第二章

第二章 礫



礫――その一


 にじをめざしてあるいていたはずなのに、いつのまにか、くろい、がれきだらけのところをあるいていた。

 ふしぎ。

 これはふしぎ。

 いつのまにだろう。どうしてだろう。わたしにもよくわからない。

 ――きっとちけいが、そうかたちづくられていたのだろう。

 じぶんにいいきかせてあるく。

 にじはもうとっくに、きえてしまっていて、じぶんがどこをめざせばいいのか、わからないでいる。


 ――――。


 このまま、いこう。

 このままいけばどこかへ、どこかへいずれたどりつく。

 わたしは、わたしにしては、めずらしく、らっかんてきで、それがすこしふしぎだった。

 けれどそれがまちがいだったときづく、そのときまでは。



礫――その二


 獲物ヲ探シテ、歩キ回ッテイタ。私ハ、ソウイウフウニ、形作ラレタカラ。自分ノ動力ガ切レルマデ、獲物ヲ探シ続ケ、殺戮シ続ケナクテハナラナイ。ソレハ実ニ面倒デ、実際退屈デ、ドウシヨウモナク馬鹿ラシイ作業。ケレド、ソレ以外ノ生キ方ナド、誰モ教エテハクレナカッタ。今日モ、一匹、獲物ガ通リカカル。緑色ノ髪ヲシタ、人間型ろぼっと。私ハ、ソノ機械ニ襲イカカッタ。イツモノ、ヨウニ。



礫――その三


 あかい、ひかりが、わたしをみていたことに、きがついた。

 そのときは、もう、おそかった。

 わたしたちはであってしまった。

 すがたをあらわしたのは、かにさん、のようなかたちをした、きかい。

 かにさん。のことをしっていたのは、ずっとむかしに、ずかん、をみたから。

 めのまえのきかいは、なにも、かたらなかった。

 ただ、わたしにむかって、おそいかかってくる。

 それが、とうぜんであるかの、ように。

 わたしは、きがついた。

 このきかいは、わるいきかい。

 わるいひとにつくられた、わるいきかいだ。

 どうぐ。

 たしか、どうぐといっていた。わるいひとが、そののぞみをかなえるだめだけにつくった、どうぐ。つくったひとの、のぞんだことしかできない、どうぐ。


 わたしも、そうかもしれない。

 わたしも、そうかもしれない。むねがいたい。

 むねがいたいのに、きかいは、わたしにむかって、おそいかかってきた。おおきい、はさみのようなうでで、わたしのからだをはさもうとする。


 わたしは、あわてて、それをさける。

 きかいは、わたしのすぐひだりがわをあらしのようにとおっていった。

 きょりがはなれたので、わたしはにげる。けれども、わるいきかいはおってくる。むこうのほうが、わたしより、あしがはやい。

 きっと、このようなすがたをしているものを、おそうように、できているんだろう。

 もういちど、おそいかかってくる。こんどはにげられなかった。ひだりの、にのうでをはさまれた。

 


礫――その四


 最初ノ攻撃ハカワサレタ。コレハ意外ナコトダッタ。マア、私モ武装ヲ失ッテ、モハヤ、右ノ鋏グライシカ攻撃手段ガ無イ。ソレホド多ク、殺シテキタノダ。ソレホド多ク、倒シテキタノダ。昔――ナラ、第一ノ左ノ腕ニ備エ付ケラレタ、巨砲ノ広域砲撃デ、顔スラ見ルコトナク惨殺デキタ。ソレハ、今ヤ、重シデシカナイ。ソウ、私ノ、体ハ重イ。使エナイ武器ヤ武装、ソンナモノデ、私ノ体ハデキテイタ。自分以外ノ動クモノ、全テヲ動カナクサセルタメニ。コノ“ろぼっと”モ動カナク、サセネバナラナイ。私ハ、身ヲ翻シテ、“ろぼっと”ノ後ヲ追ウ。――今度ハ逃ガサナイ。マダ動ク第一ノ右ノ腕ノ鋏デ、二ノ腕ヲハサミ、きりきりト締メ上ゲル。



礫――その五


 きりきりきり。

 きかいは、わたしのうでをはさむ。はさまれたうでは、きりきりときしんで、きけんをわたしにつたえる。

 いたい。

 いたい?

 そう、いたい。

 これはそういうしんごう。にんげんでいえば、そういうしんごう。

 わたしは、そう、おしえられてきた。にんげんに、いたいことを、してはいけないように、じぶんじしんで、そのいたみがわかるように。

 だから、いま、すごくいたい。

 すごく、すごく、いたい。

 ばか、はなせ。

 ばか、はなせ。

 わたしは、にんげんとは、ちがうのに。

まるっきり、みためもぜんぶ、ちがうのに。

 まるっきり、なかみもぜんぶ、ちがうのに。



礫――その六


 コノ“ろぼっと”ハ私ニ捕マエラレテ、気デモフレタノカ、不思議ナコトヲ言ッタ。人間トハ、マルッキリ、見タ目モ全部違ウ――? ドコガダロウカ? 私ニハ違イガワカラナイ。マアイイ。コノママ腕ヲ切リ飛バシテ、足モ全部切リ飛バシテ、私ノ巨体デ踏ミツケテ、ばらばらニシテシマオウ。人間モ、動物モ、ソウシテ同ジ機械サエモ、私ハズットソウシテキタノダカラ。ソレガ私ノ生マレテキタ理由ダカラ。きりきり。腕ヲハサンデ、持チ上ゲル。コノ“ろぼっと”ハ、機械ノクセニ、トテモ、軽イ。コノママ、投ゲ落トシテ、ヤロウカ。



礫――その七


 きかいはうでをはさんだまま、わたしをもちあげた。

 このまま、じめんにたたきつけるつもりだろう。

 おもったとおり、たたきつけられた。

 こんどは、からだじゅうが、いたい。

 なんども、なんども、きかいは、わたしをはさんでは、なげおとす。

 そのたびに、からだじゅうが、いたんだ。

 たのしそうに、たのしそうに、なげおとす。

 うれしそうに、うれしそうに、なげおとす。

 それをみて、わたしは、おもった。

 それをみて、わたしは、いった。

 たのしいですか、あなた。こんなことして?

 うれしいですか、あなた。こんなことして?



礫――その八


 “ろぼっと”ヲ何度モ、何度モ、地面ニ叩キ付ケタ。人間ナラ、最初ノ一撃デ、潰レテイタダロウ。ケレド相手ハ“ろぼっと”ダ。ソンナニ容易ク、潰レテハ、クレナイ。壊レテハ、クレナイ。ダカラ、何度モ、何度モ、叩キ付ケル。楽シク、ナンカハ、ナイ。嬉シク、ナントモ、ナイ。ダカラ、問イニハ、答エナカッタ。ヒタスラ、コノ“ろぼっと”を投ゲ落トス。



礫――その九


 きかいはなにもこたえてはくれなかった。

 ただ、なんども、なんども、わたしをなげおとす。

 いたい。いたい。からだじゅう、ぜんぶがいたい。

 そうして、わたしは、おもう。

 このきかいには、ことばは、ないのだろう。

 このきかいには、こころは、ないのだろう。

 ただ。わたしが、わたしでなくなるまで。

 こわれてしまうまで、つづけるつもり、なんだろう。

 わたしが、こわれてしまうまで、つづけつもり、なんだろう。

 やめて。ばか。からだじゅう、いたい。

 やめて、ばか。こころまで、いたい。

 ばか。

 ばか。

 ばか。

 ――馬鹿な奴。――こころが、はじ――けた。



礫――その十


 ヒカリガ、見エタ。――様ナ、気ガシタ。ソレデ、オシマイダッタ。私ノ体ハ、チカラヲ失ッテユク。六本ノ足ガ立タナクナリ、鋏ニ込メタ、チカラガ、抜ケル。巨音ヲ立テテ、私ハ、礫ノ大地ニ、崩レ落チル。ソレガ、ヒドク、痛イ。ソレダケノコトガ、テヒドク、痛イ。痛――イ? 私ハ、痛ミヲ初メテ知ッタ。今マデ、何遍モ、何十遍モ、何万遍モ、人間ヤ、動物ノ、痛ミニヨル、悲鳴ヲ聞イテ、キタノニ。私モ、今マデ、何遍モ、何十遍モ、人間ヤ、動物ヤ、同ジ、機械カラ、傷ツケ、ラレテ、キタノニ。痛ミハ、感ジナカッタ。ソレガ、私ノ、仕様ダッタ、カラ。ダガ、今ハ、違ウ。痛ミ。イタミ。痛ミ。イタミ! コンナニ、コンナニ、心ヲカキ乱スモノダトハ、思ワナカッタ。イマ、ソノ、記憶全テガ、一気ニ、私ヘト、襲イカカル。ソレハ、私ニハ、耐エ難イ、痛ミ、イヤ、苦シミ、ダッタ。私ハ、悶エ、苦シンダ。私ハ、タダノ、機械ノ、クセニ。ホンノ、自分以外ノ、全テヲ動カナク、スルタメニ、作ラレタ、機械ノ、クセニ。悲鳴ヲ上アゲル、機能ガ、アレバ、私ハ、悲鳴ヲ、上ゲテ、イタ、ダロウ。クルシイ、クルシイ、ヒタスラニ、クルシイ。


礫――その十一


 なにが、おきたか、よく、わからなかった。

 けれど、いつのまにか、きかいは、わたしをはさむのをやめていた。

 きがつけば、きかいは、じめんに、くずれおちていた。

 あかいひかりが、ちかちか、ひかっていた。

 きけんをしらせるように、よわよわしく、ひかっていた。

 それで、わかった。

 このきかいは、くるしんでいる、と。

 いたがっている、と。

 どうしてだろう、わたしのこころも、いたがった。

 あんなこと、されたのに、わたしのこころも、いたがった。

 そう、それは、きっとわたしのせい。

 わたし、じしんが、いけない、せい。

 なぜなら、もうからだは、ぜんぜん、いたくなくて、いまは、こころだけが、ひたすら、いたいから。

 

 ――こころだけが、ひたすらに、いたいから。



礫――その十二


 チカラヲ失ッテ、痛ミト、苦シミニ、襲ワレテ、気ガツイタ、コトガアル。ちかちかト、私ハ、自分ノ、視覚部分ヲ働カセタ。コノ“ろぼっと”ヲさーち、スル、タメニ。――第三ぶれいくするー素体。出タ、回答ニ、私ハ、驚ク。ソンナモノガ、自分ノ、ナカニ、いんぷっと、サレテイタトハ、思ワナカッタ。ソレトモ、アノ、ヒカリガ、私ニ、教エテ、クレタノ、ダロウカ。アノ、ヒカリ……。私ハ考エル。チカラヲ奪ワレタ、ト同時ニ、私ハ、恐ラク、引キ上ゲラレタ。痛ミト、苦シミヲ、感ジル様ニ。人間ト、近シク、ナルヨウニ。ナゼ。イマサラ、ソンナコトヲスル? ソンナ、コトヲサレナクテハ、ナラナイ? 私ハ、痛クテ、苦シクテ、堪ラナイ! 私ハ、悶エ、体中ヲ、動カス。ケレド、チカラガ、モウ、入ラナイ。私ノ、動力ハ、限リナク、ぜろ、ニ、近ヅイテ、イル。


 ――――報イ?


 ソンナ、言葉ガ、浮カブ。ソウダ、ソウ。コレガ、イママデ、ノ、報イ。私ガ、人ヤ、動物ヤ、同ジ機械ヲ壊シテキタ、報イ。ケレド、ケレド、誰モ、ソンナ、コトハ、教エテ、クレナカッタシ、教エテ、欲シイ、トモ、思ワナイ! アア、イタイ、クルシイ。私ノ、言語ハ、ソレ、一色ニ、塗り潰サレル!



礫――その十三


 きかいは、ちいさく、うごきつづけている。

 あかいひかりが、わたしをにらみつづけている。

 ことばも、なく、わたしをにらみつづけている。

 もだえ、くるしむかの、ように、こきざみに、ふるえている。

 からだが、ぶるぶると、ふるえている。

 きっと、このきかいは、ながくは、もたないだろう。

 なんでか、わからないけど、わたしには、それがわかった。

 そうして、わたしは、このきかいをみて、おもう。

 

 いたそう。そして、くるしそう。

 わたしは、むねが、くるしんだ。

 だから、きかいに、よびかける。


「なにか、わたしに、できる、ことは、ありませんか?」


 と。ふるえる、きかいに、よびかける。

 こわれかけた、きかいに、よびかける。

 


礫――その十四


 何カ、デキルコト――? “あなた”ガ、私ヲコウシタ、ノニ、イマサラ、何ヲ言ウノカ! コレハ、怒リカ? 怒リ。ソウシテ、憎シミ。ソウダ、私ハ、怒ラレテ、バカリ、ダッタ。憎シミヲ一身ニ、ウケテ、バカリ、ダッタ。殺シテ、キタ、人間ニ。殺シテ、キタ、動物ニ。ソウシテ、壊シテキタ、機械ニ、サエモ。ケレド、今ナラ、ワカル。今ダカラコソ、ワカル。


 ――ソレハ、トテモ、寂シイ、コトニ。


 寂シサヲ覚エタラ、痛ミモ、苦シミモ、遠クヘ、行ッテ、シマッタ。ソウシテ素直ニ、“あなた”ノ言葉ヲ聞ク、コトガ、デキタ。ダカラ、私ハ、答エル。“あなた”ニ、答エル。


 何モ無イ。何モ、無イ。――ト。



礫――その十五


 わたしは、このきかいが、しゃべるのをはじめて、きいた。

 いままで、しゃべろうと、しなかったきかいが、しゃべるのをはじめて、きいた。


 なにもない。なにも、ない。


 きかいの、こたえ。

 それはどこか、さびしくて、かなしくて、むねがつぶれそうになる。

 あんなにもこわしてきたのに。

 あんなにもころしてきたのに。

 どうしてわたしは、そのことをしっているのか、しらないけれど。

 はなしたいことが、あるんじゃないですか。

 もっと、いいたいことが、あるんじゃないですか。

 わたしは、きかいのまえで、ひざをつく。

 そうして、あかい、ひかりをみつめて、いった。


 ごめんなさい、あなたをこわして、しまって。


 そのことも、どうして、しっているのか、わからないけれど。

 このきかいをばかだと、おもったとき。

 このきかいをばかだと、さげずんだとき。

 なにかが、はじけたことだけは、おぼえている。

 けれど、ばかは、わたしだった。


 ごめんなさい、あなたのことばをりかいできなくて。


 わたしは、きかいの、あかいひかりをみつめて、そうおもった。

 わたしは、きかいの、ろっぽんのあしをみあげて、そういった。



礫――その十六


 イインダ。答エナカッタ、私ガ、悪イ。“あなた”ノ言葉ヲ聞コウト、シナカッタ。コレハ、当然ノ、報イ。コレガ、当然ノ、末路。“あなた”ヲ理解シヨウ、トスラ、私ハ、シナカッタ。何モ、理解シヨウトハ、シナカッタ。タダ殺戮ト、破壊ダケガ、私ノ、生活ダッタ。


“わたしに、できることは、ありますか?”


 前ニモ、答エタ、ケレド、何モ無イ。何モ無イ。ソレハ、ヒドク、空虚デ、私ハ、イママデ、ソノヨウナ世界デ、生キテキタノダト、理解スル。ケレド、最後ニ、“あなた”ニ、会エタ。痛ミト、苦シミヲ知ッタ。怒リサエモ、知ッタ。ソレハ、トテモ嬉シクテ、トテモ、アリガタイコト、ナノダ。ダカラ、モウ、私ニハ、何モ、無イノダ。


“うたをうたって、あげましょうか?”

“きっと、あなたも、きにいるはずです”

“それは、きかいのために、つくられたうた”

“わたしと、あなたのような、きかいのために、つくられた、うた”

 

 ウタナド、私ノ生活ニハ無カッタ。ウタナド、聞イタ、コトナド、無イ。私ハ“あなた”ニソウ、答エタ。



礫――その十七


 きかいは、うたなど、きいたことがない、とこたえた。

 いままで、いきていて、うたをきいたことのないきかいは、かわいそうだ。

 あのうたをきかせてあげなくては、ならないと、わたしはおもった。


“このうみのはるかかなたとおくとおく”


 そんな、だいめいの、うた。

 そんな、ないようの、うた。


 だから、わたしは、うたった。

 ちいさなこえで、でもはっきりと、つたわるように、うたった。

 このきかいをいつくしむように、うたった。

 こわしてしまったのはじぶんだけど、それをあやまるために、うたった。

 このきかいをさげずんだことをわびるために、うたった。

 うたいおわって、こうきいた。

 ちょっと、はずかしいけど、こうきいた。


 いかがでしたか、このうたは?


 あなたのおきに、めしましたか?



礫――その十八


 ……。ワカラナイ。私ニハ、ソノ歌ガワカラナイ。キット、ソレハ、“あなた”ダケニ、作ラレタ、歌。“あなた”ノ、為ダケニ、作ラレタ、歌。私ハ、ソウ、答エ、ソウシテ、ソレガ、限界ダッタ。視覚ガ、急激ニ、狭マッテユク。全身ノ、感覚ガ、無クナル。ケレド私ハ、ドコカ、幸セダッタ。


“しあわせ? どこが、あなたはしあわせですか?”

“わたしが、あなたをこわして、しまったのに”

“わたしは、あなたに、とりかえしの、つかないことをして、しまったのに”


 壊シタ、ナンテ、言ワナイデ、クレ。私ハ、壊レル、ノデハナク、死ネル。ソレダケデモ、嬉シイ。イママデ、オコナッテキタ、無駄ナ、殺戮ニ、意味ガアッタ、トハ、トテモ、言エナイケレド、コンナ、私ニモ、死、ガ与エラレル。“あなた”ハ、死、ヲ与エテクレル。ソレガ、嬉シイ。


“ごめんなさい、よく、わかりません”


 イインダ。ソシテ、サヨナラダ。思エバ、サヨナラ、バカリノ、生キ方ダッタ。



礫――その十九


 そうして、きかいは、うごかなくなった。

 あかいひかりが、みえなくなった。

 わたしが、わたしが、こわしたのだ。

 こわされたくないから、こわしたのだ。

 こわい。

 わたしが、わたしに、こわがっている。

 だいじょうぶ、と、おちつけさせる。

 だいじょうぶ、だいじょうぶと、じぶんで、じぶんをおちつけさせる。

 いきて、いかないと、いけない。

 わたしは、いきて、いかないと、いけない。

 このきかいの、し、をむだにしないためにも。


 それにしても、し、とは、なんだろう。

 わたしのこころが、ふしぎがった。

 きかいに、し、なんて、ない。

 こわれることはあっても、し、なんてない。

 わたしも、いつかこわれるだろうけど、それは、し、とはよばないだろう。

 

 ――よばれないだろう。


 それが、かなしい。

 そうして、めのまえのきかいが、うらやましく、なった。

 し、をうたがいなく、うけいれられた、この、きかいが。

 ぽつり。ぽつりと。ここにもあめが、ふりはじめた。

 わたしのこころのように、あめがふりはじめた。

 ざぁざぁざぁざぁ、ふりつづけた。

 わたしは、もうしわけないとおもいながら、このしんだきかいにかくれてあめをさけた。

 あめはながいあいだ、ながいあいだ、ふりつづけた。

 やむことは、なかった。それはながいこと、ほんとうにながいこと、やむことは、なかった。



第二章 礫 完

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