第13話 ムーンアックス

 それを斧と呼ぶにはあまりにも歪な形だった。


 利香さんは地面に突き刺さっている『ムーンアックス』を手に取ると、それを軽々と持ち上げる。

 圧倒的な破壊力を誇るその武器の詳細が気になった俺は、すかさずスマホで『鑑定』を行う。


――――――――――――――――

【レア度】SSS

【宝具】ムーンアックス

【効果】攻撃力+468

――――――――――――――――


 そこには【宝具】という今までにみたことがない文字と、攻撃力+468という桁外れの数値が記載されていた。俺たちの持っている棍棒とは比較にならない。


「すっごーい、これをどこで手に入れたの?」


 俺の疑問を代弁するように、ルナはぶりっ子のような口調で利香さんに訊ねた。


「宝箱だよ。食料を入手するために宝箱を探していたら運よくこいつを見つけたのさ」


 利香さんは自慢げにムーンアックスを俺たちに見せつけてくる。あれだけの木を薙ぎ倒したというのに、少しも刃こぼれしていない。金属とは違う、別の材質で作られているようだ。


「ハッハッハ、コイツは昔から運だけは良くてな」


 付け加えるように岳さんが説明をしてくれる。


 こんなに強い武器を宝箱から……そういや『運』っていう項目がステータスにあったっけ。あれが関係しているのかもしれない。


 この武器があれば、ダンジョン攻略も楽々に出来てしまうだろう。

 もし、この人たちが味方に加わってもらえればとても心強い……。

 そうだ、これは俺たちに舞い降りたチャンスだ。絶対に逃すわけには行かない!!


「……利香さん、岳さん。もしよろしければ、俺たちと一緒にダンジョン攻略をしてくれませんか?」


 俺がそう言ってお願いすると、


「アタシたちは別に構わないよ。むしろ大歓迎さ。でも……」


 利香さんが送った視線の先には、再び不機嫌な表情をするルナが。


「兄ちゃんの彼女さんがヤキモチ妬いているみたいだね」


 豪快に笑う利香さん。

 相談もせずに独断で提案をしたのが気にくわなかったのかもしれない。


「ルナ、いいよな? これだけ強い武器を持っている人がいれば、更に安全に進めるんだ。これはチャンスなんだよ!」


 俺の説得も虚しく、ルナは涼しい顔をしている。


「そんなこと言って、本当はあのおばさんのことが好きになったからじゃないの?」

「……は? そんなわけねえだろ!」


 そう叱る俺の背後に、なにやら人の気配が。

 振り返ると、般若のような顔をした利香さんがそこに居た。


「そうハッキリ否定されると、おばさん傷つくんだけど」

「……ご、ごめんなさい」

「ガハハハハ!!!」


 と、同時に岳さんの笑い声が辺りに響き渡る。


「アンタも笑っているんじゃないよ!」

「ガハハハハハ!!! おばさんだってよ!!」


 叩かれても笑い続ける岳さん。

 2人が夫婦漫才をしている中、ルナが俺の腕を引っ張ってくる。どうやら人気のない場所まで移動して話をするつもりらしい。

 ルナと茂みの向こうまで移動する。


「ねえ、カケルくん。どうしても、あの2人を仲間に加えたいの?」

「ああ、2人が居てくれたら今まで以上に安全に進めるのは間違いないんだ。それにあの武器の攻撃力の高さはルナも見ただろ?」

「……じゃあさ、もし利香さんの持っているような武器があれば、2人きりでもダンジョン攻略してくれる?」

「そりゃあ、ムーンアックスみたいにチート級の武器があるなら2人でも何とかなりそうだけど……どうしてだよ?」

「もー、カケルくんって本当に鈍感なんだから」

「悪かったな」

「鈍感なカケルくんも初々しくて好きだからいいけど……あのね、ルナはカケルくんと出来るだけ2人きりで居たいの。他のやつなんかいらない。カケルくんにはルナだけを見ていて欲しいの」

「あのなあ、最初にも言ったけど、俺はこのワケの分からないダンジョンからとっとと抜け出したいんだよ。抜け出して……それからならなんでも言うことを聞いてやる。だから今は我慢してくれよ」


 半ば呆れるように言うと、ルナはそれでも納得出来ないのか、不満そうに頬を膨らませた。


「じゃあ、これが最後。もしこの先、他に人と出会っても別行動。それでいいよね?」


 このままだと平行線だと思った俺は、渋々その要求を呑むことにした。

 こういう場合は仲間が多ければ多い方がいいというのに、ルナは一体何を考えているのだろう。命を失ってしまったら、HPが0になったらそれで終わりなんだぞ……。

 隆史のような事故はもう二度と繰り返したくはない。


「すみません、相談終わりました」


 再び利香さんたちの居る場所に戻り、声を掛ける。

 ちょうど利香さんが岳さんにヘッドロックを決めていたところだった。一体どんな地雷を踏んだのだろう。どこでも男は苦労するものだな、と思った。


「おかえり! ……で、どうだった? 彼女さんを説得出来たかい?」

「ええ、まあ……」

「ルナちゃんもいいのね?」

「はい」

「ならよし! こんなところで時間を潰すのは勿体無いからね。早いところ出発するよ!」


 利香さんは俺とルナの背中をポンと軽く叩いてから歩き出す。

 一番強い武器を持っている利香さんが先頭で、その間に俺とルナが入り、一番後ろには岳さんだ。鬼に金棒といったところか、とても心強い。


「ここら辺はな、さっきの魔法を使ってくるキツネ型のモンスター『フォクシー』や、ナイフを持ったネズミ型のモンスター『ラットマン』が出てくる。どいつも雑魚敵だから怖がる必要はねえぞ」


 と、大剣を持った岳さんが説明をしてくれる。


 岳さんの大剣は見た目からして強そうなのだが、鑑定をしてみると見た目ほどの攻撃力はなかった。利香さんの持っているムーンアックスが強すぎて霞んで見えてしまっているのかもしれないが、実際20分の1にも満たない。


 なんて言っている側から、草むらの中から草むらの中からナイフを持った二足歩行のネズミのモンスターが飛び出してきた。外見的に『ラットマン』で間違いないだろう。

 先頭に居る利香さんは少しも動じることなく、ムーンアックスでモンスターを軽く突いた。それだけでラットマンはパタリと倒れ、動かなくなってしまった。


「すごい。たったこれだけで倒せてしまうんですね」

「いちいちブン回してちゃこっちの体力が持たないからね。それに、攻撃力だけは馬鹿みたいに強いからこれだけで充分なのさ」


 言いながら利香さんはラットマンの持っていたナイフを拾いあげた。

 そのまま利香さんがナイフを収納しようとしたところで、ルナがニコニコ笑顔で利香さんの前に立つ。


「おばさま、このナイフわたしがもらってもいいですか?」

「……ん? ああ、いいよ。女の子だからね、護身用に持っておきな」

「ありがとうございます。おばさま」

「お礼の出来るいい子じゃないか。間違っても彼氏さんを刺したりするんじゃないよ、ハハハ!」

「やだなぁ、大事なカケルくんには絶対に刺したりしませんよ」


 なんて笑顔でナイフを受け取るルナだが、何か裏がありそうで怖い。信じても大丈夫なのだろうか。

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