ランペイジ 国会議員無双  ~議員なら国会で無双しろよと言われそうだけど、前々世で大魔法使いだったので、異世界の軍を相手に戦います~

愛染

第1話 幕開け~桜花狂乱~

 桜吹雪が舞う。


 大阪城公園の桜の花びらがひらひらと踊るなか、大川にかかる橋へと続く階段に、友兼純平は足をかける。


「願わくば花の下にて春死なん その如月の望月の頃」


 橋の上からは、川に沿って桜が咲き誇る様が良く見えた。


 春の朝、うららかな日差しの中、ピンク色の花びらに心が癒される。


 そして、なぜだろう。身体が太陽に暖められたせいだろうか、ここに来てから、身中から力がみなぎってくるような気がする。なにかエネルギーでも注ぎ込まれた様に。


(今日も、元気いっぱい頑張ろうっと)


 身体が軽く、気分も最高だった。




その後に起こる事など、誰も夢にも思っていなかった。


 大阪城から煙が立ち上っている。


 背後でそんなことを言っているのが耳に入り、顔を上げたのが始まり。


 天守閣を見上げる前に目に飛び込んできたのは、お城へ通じる広場の方角から砂ぼこりを巻き上げながら近づいてくる騎馬の群れ。その背には、馬上槍をかき抱いた西洋鎧、フルプレートアーマー姿の者たち。


 桜の花が舞い散る下を、陽光を鉄の鎧に煌めかせた騎士たちが馬を駆る。


「なんだ、あれ?」


「コスプレ?」


「なんかイベントあったけ?」


「競馬でもやって……?」


 疑問のつぶやきが、辺りから漏れる。同時に、幾人かは、スマフォを取り出し撮影を始める。


「ポロか? って、なわけ……うお!?」


 満開の桜目当てに、普段の日曜日以上に多くの人が暖かな日差しにつられて、大阪城ホール前の広場に集まっていた。そんな広場へ騎馬は歩みを緩めることなく飛び込んでいく。


「ウラァァァァ!!!」


「ウラア!!」


 戦士たちの怒声が響く。


 まずランスにより、一人の少女が貫かれ、力任せに空に飛ばされた。投げ捨てられるように空を飛ぶ少女の顔は、自分の身に起こった事も理解できず、ただ目を見開いている。


「きゃああぁぁ!!!」


 女性の悲鳴が響いた。


 絶叫。


 連鎖的に断末魔と、叫び声、怒号が馬蹄の轟音をさえ引き裂くように乱れ飛ぶ。


 春の日の朝に、いきなり死神の鎌が振り下ろされた。


 馬上から叩きつけられた大剣が青年の頭を砕き、脳漿が隣に立つ女性の全身を赤く染める。子どもを守ろうと抱きかかえ、しゃがみ込んだ親子をランスが二人もろともに貫く。投槍がベンチに座り、事態を飲み込めず呆然としていた老人に投げつけられる。メイスが振るわれ、毬のように子供が飛ぶ。腹をえぐられた男が血まみれで、臓物を引きずりながら逃げようとして事切れる。馬の蹄が逃げ惑う人々の背を、腹を、頭を踏みにじる。


 死が駆け巡る。


 平誠33年春、午前9時45分、大阪事変の幕開けだった。






 友兼純平は、しばし目の前に広がる殺戮の舞台に目を奪われた。


 広場につながる橋を過ぎ、大阪城ホールへと向けて歩いたところだった。橋の手前に移動販売車や屋台の準備のための車がエンジンをかけたまま、荷下ろしなどに忙しそうな様子を横目に、その前を過ぎようとしていた。


 進行方向である南側から、騎馬の集団が駆けてくる。


 死が迫って来る。


 ランスが衝撃に砕けながら、老婆を宙に舞わせる。その横では剣が振るわれ、首だけが吹き飛び、噴水のように血が舞い上がる。


 悲鳴が響いた。


 叫びが、唸るような声が、奇声が、狂気が連鎖するように広まってゆく。


 目の前を桜の花びらが舞う。その花びらを追うように、視線が流れ、友兼の隣で立ち尽くしていた制服姿の警官が視界に入る。


「巡査!」


 友兼の呼びかけに、警官はスイッチが入ったように動き出し、震える手でホルスターの拳銃に手をかける。


 そして、目の前を駆ける殺戮者に怒鳴る。


「お、お前ら、と、止まれェ!」


 その声に、氷ついていた同僚の警官数名もはじかれた様に動き出す。


 馬上で巨体の騎士が剣を振りかぶった。


「巡査! 撃て!」


 こんな光景を目の当たりにしながらも、発砲を戸惑う巡査に、友兼の声も知らず大声になる。


 パン!という乾いた発砲音。


 銃口を空に向けた威嚇発砲。


「ぶ、武器を捨てろ!」


 威嚇ではあったが、その音に、剣を主婦の背中に叩き下ろそうとした騎士の注意が巡査に向けられる。巡査は、自分に向けられた兜の奥の視線、はっきりとは鉄の覆いに遮られて見えないはずの目に射すくめられたように背筋が凍り付く。


 一瞬の間、騎士は剣を逆手に持ちかえ、投擲。


 風を切る音が耳に届く。


 巡査の胸に剣が突き刺さる。


「あ……え、げほっ……」


 理解が追い付かず、巡査は、自分の胸を見、ゆっくりとした動きで剣に手を伸ばす。傷口から血が流れ、声の代わりに口から血を溢れ出させる。


 目が泳ぐ。


 騎士が後ろに従う従者らしき軽装の男から、短めの槍を受け取ろうとしている様子を網膜に写したのを最後に、巡査はどっ倒れた。


「いやっっ! ……!!」


 すぐ近くにいた女性の悲鳴を上げかけ、直後に飛んできた手槍が頭を貫通し、声も出せずに転がってゆく。


 騎士は、振り返りもせずに控える従者に向けて右手を突き出し、目は次の獲物を選んでいる。


「撃て! 死ぬぞ!」


 2度目の友兼の声に、年若い女性巡査・上坂栞が銃口を騎士に向ける。ただ、引き金を引くより早く、騎士は自分に殺意を向けてきた巡査に、手槍を的確に投げつける。


「え!?」


(あ、死……)


 自分に向けて、高速で穂先が迫り、栞は死を覚悟した。


 直後、立ち尽くしていた身体を強い力に引き寄せられ、間髪をいれず耳元を槍がかすめた。


 見上げれば、40代半ばの高そうなスーツを着た男に抱きしめられている。朧げにどこかで見た人物だと気づく。


(たしか、国会……)


 パン!パン!


 銃声に意識が引き戻され、先ほどの騎士を見れば、もんどりうって馬上から地面にたたきつけられるところだった。


「や、やった……」


 若い巡査の絞り出すような声が聞こえる。


「まだだ! 気を抜くな!」


 友兼が、安堵しかけた警官たちの気を引き締める。確かに、一人倒しただけで、まだ広場には騎馬が駆けまわっている。騎士の従者は、地面に落ちて動かない騎士を後方に引きずるのに一生懸命だが、広場に向けて騎士は続々と駆けてくる。


「みんな、橋へ逃げろ!」


 友兼は、逃げ惑う人たちに呼びかける。


「警察の人たち!

 市民を橋へ誘導してくれ!

 北側に逃がせ!」


 警察官が何人もいる中で、よく通る声で指示を出す。


「テロか! 戦争か! 何が起こっているのかわからない!


 だが、君たちの使命は変わらない! 市民を守る! 一人でも多くの市民を守る!


 まず市民を橋から、北側へ誘導。橋を拠点に市民を逃がすぞ!」


「はい!」


「あと、無線で応援要請を頼む!」


 警官でもない男が、この異常事態を取り仕切っている。


 友兼は、警官たちが動き出したのを確認し、剣で胸を貫かれた巡査の傍らに膝をつく。首筋の脈をとり、その死を確認してから目を閉じさせた。


「君、この人の拳銃から弾をとっておいた方がいい。弾数が命綱だよ」


 栞に目を向けると、軽く微笑んで声をかける。


「撃つなら、馬か従者がいいよ。鎧の奴らは、重すぎて馬から落ちると一人では中々立ち上がれ無いし、動きが遅いから良い的だ。従者の方は、鎧の奴らほど装甲が厚くない」


 言いながらポケットから携帯電話を取り出し、街中にいるかのように電話をかけはじめる。


 こんな修羅場で、これほど冷静でいられる人物に、栞は不気味ささえ感じてしまった。

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