第9話 スライム
結局、モンスターが現れないまま一夜が明けた。いや、時間が分からないから一夜と言ってもいいのか疑問だが……。
きっちり見張り役はローテーション出来たし、昨日あんなことがあったが、なかなかいいチームワークだと思う。目の見えないルナに任せるのは不安だったが、俺が思っている以上に彼女の察知能力などは優れているらしい。
ちなみに、気になっていた隆史の様子については……、
「お二人とも、おはようございます! 清々しい朝ですね! 昨日は悪態ついてすみませんでした! あのリンゴにアルコールが入っていたみたいで、酔っ払っていたみたいです。あはは」
と、隆史はすっかりいつも通りになっていたので安心した。
「ま、何とも無いようで良かったぜ。これからもよろしくな、隆史」
「はい! 任せてください。昨日は2人に食料とか取ってきて貰ったりで世話になりっぱなしだったので、今日はボクが活躍してみせますよ!」
「ハハハ、こりゃ頼もしいな」
これはいい気分で冒険出来るぞ、と思ったが、ルナは相変わらず不機嫌状態である。
「……隆史くん、獣臭いから近寄んないでくれる?」
「あ、あはは……きっとコボルトのパンツの上で寝たからですね。臭くてごめんなさい。……離れます」
――そんなこんなで、ダンジョン第一層攻略2日目が始まった。
ダンジョンは一本道ではなく、いくつもの分かれ道があるので何回も同じ場所を通っているせいで進めていないという可能性もある。その場合、いつになっても一層から抜け出すことは出来ないので、コボルトのパンツを少しずつ破き、それを床に落として目印にしながら進むことにした。幸いなことにダンジョン内は風が吹いていないので飛んで何処かに行ってしまうということもないはずだ。
「ゴブリン、コボルト……同じモンスターにもいいかげん飽き飽きとしてきましたね」
「だな、低予算のゲームかっつうの」
なんて笑いながらダンジョン内を進んでいくと、久しぶりに見たことのないモンスターと出くわした。
高さは20センチほどだろうか、プルプルとした透けた青っぽいゼリー状の体の中に、丸い形をした赤いコアが埋もれている。
「あっ、このモンスターボク知っていますよ! 雑魚敵のスライムです!」
スライム……その名前にも聞き覚えがあった。国民的ゲームに出てくる1番有名な雑魚敵だ。
ここに来て雑魚敵のスライムが現れることに衝撃だが、コイツはレアモンスターか何かだろうか? いや、まさかな。
「スライムはですね。この中にあるコアが弱点なんですよ! それにしてもプルプルしてて可愛いなあコイツ!」
ゲームで得た知識なのか、隆史は得意気に説明をしている。
スライムはプルプルと体を少しずつ揺らしながら移動しているようだが、速度としてはカタツムリとさほど変わらないくらい遅い。
「そうだ。このモンスター、ボクに倒させてください! たまには活躍したいんです!」
珍しくハイテンションになっている隆史の提案を断るわけにもいかず、俺とルナは渋々了承することにした。
「2人は離れて見ていてくださいね……いきますよ~」
隆史はスライムの近くにしゃがみ込み、スイカ割りの要領で棍棒を上に大きく振り上げると、そのままスライムの核に向かって真っすぐ振り下ろした――いや、振り下ろそうとしたところで、地面からスライムの姿が消え、代わりに隆史のメガネが地面に落ちてきた。
どこに行ったのか探していると、スライムはなんと、隆史の顔面にべったりと張り付いていたのだ。
「う、うわあ! なんだこれ! ぼ、ボクの顔に張り付いて離れない!!」
隆史は間抜けな声を上げながらスライムを顔面から剥がそうとしているようだが、ぬめぬめしているのか、一向に剥がれる様子は無い。
「おいおい、何をやってるんだよ」
呆れながら隆史に近づき、俺もスライムを隆史の顔面から剥がすのを手伝うことにする。
スライムはひんやりとして冷たく、水とゼリーの中間のような不思議な感触で、なかなかスライムを掴むことが出来ない。
「す、すみません。そろそろスライムを剥がしてもらえませんか? なんだか顔面がヒリヒリとしてきたんです……」
「今やっているんだが、なかなか剥がれない……くそ! ルナも見えているんだろ? 手伝ってくれ!」
「カケルくんが言うなら、手伝ってあげる」
3人で必死にスライムを隆史の顔面から剥がそうとしているのだけど、スライムは少しも離れる気配がない。まるでスライムが接着剤か何かでくっついているみたいな、それくらい強い吸着力でまったく離れないのだ。
「あ、あ、熱い……なんだか顔面が熱くなってきました……!! これはちょっと本気でまずいかもしれません!! はやく、早く取ってくださいい!!」
ヒリヒリから熱い、ということは、スライムの体には酸が含まれていて、少しずつ隆史の皮膚を溶かし始めているのかもしれない。これは早くなんとかしなくては……!
「埒が明かない。このまま棍棒でスライムの核をぶっ潰すか」
冷静に、かつ冷酷に言い放ち、棍棒を手にするルナ。
だけど、核を潰すほどの衝撃で攻撃をするとなると、隆史も無事では済まないだろう。
「よ、よせ! この状態で核を潰せば隆史も死ぬぞ!」
「じゃあ、どうすればいいのかな? 他に選択肢なんてないよ?」
そうこう言っている間にも隆史は苦痛な叫び声をあげ続けていた。
そして、いつの間にか隆史の顔面からは血が滴り落ちてきている。短時間触っただけの俺でさえ手の皮が剥けてきているのだから、長時間スライムに触れ続けている隆史は相当危険な状態にあるだろう。
「は、早く。なんでもいいから……はやく!! あ、ああああ……熱い熱いあづい!!! あ、ああああああああああッ!!!!」
あの大人しそうな隆史から出ているとは思えないような絶叫。
スライムの色もさっきまでは綺麗な透けたブルーだったのに、隆史の顔面から出ている血と混ざっているせいか紫っぽい色に濁ってきている。それがとても不気味に見えた。
「くそ、何かねえのか……!」
役に立つものは無いかと当たりを見回すが、殺風景な岩肌があるだけ。松明を取るにもとても手が届くような高さではない。
せめて刃物があれば核だけをピンポイントで潰せるのだろうけど、悔しいことに武器は棍棒しかない。落ちている岩もそれほどの鋭さも硬さも無さそうだし、核を潰せるとも思えない。手で握り潰そうにも握力でどうにかなるものでも無いし、どうすれば。
「もういいでしょ? 本人がいいって言っているんだからやるしかないじゃん」
ルナは迷うことなく、隆史の前で棍棒を構える。
「や、やめろ……」
俺の無力な声と共に、ルナはスライムの張り付いている隆史の顔面にめがけて大きく振りかぶった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます