第16話 フォレストワーム
あれから俺たちは不気味な人形のある場所から少し離れたところで野宿をすることになった。
あのままダンジョン攻略を続けるのは精神的にも辛く、休ませて欲しいというのが利香さんの意見だった。
俺とルナはもちろん了承した。
どれだけ強い装備を手に入れても精神面は強化することが出来ない。
このダンジョンを攻略するには肉体的にも精神的にもタフでなければならないのだ。
「2人ともゴメンね。こんなところで止まっちゃってさ」
申し訳なさそうな顔で謝る利香さん。
布団代わりに、フォクシーの着ていたローブを地面に敷く。
「気にしないでください。俺も仲間を失う辛さは分かりますから。今はゆっくり休みましょう」
「……ありがとう。優しいんだね」
「いえ、そんな……」
今は一人にしておいた方がいいよ、というルナの提案もあり、俺とルナの2人で食料を調達しに行くことにした。
俺たちは第二層の敵に詳しくないので、出現する敵と注意する点を利香さんに教えてもらい、出発する。
「……なあ、さっきの敵はなんだったんだと思う?」
「あの変な人形のこと?」
「そう。攻撃も効かないようだったし、レーザー光線の威力もヤバすぎた……あんな敵が今後出てきたら勝ち目はないぞ」
「んー、ルナはあの人形のこと、敵だとは思っていないよ」
「敵じゃない?」
「うん!」
確かに、あの人形については気になることがあった。
あの人形をスマホのカメラで通して見ても、名前などの詳細な情報が出て来なかったのだ。
「それにね、大剣でガンガン叩かれていたっていうのに、あの人形は反撃してこなかったでしょう? なのに、ブルーシートの上に置いてあるアイテムを持ち去ろうとしたときだけ反応した」
「つまり、アイテムを持って行かなければ岳さんは助かった……そういうことなのか?」
俺は真剣に話しているというのに、ルナは「あはは!」と笑い出した。
「もー、なんでそんなことをルナに聞くの? ルナが知っているわけないじゃん」
「……いや、ルナなら何か知っていそうだなって思って」
「ルナが興味あるのはカケルくんのことだけだよ。他のことなんて、道端に落ちている石ころくらいにしか思ってないってば」
「石ころって、そんな……」
「カケルくんはルナのこと好き?」
「え?」
身を寄せながらルナが上目遣いでこちらを見つめてくる。
またこの質問だ。
突然のルナの問いに俺はどう答えればいいのか戸惑ってしまった。
嫌いではない、だけど好きかと言われたら微妙だ。まず、ルナは謎が多すぎる。普通の人とは感覚がズレていて……そして愛が重い。
「ふ、普通……」
無難な答えを選択したつもりだったのだが、どうやらハズレだったようだ。
ルナはいつか見たような、世界の終わりみたいな表情をしている。
これは……ヤンデレモードのスイッチが入ってしまったのかもしれない。
「カケルくん、ルナのこと好きじゃないんだ……」
ま、マズイ。
俺の心が警鐘を鳴らしている。
「ルナはこんなにカケルくんのことを愛しているのに……カケルくん、そうじゃないんだ……」
ルナはいつの間にかナイフを右手に握っていた。
そのままナイフの刃を自分の左腕に近づけながら薄ら笑いを浮かべている。
またこれかって思ったその時、大きな地震が俺たちを襲った。
これは精神科病院に居た時と同じ……いや、違うな。揺れているのはここ一帯だけだ。
地面の中に、何か居る……ッ!?
「ルナ! 何かが近づいてきている。今はそんなことやっている場合じゃねえぞ!」
俺の注意も耳に入っていないのか、ルナはゆっくりと自分の腕を切り裂いていく。
これが噂に聞くリストカットというやつだろうか。ルナみたいな奴にナイフを渡してはいけなかった。
くそ、こうなったら俺一人でやるしかねえ……。
棍棒でどうにかなりそうな相手ではなさそうなので、急いでスマホを操作して炎の杖を取り出す。
地面の中から出てきたのは、先端に鋭い牙を持つ巨大なミミズのようなモンスターだった。
目が無く、ピンク色の身体が伸縮を繰り返していて中々グロテスクな見た目である。
「こ、コイツは……」
さっき利香さんから聞いた『フォレストワーム』というモンスターで間違いないだろう。
第二層の中では最も注意するべきモンスターであり、ムーンアックスが無ければ死んでいたかもしれないと言っていたくらいの強敵だ。ムーンアックスの持っていない俺たちに勝ち目があるのか!?
「やばいって、ルナ! 逃げるぞ!!」
腕を引っ張って逃げようとするが、ルナは少しも動く気配はない。結構強い力で引っ張っているというのに、石像みたいにビクともしないぞ。なんて力だ……。
こうなれば……。
俺は炎の杖を振りかざし、火の玉を相手の体に命中させる。フォレストワームは怯み、少しだけ俺たちから少しだけ遠ざかる。警戒しているのだろう。
「初めて使ったけど、なんとか当てることは出来たな。おい、ルナ、いい加減……」
って言いかけながらルナを見ると、既に3本目の線を腕に刻もうとしているところだった。
「……カケルくんはルナのことが好きじゃないカケルくんはルナのことが好きじゃないカケルくんはルナのことが好きじゃない……」
ルナは相変わらず一人で念仏のようにブツブツと呟いている。
ナイフで3本もの切れ目を入れているせいで、ルナの腕からは血がダラダラと垂れてきていた。見ているだけでも痛々しい。ルナは平気なのか?
「なんとかしないといけないっていうのに……」
めんどくせえ……けど仕方がない。
「……あー分かったよ。俺はルナのことが好きだ! 好きだから正気に戻ってくれ!!」
ルナと真正面に向かい合い、肩を掴みながら前後に激しく揺する。
すると、好きだ! という言葉に反応したらしく、ルナの表情がパァァっと、明るくなっていく。そこからの立ち上がりは早かった。
「ほんと? ルナもカケルくんが大好き、愛してるー!!」
俺の背中に両手を伸ばし、満面の笑みを浮かべながら、ぎゅうって抱き着いてくるルナ。
「……おいおい! こんなことしている場合じゃないだろうが、目の前には凶暴なモンスターがいるんだぞ!!」
「うん、そうだね。ルナとカケルくんの邪魔をする奴は消してしまわないとね♡」
ルナは身を離すと、フォレストワームの方に向き直り、リストカットをした左腕に力を込めた。
ドクドクと血が溢れ、左手は真っ赤に染まっている。
そんなルナの爪が魔獣のように鋭く見えたのは錯覚だろうか。
「カケルくん。ルナだけを見ていてね?」
「お、おい……お前何をする気だよ……?」
そう言ってルナは地面を強く蹴る。そして、
「ルナとカケルくんの邪魔をするなぁぁぁぁ!!!」
次の瞬間、ルナは叫びながらフォレストワームに向かって一直線に突っ込んでいった。
まさに猪突猛進。無謀に見えるその光景も、ルナなら何とかしてくれそうな気がした。
そして、その予想は見事的中することになる。
ルナが左手でフォレストワームの身体を掴むと、そのまま粘土を千切るかのように身を引き裂いた。傷口からは緑色の体液が漏れてきている。
「な、なんちゅー握力だよ!!」
痛みに悶え、大きく暴れるフォレストワーム。ルナはそれを華麗に躱し、木の上に飛び移った。
「カケルくん、あそこに火の玉をぶち込んで!」
「当たるか分かんねえけど……それ!!」
炎の杖を力いっぱい振るう。動いているせいで狙いが定まらない……。
火の玉は真っ直ぐに飛んで行き、傷口から少しずれたところに命中した。
外した……そう思っていると、火の玉はフォレストワームの体液に引火し、一気に燃え上がった。フォレストワームは「キキキキ……」と奇妙な声を漏らしながら苦しんでいる。
炎上というよりは爆弾に火を付けたかのように凄まじく燃えている。
あっという間にフォレストワームは丸焦げになり、ガソリンのような匂いだけが辺りに充満している。
か、勝てた……。
「あ、あいつの体液、可燃性なのかよ。アハハ、意味わかんねえ……」
「カケルくんやったね! ルナとカケルくんの愛の勝利だよ!」
愛の勝利かは知らないけど、これだけ大きなモンスターを倒すと達成感がある。
2人で喜ぶも、ある疑問が俺の頭を過った。
ルナはどうしてコイツの体液が可燃性だと知っていたのだろう。
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