第10話 その現実はあまりにも残酷で

 パァン! と風船が割れるような音が辺りに響き渡る。

 ルナの一撃は見事スライムの核に命中した。

 それと同時に隆史の体は後ろに大きく倒れた。

 俺は地面に頭をぶつけないよう咄嗟に隆史の体を支えてやる。揺すってやっても意識を失っているのか反応がない。


 あれだけ頑固に張り付いていたスライムも、核が破壊されたことにより、少しずつ形を崩しながら地面に垂れてきている。スライムが絶命していることは明らかだった。


「た、隆史……!?」


 スライムの居なくなった隆史の顔面は、人間の顔とは思えないほど酷く崩れ、ところどころ骨が見えてしまっている。皮膚は重い火傷の痕のように赤くただれ、見るのも辛いくらいだ。

 そして、ルナの棍棒によってかスライムの酸による影響か定かではないが、眼球は潰され、鼻の骨が折れてしまっている。


「カケルくん、これを見て」

「おい、勝手に隆史のスマホを……」

「ふーん。HP残り3か……こんな状態でもまだ生きているんだねー、もし本気でやっていたら隆史くん既に死んでいたかも!」


 隆史のスマホを手にしながらステータスを確認するルナ。

 ルナは少しも隆史のことを心配する様子は無い。それどころか、こんな状況だってのに笑っていやがる。


「大丈夫か!? そ、そうだ、ポーションを使えば……!!」


 スマホを操作して、昨日入手したポーションを取り出す。

 蓋を開け、隆史の口だと思われる穴に目掛けて液体を流し込んだ。


「くすくす、回復アイテムなんてやめておけばいいのに」

「馬鹿言え、仲間なんだぞ! 隆史……絶対に助けてやるからな!!」


 数秒後、ポーションの効果が表れたのか、隆史は2回ほど咳を繰り返した後に意識を取り戻した。

 だが、顔面の傷は塞がっておらず、出血は止まったようだが痛々しい外見はそのままだった。


「か、カケルさん、ルナさん……どこに居るんですか!? な、何も見えないんです!!」


 隆史は目が見えないことで軽いパニック状態に陥っているようだ。


「落ち着くんだ、隆史。俺はここだ。……い、痛みはないか?」

「い、痛みはありませんけど……目の前が真っ暗なんです。スライムがまだ顔にくっついているんじゃないですか……?」

「……いや、違う。スライムはもう倒したんだ……」

「じゃ、じゃあ!! どうして何も見えないんですか!?」


 隆史はまだ自分の眼球が潰されたことに気が付いていないようだった。

 正直に教えるべきか、誤魔化すべきか迷っていると、ルナが隆史の側に近づいてきて……。


「それはね。ルナが隆史くんの眼球を棍棒で潰したからだよ。ばこーん、って。これでルナと同じ盲目だね!」

「……え?」


 ルナの告白に「信じられない」とでも言いたげな声をあげる隆史。


「……すまない。あのまま顔面に張り付いたスライムを倒さないと命の危険があったんだ。他に何も方法が無くて……ごめん」


 俺がそう言って謝ると、隆史はゆっくりと起き上がる。それから両手を震わせながら顔に持って行き、自分で触って確めはじめた。


「な、なんだ……これ。こ、こんなのボクの顔じゃないです……」


 隆史は今にも泣きそうな声を出しながら、何度も何度も何度も自分の顔を触っている。

 俺はそんな隆史にどうやって声を掛ければいいのか分からなかった。


「……カケルくん」


 戸惑っている俺のもとにルナが近づいてきて、耳元で囁く。


「……ダンジョン攻略の続き、しよ? スライムを倒した場所から鍵が見つかったんだ。きっと、こいつが第一層のボスだったんだよ。これを向こうの部屋にある扉に使えば次の階層に進めるよ?」


 金色に光る鍵を見せながらルナが微笑む。

 そして、ルナの言うとおり奥には扉のある部屋が見えた。


「今はそれどころじゃないだろう。隆史があんな状態じゃ……」


 俺が言いかけていると、ルナは俺の腕を掴んで隆史から離そうと引っ張ってくる。

 隆史はまだ現実を受け入れられないのか、一人で顔を触り続けていた。

 扉のある部屋まで来たところで、ルナが話し始めた。


「何を言っているの? 隆史くんがあんな状態じゃダンジョンを攻略出来るわけがないじゃない」

「いや、今ダンジョン攻略の続きをするって言ったばかりじゃんか。ルナの方こそ何を言っているんだ?」

「だからね……隆史くんをここに置いて、ルナとカケルくんの2人でダンジョン攻略の続きをするの!」


 ルナはさも当たり前のことのように、楽しそうに提案してくる。


「ふざけんな! そんなことが出来るわけないだろう!」


 俺がそう言って怒鳴ると、ルナは笑顔から冷たい表情に変えて距離を詰めてくる。目隠しをしているというのに、その威圧感は半端ない。


「……ふざけているのはカケルくんの方だよ。目の見えなくなった隆史くんを連れてダンジョンの攻略が出来ると思っているの? ルナとは違って完全に何も見えないんだよ。これから先、スライムのような危険なモンスターだってたくさん出てくるかもしれないのに、戦うことも出来ない、自分の身を守ることも出来ない、役立たずになった隆史くんは誰が守るの? このまま連れて行って、隆史くんを守ることが出来るというの? 一番簡単な第一層の敵でさえ何も出来なかったのに。……もし無事だったとして、隆史くんの身の回りの世話は? 食料は? そんな余裕が今のわたしたちにあると思ってるの? ねえ、どうなの? 答えてよ!」


 捲し立てるように話すルナ。

 それでも、それでも俺は……。


「それでも俺は……隆史を見捨てることは出来ない。何としてでも連れていく」


 俺がそう言うと、ルナは大きく溜息を吐く。


「……ふうん、なら勝手にすれば」


 不満そうに吐き捨てるルナ。

 俺は隆史のいるところまで戻り、手を引っ張りながら扉の部屋まで連れてくることにした。

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