第18話 星空の下で
「ほんと、汚ない大人だ」
ルナはゴミに向かって発するような声色で吐き捨てた。利香さんはルナの豹変具合に驚いているようで、言葉に詰まってしまっている。
「……なに美談っぽくして終わらせようとしているんだよ。本命に決めた人がいるなら貫き通せよ。妥協して結婚して、初恋の相手がたまたま居たから乗り換えだ? 結婚した相手の気持ちを考えたことがあるのか? 自分がいいならそれでいいのかよ? 汚い汚い……汚すぎる!!」
「なっ……。子供には分からないのよ。大人にはどうにもならない理由があるのっ!!」
利香さんは立ち上がり、珍しく感情的になって叫んだ。
それに対抗するようにルナも立ち上がる。どうやら、お互いに引き下がるつもりはないらしい。
「子供も大人も関係ないでしょう?」
「関係あるわよ!!」
「ちょ、2人とも! 利香さんも落ち着いてください!」
「カケルくん、穢れるからその女から離れて!!」
ちょ、俺に飛ばすんじゃねえ。
「まさかルナちゃん、彼氏さんがアタシに取られるとでも思っているのかしら? ジェラシー感じちゃったのかなぁ?」
利香さんも煽る煽る。
女の戦いは恐いって聞いたけど、本当にそうなんだなあって身を持って体感。
「2人ともやめろって!!」
俺が間に入って仲裁を試みるも、耳に入っている様子はない。
「賞味期限切れババアのくせに調子に乗るなよ」
やがてルナが利香さんの肩に掴みかかった。
「なんだと、このガキ~~ッ!!」
利香さんも負けじとルナの肩を掴む。二人の表情はまるで野獣のようだった。
2人は肩を掴み合いながら相撲のように押し合いをしている。
体格面では利香さんの方がアドバンテージがありそうなのだがルナも負けていないようだ。……この勝負、一体どうなることやら。
◆
結局、決着はつかぬまま戦いは終わった。
ルナは「もう寝る」と言って布団にもぐり、俺と利香さんで見張りをすることになった。
モンスターも眠っているのか森は静かで、夜空には星が輝いている。こんなに綺麗な星空を見たのは初めてかもしれない。
「綺麗……」
隣に居る利香さんがうっとりとした声を漏らした。
「……このダンジョンは一体どうなっているんだろう。洞窟を抜けたかと思ったら森があって、外にいるはずなのに俺たちの居た世界じゃない」
「そうだねえ、まるで時空が捻じ曲がってしまったみたいだよ。ここから脱出して、本当の世界がどうなってしまったのか確かめなきゃだね」
「そうですね……実は俺、この世界に来れたときはワクワクして、ちょっとだけ嬉しかったんですよ。まるで異世界に来たみたいで、すべてが新鮮に見えたんだ。でも、今は元の世界に戻りたい。わがままかもしれないけど、あんなに嫌だった平和な日常が凄く愛おしく思えるんです。……俺たち、元の世界に戻れるんでしょうか?」
俺は喉から絞り出すような声で言った。
こんなことを梨香さんに聞いても答えなんて知っているはずもないのに。
まやかしでも希望が欲しかった。
「戻れるよ。絶対にね」
利香さんは夜空を見つめながら話している。
「……さっきは喧嘩しちゃってごめんね」
「俺はあまり気にしてませんけど、気まずくなるので出来るだけ喧嘩は勘弁してほしいかな」
「あはは、そうだね。ごめんね、本当に」
利香さんは何度も「ごめんね」と繰り返している。
ルナとの喧嘩で疲れたのかは知らないけど、急に弱気になってしまった。
考えてみれば無理もないか、今日は利香さんにとって大切な岳さんを失ったのだ。
「一人になったら変に考え込んでしまいそうでさ、見張りに付き合わせちゃってごめんね」
「いいですよ。それに、もう謝らないでください」
利香さんはまた「ごめんね」とだけ言って黙り込んでしまった。
ムーンアックスが月の光に当たって妖しく光る。利香さんの精神はこのムーンアックスのように強くはない。1人の普通の女性なんだ。
「気になっていたんだけどさ、カケルとルナちゃんは本当に恋人なのかい?」
「違いますよ。元はストーカーで、信じてくれないと思うけど、ルナと俺は視界を共有しているんですよ。それでなのか知らないけど、向こうが勝手に惚れこんでいるような感じ」
「……そっか。余計なことかもしれないけどさ、女を30数年やっているアタシから忠告ね」
「忠告?」
「……ルナちゃんには気を付けた方がいいよ」
「え?」
どこからか冷たい風がひゅうっと吹いてきて、焚火の炎が消える。
辺りが急に真っ暗になってしまった。数秒の沈黙が俺たちを包む。
「あはは! そんなマジになることはないって! 明日、起きたらルナちゃんにでも謝っておかなきゃね。気分良く出発したいし」
「それがいいと思いますよ」
「……さ、火も消えちゃったことだし、アタシはそろそろ眠りますかね。見張りはよろしく!」
「え? えええええ!?」
そう言って利香さんはムーンアックスを抱えながら立ち上がる。
「アタシさ、一回寝ちゃったら中々起きないんだよ。あとは2人で上手いこと見張りをローテしてね。じゃ、おやすみ!」
利香さんはそう言って寝床に向かっていった。
俺は再び炎の杖で火を灯し、余った木の実を炙って夜食代わりに頬張る。
甘酸っぱい味がした。
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