第11話 選択

「隆史、こっちだ。こっちに扉があったんだ。きっと、この向こうに第二層があるぞ!」

「だ、第二層……?」


 ショックのせいか、隆史の声はいつもよりも暗い。


「ルナ、頼む。扉を開けてくれ」


 そう頼むと、ルナは無言で鍵を扉の鍵穴に差し込みガチャリと回した。

 すると鍵は光に包まれて消え、扉は大きな音を立てながらシャッターのように上に上がっていった。重く、ぶ厚い扉だった。


 その扉の先には階段、ではなく梯子がぶら下がっていた。

 安全を確かめるためにルナと一緒に梯子に近づくと、鉄製のような材質でかなり頑丈な造りになっているようだ。


「結構な高さがありそうだね」

「ああ、でもこれなら隆史も……おーい、隆史! こっちに……」


 こっちにこいよ、ってそう言おうとしたところ、突如、ズドーン! と何か大きなものが落下する音が俺の声をかき消した。

 俺はそれを見た瞬間絶望した。

 シャッター式の扉が落ちてきたのだ。

 隆史の姿は見当たらない。


 まさか、隆史が下敷きになったんじゃ……。


 嫌な予感が全身を駆け巡ったその時、


「か、カケルさん! 今の音なんですか!?」


 声が聞こえたのは扉の向こうからだった。よかった。無事だった。


「扉が落ちてきたんだ! 今開けるぞ!」

 

 そう叫んで扉の前に来たはいいが、どうやって開ければいいのか分からない。こっち側に鍵穴は無いし、持ち上げようにも相当な重量があり、ビクともしない。


「隆史! 聞こえるか!? そっちに鍵が刺さっていると思うからもう一度回すんだ!」

「か、鍵ってどこでしょう?」

「えっと、確かここら辺。俺の声のする場所あたりにあったはずだ!」

「な、ないですよお」

 

 そんなはずは……。


「無駄だよ」


 ルナは冷酷に告げる。


「さっき鍵を回した時に消滅したもん。この扉はもう開かない」


 そうだった……鍵は光に包まれて消えたんだ……じゃあ、この扉はもう――。


「もしかしたら、またスライムが復活して、そいつを倒せば鍵を入手出来るかもしれないけど、今の隆史くん1人でそれが出来るかなぁ?」


 ……出来るはずがない。出来るはずがないのを分かっていて、わざとルナは言っているんだ。


「くそ! 隆史! 俺がこの扉をぶっ壊してそっちに行く!! だから泣くんじゃねえぞ!!」


 俺は叫びながら棍棒で扉を叩きつける。

 反動で手が、腕が痛い。それでも俺は扉を叩き続けた。この分厚い鉄の扉を。何トンもあるようなバケモノ級の扉を――。


 何回も何回も、何回も何回も何回も何回も叩きつけた。

 手の感覚なんて無くなるほどに。それなのに……。


 ああ、神様よ……。


「チクショウ……なんで壊れねえんだよ……!!」


 悔しさで涙が出てくる。

 扉には傷一つ付かなかった。


「ね、分かったでしょう? 隆史くんはここに置いていくことしか選択肢はないんだよ」


 さっきまでの冷たい表情から一転、勝ち誇ったように微笑むルナ。

 俺の心は既に諦めが支配していた。隆史にかける言葉なんて何も出てこなかった。


 だって、これ以上隆史に何を言えばいい。これ以上まやかしの希望を与えて何になる?

 隆史を絶望させて、苦しませるだけだ。

 何を言っても現実は変わらない。俺が声をかけたところで何にもならない。


 何にもならないんだ……。


「さ、行こ? 梯子を登れば二層だよ」


 ルナはまるでピクニックに出かけるときのような明るい声で俺の手を引いてくる。

 俺の心は散り散りに乱れ、絶望の二文字だけが脳内を支配していた。

 足は導かれるがままに動いていく。


「カケルさん!? ルナさん!? 待ってください! ぼ、ボクを置いて行かないでください……ぼく、今度は役に立ってみせますから……お願いします。ボクも連れて行ってください!!」


 隆史は声を枯らしながら必死で懇願している。


「ふふっ! 役に立ってみせますから、だって。あんな状態じゃ何も出来ないくせにね」


 梯子に手をかけながらルナは鼻で笑った。

 俺にはルナを叱る気力なんて、もう残っていなかった。いや、もうその資格もない。


 ごめん……隆史。さっさとダンジョンを攻略して、助けを呼んでくるから……だから、それまではどうか、生きていてくれ。


 俺は梯子に手をかける。


「……カケルさん、ボクを……見捨てないで……」


 それが最後に聞こえた隆史の声だった。

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