短編集【section4】

桜庭 くじら

ペーパークラフト

 朝は酷く冷え込んでいたので、昼間になってもどうせ寒いだろうと思っていたが案の定、冷風吹き荒れる晴れた日の午前となった。


 自転車を漕ぎながらマフラーを忘れて出てきたことを嘆いた。首もとと耳が凍りそうなほど冷たい。まったく感覚がなくなってしまって、耳たぶなんかどこかに落としていってもたぶん気がつかないだろう。


 駅に着いて待合室に置かれた石油ストーブに手を当てた。知らないおじさんが落ち着きなく立ったり座ったりしている。黒いバックと黒い外套がいとうがベンチの隅の方に置かれている。


 冷えた風さえなければ、ぽっかりと小春日和をした今日この頃だ。


 ドームの形になっている待合室の、磨りガラスの天窓から差してくる光はほのかに暖かい気がする。時間が経つに連れてこうして暖かさが増えていくから、ストーブがなくたって、しばらく耐えればそのうち外も良くなるだろうと思った。


 ティロティロティロと変なブザーが鳴る。


 まもなく列車が来ます、とアナウンスが入ったのでそこを出て、駅員に定期券を見せ、プラットホームに出た。


 向こうから車窓をキラリと光らせて、赤い電車がやってくる。一瞬心のレンズを覗いた。線路脇に生えた雑草も、白いコンクリートも、たまには映える一枚になる。写真なんか記念撮影くらいしかしたことがないのに、そんなことを思った。


 要は見せ方か。


 適材適所、適度、的確が調和して綺麗に収まるのがいい。自分の意識を殺して好機を待つのは狩人や肉食動物だけでなく、どれも一緒だ。目を見開いて電車の動きの一瞬一瞬を観察する。


 バランス、ポーズ、タイミングはどうも神経質である。少しでもずれたらものにならない。ただ、この刹那を狙って───。


 溜め息が出た。


 どれもこれも素人くささが抜けない台詞じゃないか。実につまらない。引っ掛かりもしない。


 いまだ十代だった。何したってどうも落ち着けないのだ。僕は毎日を堕落して過ごす人間なので、想像して真似事をしても、まるで形にならなかった。それが当たり前だと、そう信じることで、いろいろな問題をかわしている。


 目の前に停車した。近くのドアが口を開き、僕をするりと吸い込む。


 車内は人はまばらで、一度ドア近くのシートに座ったが、寒い風が入ってきたらと思って、車両の中ほどのボックスシートに変えた。


 窓の外は進行方向とは逆に進んでいく。


 このローカル線は山のふちを沿って走っていくので、緑に不足することはない。


 長野の小さな町。自然の豊かさと反比例するように遊ぶ場所に困る日々である。


 通学する高校へは、最寄り駅から近いので徒歩で行っている。ここもやたら人の集まる店が少なくて、駅前なのにファストフードの一軒もない。昔あったというショッピングモールも跡形もなく消え、今じゃ個人経営が少し並んでいる程度だ。どこからか流行りのJポップが聞こえてくる。これもより寂しさを増させている一因だと思う。何も聞こえなければなかったで、たぶん駅前通りとも気が付かなくなるかもしれないが。


 スマホで音楽でも聞こうかとイヤホンを繋いでみたが、片耳だけ妙に音が小さく、だんだんかすれ、ついに何も聞こえなくなってしまった。


 つたない生活を唯一彩る音楽が聞けなくなったら、僕はただの暇人になってしまう。そこからすぐ近くにあったコンビニに入って探したが、機種に対応するものが売られていなかった。コンビニのことを初めてコンビニエンスじゃないと思った。コンビニが便利じゃなくなったらただのストアじゃないか。そしたら訴訟だ。負ける気しかしないけど、こうなったら闘わねばなるまい。次に少し離れたところにあるスーパーに出向いた。もちろん食料品をメインにしているところでイヤホンが置いてあるわけがなく、甲斐なく店内巡回をしただけだった。


 スーパーの駐車場から道路に出る時に過って植え込みを踏んでしまった。最近の雪でぬかるんだ土は、靴に反応してべちゃりと音を立てた。


 泥に向かって叫びたい気持ちが喉のすぐそこまで込み上げて噴き出しそうになっていた。


 ついてない。


 仕方がない。暇人に甘んじて学校に行くしかなさそうだ。交差点を横切り高校へ真っ直ぐ続く通りに入る。


 僕はもう授業のない高校三年生で、進学先も確定いたので、2月に学校に来る理由は友達に会いに行くためだった。今日はたまにある登校日。こんな風にふらふらしていると時々受験組に殺されそうになるが、なんとか今日まで生きてこられた。歴戦の兵士には届かないが、圧に耐えきった僕も猛者と呼ばれても過言ではあるまい。いや過言か。


「おーい、何してんだ、お前ホームルーム遅刻だぞお!」


 校門を入ってすぐ、校舎の四階の窓から生徒指導の先生の声が降ってきた。


「あーい、あいあい」


 虫でも払うように手をひらひらさせながら返事をして、僕は回れ右をした。

 

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