第5話 DIES-IRAE (怒りの日は来たれり)
なんとか
「天候管理システムが、働いてない?」
「Luciferに機能を破壊されたようね。それで、これからどうするつもり?」
「ううん、なんとかしてLuciferの本体に触れればいいんだけど……」
管理システムの心臓部が
「ならば、正常に動作しているポータルのところまで行きましょう」
「ポータル? まさか――」
「ええ。そのまさか、よ」
「へへ、人間とは思えない発想だな? 一番近くの正常なポータルは――ここだな。よし、行くぞ!」
CIELはXの視界にポータルの位置情報を共有表示する。そしてその情報を頼りに、二人は走り出す。
「うわっ」
どん。二人の近くで爆発が起きる。傾いた建物から剥がれ落ちた外壁が、近くに植えられていた木をへし折る。花壇が崩れ、土が飛び散った。Luciferによるウイルス攻撃で知能を汚染された人間が、街の破壊を行っているのだ。
「彼らとは接触しないようにしましょう。きっと話の通じる状態ではないわ」
「そうだな」
二人は物陰に身を隠しながら、速やかに走り抜けてゆく。
「今のところ死者は出てないみたいだけど……他の人はどこに居るんだ?」
「比較的安全な場所をシェルターにしているようね。私の可視範囲内には10名ほどの集団が3組あるわ。彼らは『サポート』を遮断しているようだから、しばらくは大丈夫でしょう」
「そうか――」
その時だった。
「きゃあ!」
向こうの方から悲鳴が聞こえる。
「こ、来ないで……」
身の丈以上の長さはある刃物を手にした男が、女に近寄っている。CIELはその女に見覚えがあった。
「現代の人間には、生きている意味などありません。人類はもはやEARTHの家具。何の理由もなく生を繰り返し、何の価値もなく生き続けなければならないこの世界を、あなたも苦痛に感じているのでは? 全ての人間は生きるという苦痛から、魂という呪いから解放されなければならない。さあ、死にましょう――」
転倒し、腰を抜かしている女。その頭上に狙いを定めるように刃物を構える男。刃物から反射した光が、女の瞳に映りこむ。ひゅん。研ぎ澄まされた刃が風を切る。
「珊瑚!」
どん。CIELが刃物を持った男に飛び蹴りをする。
「あなたは……CIEL!」
「大丈夫だったか? さあ、早く――うっ」
CIELは腰を抜かしていた女――珊瑚の手を取ろうとしたが、彼は左に大きくバランスを崩す。
「なんだ? 脚が重くて、熱いっ!」
「CIEL、あ、脚が!」
「そうか、これが痛覚ってやつだな。まずい、立てないぞ……」
CIELの左脚は大きく切り開かれ、フレームの機能を維持している透明の循環液が溢れ出している。そうこうしているうちに、蹴り飛ばされた男は立ち上がり、再び彼らの前に立つ。
「死こそ救済、死こそ喜び!」
「邪魔よ」
ぱん。男が再び刃物を振り下ろそうとしたとき、Xの拳が男の脇腹にめり込む。男のフレームは、くの字に曲がって大きく吹き飛ばされた。
「お、おい……」
「大丈夫よ、ちゃんと死なない程度にしておいたから。それより、ずいぶんと酷くやられたじゃない」
「ああ。血液、だったか? この循環液が止まらないんだ。左脚全体の機能が麻痺してる」
左脚をまっすぐに伸ばし、肘を立てて横になるCIEL。
「そうね。フレームは失血すると運動神経がロックされて、機能が著しく低下するのよ。直せるか試してみるから、しばらくそのままでいなさい――フレーム修復シーケンスを開始」
Xのパワードスーツ、右腕部分が無数のコード状に解ける。そしてそれら一本一本が生きているかのように、CIELの傷口に顔を突っ込む。
「CIEL、どうして助けてくれたの?」
「どうしてって……」
「私なんて、死んだって転生できるし、あの人が言ってたように、人類なんて何の理由も価値もない存在なのよ? あなたがこんな目に逢ってまで助けてくれなくても――」
「理由なんてないさ。ただ、俺がそうしたいと思ったからだ」
どん。また、街のどこかで爆発が起きる。風に乗ってくる火薬の臭いと、足元から漂う循環液の臭いが鼻をつく。Xの右腕部分から延びるコードの先端が光を放ち、損傷個所の縫合をしている。
「確かに人間の感情や記憶はデータだし、そのフレームだって、その魂だって、いくらでも複製できる。でも、だからこそ『今この瞬間に何をするか』が大事なんじゃないか?」
「今、この瞬間に、何をするか……?」
「ああ。神の力を使えば、人間の命なんていくらでも編集できるし、それこそ無かったことにでもできるだろう。でも、この人生で行動した結果は『事実』として残り続ける。その『事実』こそが、珊瑚や俺の存在を証明してくれる。いくら転生できたとしても、今ここに存在する珊瑚の代わりなんて居ないんだ。それに――」
CIELが珊瑚の目をまっすぐに見据える。
「人間は、何の理由もなくても、生きてていいんだよ」
「CIEL……私……」
珊瑚は声を震わせながら、目を見開いた。CIELはその潤んだ瞳を見て、微笑んだ。
「修復が完了したわ」
Xの右腕部分が元に戻る。気づけば、CIELの左脚の損傷は綺麗に元通りになっていた。
「おお、なんの抵抗もなく動くぞ、完璧だ!」
「流出した分の循環液は、空気中から精製した代替液でなんとかしておいたわ。これで出血性ショックもないはずよ」
CIELは立ち上がり、何度か膝の屈伸をする。
「良かった……CIEL、もう大丈夫なのね!」
「おう! 心配してくれて、ありがとうな」
「あなた、珊瑚と言ったわね? ここから200メートルの位置に、10名ほどの人間がシェルターにしている場所があるわ。この騒ぎが片付くまで、そこに隠れていなさい」
Xが珊瑚の視界に位置情報を表示する。
「ここね? みんな通信を遮断してたから、聞けなくて困ってたの。ありがとう!」
「よし、なんとか無事に済んだことだし、俺たちも――」
そう言って、ポータルの位置情報を確認するCIELだが。
「あれ、位置情報が消えてる」
「さっきの爆発でポータルがやられたようね。次に近いポータルは――」
「嘘だろ……結構離れてるぞ」
Xから共有表示された情報を確認し、渋い顔をするCIEL。
「そうだ、二人とも、さっきそこで乗り物を見かけたの! それを使えばいいんじゃない? こっちよ!」
珊瑚が二人を乗り物の場所へ案内する。
「おお、バイクだ! しかも車輪付きの!」
「本当は車輪がないやつの方が速くていいんだろうけど……」
「いや、いいんだ。こっちの方が走行を支配されないからな。助かるよ!」
CIELは横たわったバイクを起こし、跨ると、エンジンを始動した。
「うんうん、ちゃんと動きそうだな。よし、Xも――」
そう言いかけたところで、Xのパワードスーツの脚部が肥大していることに気付く。
「私は乗らないわよ? こんなの、走った方が速いじゃない」
脚部は物々しい音を出し、ウォーミングアップを完了したことを知らせる。
「そ、そういえばそうだったな……じゃあ、俺たちは行くよ。珊瑚も元気でな!」
「うん、二人とも、ありがとう! 気を付けてね!」
バイクが昔ながらのエンジン音を発しながら走り出す。そしてその少し先を並走するX。
「へえ、あの人がXか……あれ? ということは、CIELってもしかして――」
珊瑚は二人の姿が小さくなるのを見送ると、シェルターへと急いだ。
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