第47話 メリークリスマス

九月十七日 十一時


 今日は【D57】発生予定日だ。

 同時に【D51】宇都宮ダンジョンのスタンピードも発生する。

 八月二十日のスタンピード以降も毎週スタンピードは起こっている。


防衛都市の完全な封鎖で一般人の被害は少なくなってはいるが、迎撃を行う【PU】には少なからず被害が増えつつあった。


 緊張した雰囲気で発生を待つ。


 十一時十一分


 【D57】ダンジョンは今までに無いパターンで登場した。

 八幡防衛都市の中心部で結界塔を呑み込むような形での発生となった。


 これにより八幡防衛都市の結界は失われ、防衛都市内の六十万人に及ぶ人々が危険にさらされた。


 この防衛都市の周辺は小倉スタンピードから溢れたモンスターが多く徘徊しており、壁はまだ健在だが飛行タイプのモンスターからの攻撃は、結界が失われた事により防げない状況になった。


 直ぐに避難命令が発令され、市民はD特区内への避難誘導が行われ始めた。

 入れ替わりにDITからPU部隊が突入してくる。


 翔たちの通う高校に於いても緊急避難命令が出され、人員確認が出来たクラスから順に避難が開始された。


 上空には既にモンスターの存在が確認でき、モンスターは標的を決めると上空から襲いかかり、簡単に人命を奪っていく。


 防衛都市内の戦える人員が何とか応戦しているが、とても凌ぎきれる様な状況ではなくなっていた。

 一箇所の転移門から、六十万人が非難に要する時間は短くない。


 我先にと殺到してくる市民も多く、現場は混乱を極めDPDの誘導指示で、転移門周辺の頑丈な建物内に一時避難してもらい、順次転移門に案内を開始するようになり、落ち着きを取り戻し始めるまでに三時間を要していた。


 その三時間の間に五百名以上の一般人にも被害が出て、そのうちの半数以上となる三百名はモンスターによるものではなく、転移門付近で押し倒されて負傷した人のものであった。


 【PU】の部隊が上空の敵を牽制し、ようやく避難が完了した頃には夜の七時を迎えていた。


 この出来事は今現在抱えている、防衛都市の脆弱性ぜいじゃくせいを浮き彫りにさせ、根本的な見直しを迫られる事となった。


 八幡防衛都市では、結界を修復したとしても【D57】は6週間後に確実にスタンピードを起こす。

 その場合スタンピードを押さえ込める実力が今のPUでは足らない。


 防衛都市を放棄するしか手段が残らない状況となる。


 翔達は、魔法を使える人間がかろうじて迎撃を行いながら避難を行い【D特区】に辿りついた。


「なんて無力なんだ俺は……」自分の無力さに思わず呟くと

「翔が無力ならここに居る殆どの人間は無力だよ」と、省吾が言ってくれた。


「そうよ、実力以上の事をしても死にに行くだけじゃないの」

「その思いを跳ね返すには、もっと強くなるしかないよ」


 萌と桜も現実をしっかりと見つめる事が出来ている。


 【D特区】西側に広がる土地には避難用の施設が出来上がっていた。

 収容可能人数は、100万人を想定する広大なキャンプとなっていたが、やはり普段どおりの生活というわけには行かない。


 避難民からの不満も出てくるだろう。


「これじゃ少なくとも学校は暫く休みになるだろうし、俺たちはレベル上げに集中して街を取り戻そうぜ」


 と、省吾が提案すると桜が……


「ねぇここが拠点になるんだし、しばらくの間、萌と私、翔君の家に居候させてもらえないかな」と言ってきた。

「緊急事態だしな、しょうがないか。でもさ、他の連中の耳に入ったら絶対めんどくさい話になるから、他言無用で頼むぞ」と伝えた。


「流石に私達でもそれくらいは理解できるから、絶対内緒にするよ」

「でも一応東雲さんにも確認するから、返事は明日って事で頼むね」


「あー当然そうなるよな」


 ◇◆◇◆ 


(DIT本部)


 八幡防衛都市内のダンジョン発生を受け、協議をしていた。


「この状況はまったく想定できなかった訳じゃないが、実際起こると問題が多すぎるな」

「取り敢えずはプレハブの建屋を日本中から集めて最速設置させ、これから一月以内に最大500万人は収容できる体制を整える。収納バッグを利用できるから、実質下にブロックで土台を作るだけだ。オール電化と、魔導ウオータータンクの設置でインフラの問題はほぼ無い。魔導発電機をキャンプ内に設置すれば距離が短い分、変電設備を介さずに、通常使用の電圧で送電できるから即日利用可能になるしな」


「問題は心のケアの方ですよね…… 八幡防衛都市の住人の半数は小倉スタンピードからの避難者ですし、絶望感が許容量を越えてしまってる人もかなり居ると思います」

「具体的な見通しが立たないと何も言ってあげられないわね」


「八幡の替りと成る新たな防衛都市だが、八幡と小倉の近辺だと若松辺りが候補地としては適当だな、半島状になってるから、モンスターの進入は防ぎやすい。ここに新たな防衛都市を設置し問題解決を急ぐしかないな」

「しかし今後のダンジョンの発生が防衛都市内に集中する可能性が俺は高いと思うぞ」


「俺も同じ意見だ、大衆の意志が集まる場所として考えると、既に殆ど人の住まなくなった防衛都市の外に、ダンジョンが出現するほうがおかしいくらいだ」


 ◇◆◇◆ 


九月十七日 二十二時


「東雲さんお帰りなさい」

「今日は翔君も大変だったでしょ、八幡の混乱は想像以上だったもんね」


「モンスターより、人に受けた被害者の方が数が多いとかなんか悲しくなりますよね」

「みんな生きる事に必死だから、非難できる事でもないんだけど、釈然としないのは事実だよね」


 それから、省吾たちのことを話し、東雲さんもそれを言おうと思ってたらしく、翌日からパーティメンバーの共同生活を送る事になった。


 ◇◆◇◆ 


九月十八日 九時


「おはようございます」と何時もの様に向井さんが出勤してきた。

「向井さんおはようございます」と、挨拶をすると、改まったような感じで向井さんが話し始めた。


「あのね翔君、私も最近色々考える事が多くて、前にも一度東雲さんからお誘いを受けた事あったでしょ、私の力が役に立てて上げる事が出来るのなら、人の役に立ちたいと思うのよね。それで今はまだレベルも十五から上げてないから、翔君たちと一緒に少し頑張ってレベルを上げてみたいと思うのよ。一緒に狩りに行かせて貰ってもいいかい?」

「こっちから頼まなきゃいけないくらい、凄い事ですよ。俺は大賛成です。是非、槍神のJOBを取得して下さい」


「でもそうすると、この大きなお家の家事とか出来なくなっちゃうけど、いいのかい?」

「あ、それなら全然大丈夫です。ちょうど当てもありますし」


 それから一時間ほどして省吾、萌、桜の三人がやって来た。

 みんな今日からここに住み込むための荷物も抱えてきていた。


「改めて向井さんを紹介させてもらうね。今日から一緒にパーティに入って貰う事になったから、みんなよろしくね」

「師匠が一緒に来てくれるなら鬼に金棒ですね、俺たちももっと頑張ります」


「私は鬼じゃないですよ」


 萌と桜も向井さんに挨拶をして俺達のパーティは五人で活動する事になった。


「桜に頼みがあるんだけどいいかな?」

「なに?」


「桜ってお母さんと二人暮らしだったよね? それでさ今まで向井さんに、ここの家事頼んでいたんだけど、今からは俺たちと一緒に狩りに行くだろ、それで桜のお母さんにお願いできないかな? って、勿論お給料も払うし、桜と一緒にここに住んで貰う事になるけど、どう?」

「わーそれ凄い嬉しいよ。お母さん一人にしちゃうのだけが心残りだったから、すぐ連絡して来てもらうね、ちょっと今日の出発遅くしてもらっていいかな?」


「全然いいよ俺たちはその間、向井さんに稽古付けてもらうから」


「でもさぁもうレベルだけは翔と俺のほうが向井さんの倍もあるのに、純粋な立会いだとまったく向井さんに適わないのは不思議だよな」

「それは、不思議なんかじゃなくて単純に俺と省吾の修行不足だろ」


そんな事を話してると「ちょっと視点を変えれば気付くコツのようなもんかねぇ」と言われた。


 向井さんと一緒に行動すれば、きっと色々な事に気付き、パーティとしてもとして一つ上の段階に上れると、期待が胸に広がった。


 お昼前には、桜がお母さんを連れて戻って来た。


「遅くなってゴメンね、この人が私の母です」

「初めまして、桜の母の梅野桃子と言います。よろしくお願いします」


「こちらこそ宜しくお願いします。ここの家無駄に広いから、家事だけでも大変かと思いますが、よろしくお願いしますね、家事の事は俺は良くわかんないから、向井さんに聞いて頂ければ大丈夫です」

「立派なお宅でビックリしました。ここに私と桜がお世話になるなんて本当に宜しかったんでしょうか?」


「俺から桜さんにお願いしたので、全然気にしないでください。大変な仕事押し付けちゃうから、こっちが恐縮しちゃいます」

「桜。こんな素敵な男の子に振られないように、しっかり頑張るんだよ?」


「ちょっお母さん。そんなんじゃ無いから……」


 ◇◆◇◆ 


 それから、俺達は向井さんと一緒にダンジョンで鍛えながら、三ヶ月が過ぎ今日は十二月二十三日だ。


 島長官達の予想通り、八幡以降のダンジョンは、すべて防衛都市内に出現する最悪の事態を迎えている。


 ただ【D58】【D59】【D60】【D61】【D62】【D66】【D70】の各ダンジョンは出現せず、【D65】は海外への出現となった為に、ギリギリのラインで持ちこたえられている状況だ。


 東雲さんに何故出現しない週が有るのか聞いて見ると、島長官がコアから聞いた情報では、別の世界で該当するダンジョンが討伐された場合に、起こる状況だと言う事だった。


 それでも五つの防衛都市が危険に晒されている。

 八幡の様に結界が破壊された防衛都市は無かった為、避難までの猶予期間はあり比較的混乱は少なかった。


 ◇◆◇◆ 


 明日は斎藤ギルドマスターが「こんな時代だからこそ、楽しむ時はしっかり楽しまなきゃ行けない」と、言い出して、クリスマスパーティーをやる予定になっている。


 ただ【D71】の出現予定日なので、現れる場所によっては予断は許されない。

 ダンジョンの討伐状況は、昨日までにやっと【D29】までの討伐を完了していた。


 東雲さん、鹿内さん、坂内さんの三人はダンジョンマスターにもなり、スキルも手に入れて攻略部隊の最前線で活躍する様になっていた。


 俺たちは四人で、東京の商業区域でクリスマスパーティーの準備で買い物をして【D特区】に戻り飾り付けなどをした。


「こんな事してると、凄い平和な世界にいる様な気分になれるよな」

「たまにはこんな事も必要だよ」


「明日は萌の家族達も来るんだよな? どんなご馳走が食べれるのか楽しみだぞ」

「昨日、東雲さんがお母さんにダンジョン産のお肉とか大量に渡してくれてたから、きっとご期待に添えると思うよ、私と萌は今からお母さんの手伝いするから、二人は今のうちにやりたい事があるなら、好きにしててね」


「じゃあ俺と省吾は【D特区】の避難キャンプの人達に配るプレゼントとかを【DIT】が用意してるから、それの手伝いのボランティアに行ってくるよ」

「俺たちだけが楽しむ、って訳にもいかないしな」


 【DIT】の本部に行くと、職員とボランティアの人達が凄い人数で、作業をしていた。


 受付に山野さんが居たので話し掛けると「翔君達も来てくれたんだね、助かるわ。明日はウチの初期メンバーは余程のことが無い限り、みんなでお邪魔するわね。二人は、プレゼントの仕分けを手伝ってもらってもいいかな?」と言われた。


「了解です」

「明日お待ちしてますね」


 と、返事を返してプレゼントの仕分け作業に向かった。


「こんな状況だけど、日本はダンジョン産の技術のお陰で、金銭面だけは比較的恵まれてるんだよな」

「食料なんかは、生産業がほぼ生産出来てないから、輸入に頼ってるみたいだけど、それでも困らない程度には流通してるしね」


 ◇◆◇◆ 


十二月二十四日 十一時


 【DIT】本部では、いつもの様に緊張した雰囲気で、ダンジョン出現の報告を待っていた。


 今日スタンピードが起こるのは、スペインのバルセロナの為、国内は比較的落ち着いた雰囲気である。


 そして十一時十一分を迎える。

 報告は入ってこない。

 世界中からの連絡も入らない。


 その時、旧本部のあった小学校の運動場に閃光が走り、一隻の船が着陸した。


「何だあれは、敵襲なのか? 非常警戒態勢で迎え討つぞ」と、緊急の事態に対して斎藤が素早く指示を出した。


「何なのかは解らないが、あの船体から感じる敵の気配みたいな物はないぞ」と、島がJOBの特技を発動して、船から感じる邪念や悪意のようなものが無い事を伝えた。


「取り敢えず、最精鋭部隊で確認に向かいます」


 相川の指示のもとに全員が素早く動く。

 PUの部隊で完全に取り囲み、島、斉藤、東雲、鹿内、坂内、上田、相川のメンバーでゆっくりと近づく。


 すると船の中ほどにあるドアが開き、そこから黒い子猫が飛び出して来た。


「あの子はTBだわ、岩崎さんが帰ってきたの?」と、東雲が声を出した。


 すると船内から幼い女の子を連れた理が降りてきた。


「あら、大騒ぎしちゃった? ゴメンな。ってか久しぶり」


「理、無事だったか」

「派手な登場しやがって、驚かすなよ」


「すまんな、やっと帰れたぞ。この様子を見るとそれなりに心配してくれてたか?」

「当たり前だ馬鹿野郎、待ってたぞ」


「まぁギルドカードがあるから死んでないのは解ってたんだけどな」

「そっか、で状況はどうなんだ? 厳しそうな気がするけど」


「そうだな、はっきり行ってもう限界だった。いつ地球が滅んでも不思議じゃない段階のな」

「俺、かなり強くなってるから大丈夫だぞ、さっき計算してみたら、今日が【D71】だろ? 出なかったはずだけど」


「それが解ってるって事はこっちに出現しなかったのは、全部理が討伐したのか?」

「まぁそうだな」


「聞いてもいいか? 理の今のレベルいくつだ?」

「おぅレベルは千三百八十四だな。向こうでは最高【D150】のダンジョンまで討伐してきたからな」


 それを聞いていた【DIT】のメンバーから歓声が上がった。

 そして、東雲さん達初期メンバーの目には涙が溢れていた。


「理、もうお前がラスボスでいいな。そういやお前の息子連れてきてるぞ。お前の家に住ませてる東雲と一緒に」と、達也が伝えてくれた。

「げっマジかよ、俺どの面下げて顔合わせたらいいんだ」


「英雄の帰還だ、堂々と会えばいいさ」


「今日はね、みんなで貴方のうちにお邪魔して、クリスマスパーティーする予定だったのよ。一緒にみんなで帰りましょう、貴方の家へ」と、鹿内さんがみんなを代表して言ってくれた。


「ちょっとその前に早急に手をうたなきゃならない事だけ、執務室で話させてくれ」 と、颯太が指示を出して、俺は主だったメンバーたちと共に、【DIT】の本部へと向かった。


 ◇◆◇◆ 


 そして理はその日は取り敢えずバルセロナの防衛都市に向かい、スキルで取得した大結界を張り、モンスターをダンジョンごと封じ込め、討伐は翌日以降にする事にして、みんなで自宅に向かった。


 家に着くと、クリスマスパーティーの準備が整っており、みんなで挨拶をしながら家に入っていく。

 高校生の年代の子が四人居た。

 でも流石に解るな、俺にそっくりなのが一人居る。


「翔か、でかくなったな。元気そうで良かった」

「父さんなの? 無事に戻れたんだね、良かった」


「まぁ細かい話は後回しだ。今日は折角みんな来てくれてんだし、素直に楽しもうぜ」


「「「メリークリスマス」」」




第二章完

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