しの時間だけでもLINEや電話をして、たまに遠くの街へ遊びに出掛けた。なぜか、この頃のことを思い出そうとすると涙が出る。星のように綺麗な、夏の草原のように素晴らしい毎日だった。
高校三年目になろうかという頃だ。彼女が病気になった。学校で倒れ、病院に運ばれてから、実態がわかったのだった。僕が病室に駆けつけた時には、彼女は安らかな寝顔を見せて眠っていた。僕はしばらく、横のイスに座り、その顔を鼓膜に焼き付くほど見つめていた。ほどなくしてマフユは目を開けて、僕を見ると、手を伸ばした。僕も手を伸ばし、抱き合った。周りの人を気にせず抱き締めて、看護師さんが申し訳なさそうに声をかけてくるまでそうしていた。
彼女の病状がよくならぬまま冬になり、春になり、僕は彼女の移転先の病院に近い私立大学に入って、講義やバイトの合間を縫って、毎日のように病室に顔を出した。果物の皮剥きがそろそろ上手くなってきた頃だったろうか、僕は彼女に指輪をプレゼントした。日に日に痩せていく彼女になんとなく繋がりの形を渡したかったからだ。
けれど、別れを、彼女が言った。
よくあるセリフが、よくあるままに僕の胸に突き刺さった。僕は、ただ、何でと呟いて立ち尽くす。彼女は淡々と理由を述べていった。砂嵐のような雑音ばかりが響いた。彼女がボールペンでぐしゃぐしゃと搔き消した線で見えなくなっていく。
そして、知らない男が病室に入ってきた。三十代に入るかといった年齢のスーツの男だ。毛ほどに細りつつ繋ぎ止めていた、僕のことを気にして言っているのだ、という心の声が消えた。冷水がゆっくりとにじんでいくようだった。
今、手のひらの上で
僕は思い切り投げ捨てた。
直後大きな声で叫んだ。
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