第37話 そんな事言われてもな……

八月十七日 十時


 お盆休みも終わり、世間では仕事始めでショッピングモールも少しは落ち着きを見せていた。

 そんな中、翔は省吾とともにダンジョン関連のショップに訪れていた。


 彼らは、まだ高校生なので、絶賛夏休み中だ。

 昨日は二人で始めてのモンスターハンティングに出かけ、初日にしては上出来の成果を収めていた。


「俺たちのクラスで何人くらいが【DG】カード取得しているのかな?」

「まだそんなに多くは無いと思うぞ。夏休み前の時点では二人しか居なかったはずだ」


「家族にモンスター被害を受けた連中は、結構敵討ちしたがってるのは確かだけどな」

「翔は、もう吹っ切れたのか?」


「くよくよしてても、母さんもも父さんも帰ってこないからな」

「翔はもっと落ち込むやつかと思ってたけどな。だけど元気で居てくれると俺も助かるぜ。慰め方なんか俺にはわかんないから」


「でも防具高いよなー。昨日スライム十匹倒したけど、結局溶解液でシールドも武器もボロボロになったし、モンスター素材の装備じゃないと、やっぱり危険だよな」

「昨日のドロップだけで二人で一万二千円分あったし、高校生が四時間で稼げる金額としては十分だったから、今日はここで装備見て目標金額決めようぜ」


 それから夕方までは再び狩りに出て、十八時過ぎに帰宅した。

 1ルームのアパートに一人暮らしだ。


 今日は、ゴブリンとも戦った。

 ショップで値段の割りに扱いやすいからと薦められた、普通の金属スコップを使って倒した。


 二人ともレベル3になり、凄くステータスが伸びた事も実感できる。

 今日は【DG】で換金してもらえた金額は、二人分で一万八千円にもなった。


 やる気になるよな。


 だが、決して良い事ばかりでは無い事を俺は十分にわかっている。

 たとえスライムと言えども、もし溶解液を身体に直接浴びるような事があれば、今日の稼ぎなんかではとても治療なんかできない。


 ポーション一本でも納品価格は三万円だが、買うとなれば七万五千円もする。


 でも、俺は決めたんだ。

 必ず強くなってモンスターに怯えなくてすむ街を取り戻すって。

 スタンピード前に住んでいた北九州市の小倉の街は、今では完全に人が住む事が出来ない状況になっている。


 多くの友達や両親も被害にあった。


 強くなりたい。


 ◇◆◇◆ 


 今は【DIT】の設立当初のメンバーの人達は、下手なアイドルなんかよりも全然人気がある。

 ランキングが誰にでも解る形で発表されてるからだ。


 年齢的にはみんな俺たちなんかより随分上のはずなんだけど、そんな事関係なく魅力的な人たちが揃ってる。


 見た目的にはどう見ても皆20代前半にしか見えないしなぁ。


 特に攻撃力ランキングの二位の「東雲あずさ」さんなどは熱狂的なファンもたくさん存在する。


 けど不思議な事がある。

 総合を含む各ランキングの一位の人は、未だかつて発表された事がないからだ。

 学校でもよく話題になるが、一位の人ってどんな人なのかな? っていう事だ。


 都市伝説のように言われているのは、ダンジョン産の技術を使った新しいテクノロジーは、ほとんどがランキング一位の人の成果だとか言われている。


 でも本当にそんな凄い人が居るのなら、何故ダンジョンを討伐してくれないんだろ?


 今日は疲れたから早めに寝るか。

 と思ってたら、インターホンが鳴った。

 こんな時間に誰だろう? と思いながらインターホンに出ると……


「東雲と申します。少しお話ししたい事がございましてお伺いさせていただきました」


 東雲さんとか珍しい苗字だけど、まさかあの東雲さんじゃ無いよな? などと思いながら玄関のドアを開けた。


 そこには東雲さんが居た。


「【DIT】の東雲と申します。お初にお目にかかります」


「あ、はい。あの、僕、東雲さんのファンです。サイン貰ってもいいですか? 後、握手もお願いします」


 しどろもどろになりながらも、言いたい事は言い切った。

 グッジョブ俺。


「上がらせていただいても、よろしいでしょうか?」


「あ、ちょっと散らかってるから少々お待ちください」


 俺は慌てて部屋の中のやばい本とか一纏めに抱えて、クローゼットの中へ放り込み玄関に戻った。


「大丈夫です。どうぞ」と伝えた。


 何が大丈夫なんだろ?

 東雲さんは部屋に入って来た。


「高校生の男の子の部屋って初めて入るわ。もっと散らかってると思ってたけど以外に綺麗なのね」と、言いながらテーブルの前に座った。


「松尾君はさ、お父さんの事覚えてる?」

「あ、父は母と一緒に先日亡くなったばかりで……」


「ごめんなさい。辛い経験だったね。そのお父さんじゃ無くて本当のお父さんの事なんだけど、覚えてるかな?」

「まだ五歳の頃に母と別れてしまって、その後は八歳の頃まで月に一度とか遊びに連れて行ってくれてました。でも母が再婚してからは一度も会ってないです」


「そっかぁ、そのお父さんの事は好きだった?」

「俺には凄く優しかったし好きでしたよ。でも何でそんな事聞くんですか?」


「私のね、命の恩人なんだよ」

「あの父さんが?」


「そう、あのお父さんがね。それでね、私と一緒にお父さんの家で暮らしてくれないかな? と思って来たの」

「急にそんな事言われても困ります。それに東雲さんはお父さんの今の奥さんなの?」


「違うよ。ちょっとはそうなりたいなって思ってるのは間違いないけどね」

「えぇぇ、何で東雲さんみたいな綺麗な人が、俺の父さんとそうなりたいとか…… そんな展開なんですか?? 所でお父さんは何で来てないの?」


「私を助けるのと引き換えに、今は行方不明なの。でも生きてるのは間違いないのよ。それで翔君の話を聞いて私が迎えに来たの」

「お母さんが良く言ってたけど生活力0の無責任男のお父さんが、何で攻撃力世界ランキング二位の東雲さんを助けたり出来るの? 信じられないよ」


「翔君は世界ランキング一位の人の話は聞いた事ある?」

「一度も発表された事無いし、学校でも噂はよく出るけど全然解りません」


「それがあなたのお父さんなんだよ」

 

「えええええええええっ」

「ビックリするよね」

 

「ビックリしますよ」

「で、どうかな? 私と一緒にお父さん帰って来るまでお父さんの家で待っててくれないかな?」

 

「ちょっと、考えさせて下さい」

「うん、解った。いい返事を待ってるね。名刺渡しておくから、どうするか決まったら連絡してね。それと、もし来たく無い場合でも連絡頂戴、翔君探索者始めたでしょ。最初は装備品とか高いし、満足な装備も無しに狩してるんでしょ? ダメよそんなのは、私が用意して上げるからそれは絶対守ってね。私も最初は君のお父さんに全部用意してもらったんだよ。ウサギの着ぐるみだったけどね。そこから始めて今の私が有るの。私だけで無く【DIT】のメンバーは、みんな君のお父さんのお世話になってるし、君のお父さんのことが大好きだからね、長官もギルマスもね」


「長官とギルマスって国の大臣なんですよね? そんな人まで?」

「そうだよ、結構凄いでしょ? 総理もねお父さんの事、友達だって思ってるよ」


「なんか話が凄すぎて頭が付いて行かないです」

「じゃあ今日は帰るね。いい返事待ってるよ」


 ◇◆◇◆ 


 東雲さんが帰ってから、五分程何も手がつかずぼーっと今の信じられない様な話を思い出していた。


 そして思い出した様に省吾に電話をかけた。


「省吾。今から会えないか?」

「何だよ今日はもう寝ようと思ってたのによー」


「ビックリするほど大事な話だ」

「そんな事言って大した事なかったら、明日の昼飯は翔のおごりだからな」


 そして省吾が家に来てから、今の話を聞かせた。


「それで、あずさ様のサインはどこなんだ俺に寄越せ」

「あ、貰うの忘れた」


「てかさー、その話マジなら超スゲーじゃん。俺なら即答でついて行ってたぞ」

「やっぱそれが正解なのかな」


「決まってんじゃん。宝くじ当たるよりよっぽど凄いぜ」

「でもよー結局そこへ行っても、父さんはいないんだぞ?」


「日本男児なら半数以上が夢みるシチュエーションだぞ、憧れのあずさ様と一つ屋根の下とか、そんなチャンスを見逃すようなヘタレと俺は付き合うつもりはない」

「でも東雲さんさ、俺の父さんに惚れてるみたいだったぞ」


「今は居ないんだろ? じゃあノープロブレムだ。お前はそこへ引っ越して俺を招待しろ。明日すぐ返事しろよ」

「解ったよ」


 ◇◆◇◆ 


「どうだった翔君は? 」

「普通の男の子でしたよ、いい子だと思います」


「俺が鍛えてやるぞ。まだ理に借金いっぱい抱えてるからな」

「彼を取り巻く環境が怖いな、お金のある所にはあらゆる悪意が忍び寄るからな」


「私が守りますよ。甘やかせはしないですけどね」

「あの広い家の家事とかどうすんだ? 東雲も忙しいだろ」


「それは当てがあります。前に岩崎さんが、お向かいのおばあちゃんに頼もうとか言ってたんですよね。ちゃんとお給料払ってお願いしようと思っています」


 ◇◆◇◆ 


八月十八日 九時


 昨日はびっくりする話が沢山出てきて俺は全然寝付けなかった。

 お父さんの家に行くのは、別に嫌じゃない。


 でもお父さん居ないんじゃなぁとか、学校の事とか東雲さんと二人きりで暮らすのかな? とか、何であの父さんが世界ランキング一位なの? とか、じゃぁもしかして、転移門とかの便利な発明はお父さんがしたの? とか、そんな知識を高卒の父さんが何で持ってるの? とか、いっぱい色々な疑問が頭の中を渦巻いて、気が付いたら朝だった。


「まぁそんな事俺が考えてもしょうがないか。なる様になれだ」


 ……そんな所は理に似ていた。


 取り敢えず東雲さんに電話しとこう。


「東雲さん。おはようございます。昨日のお話し、お受けしようと思います」

「良かったーいつから来れるの? 今日からでもいい?」


 本当に嬉しそうに言ってくれた。

 俺もなんか嬉しくなった。


「大丈夫ですけど引越しの準備も何してないし、学校の事とか家の事とかも連絡しなきゃだし」

「大丈夫、全て私に任せときなさい。悪いようにはしないから、今からいくね、一時間くらいで到着するから」


 なんか、一気に押し切られちゃった。


 一時間後…… 女性が三人でやってきた。

 みんなテレビや雑誌で見た事のある人だった。


 東雲あずさ さん

 山野美紀 さん

 坂内美穂 さん


 他にも来たがった人が居たけど、仕事の都合でこれ無かったって言ってた。

 挨拶を済ますと、収納バッグを使ってものの三十分もかからずに全ての荷物がかたずけられた。


 俺の大切な、ちょっとやばい本も、少しニマニマしながら片付けてた。


 めちゃ恥ずかしい。

 黒歴史決定だな。


 それから四人でお昼ご飯を食べに行って、家の事などは電話で連絡を入れてくれていた。


 JOBの特技みたいなので、新築同様に修繕された部屋は、きっと後からクレームなんか絶対入らないよな。


「学校は転移門使って通えばいいよ」

 

 と、言ってくれた。

 確かにそれなら今の家から通うのと変わらないな。


 山野さんと坂内さんは、自己紹介をしてくれながら、東雲さんの事を「お父さんを争うライバルだよ」と言っていた。


 ドンだけもててるんだ父さん。

 ちょっと羨ましい。


 そして、新しい家に着いた。

 目が点になった。


 何ですかこの豪邸?

 ここに二人とか贅沢すぎるとか思って眺めてると「私たちもちょくちょく遊びに来るわよ」と、山野さんと坂内さんが言ってた。

 

 ここのキッチンめちゃくちゃ使いやすいし、調理器具も何でも揃ってるから楽しいらしい。


 それから二時間くらいすると、もう一人女性がやってきた。

 ここの家の家事をやってくれる人だそうだ。


 お電話をいただいた向井でございます。

 と東雲さんに挨拶をしていた。


 東雲さんが「あれ? 岩崎さんからは向かいのお家のお婆ちゃんと、伺ってましたけど」


 どう見ても俺の母さんくらいの年代の落ち着いた雰囲気の女性は「その通りでございますよ。私は75歳のおばあちゃんですよ」と言った。


 ……びっくりだ。


 鹿内さんの主催するダンジョンエステに何度も通ってるうちにどんどん若返ってしまったらしい。

 東雲さんと山野さんと坂内さんの三人も流石にめちゃくちゃ驚いてた。


「見た目だけは若返っても、中身はおばあちゃんですから、若い人たちの会話に中々付いていけないんですよ」と言ってた。


 俺の方を見て「あなたが岩崎さんの息子さんかい? よく似てるね、よろしくお願いしますね」と、俺にも丁寧に挨拶をしてくれた。


 向井さんはお昼だけの通いで来てくれるらしい。


 山野さんが向井さんに参考のためにレベルをお聞かせいただけますか? と聞いてたがなんとレベルは15もあるらしい。


 どんだけエステ通ったんだろう。

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