53人目の客人


「こんにちは……」

 もはや足を引き摺るように入ってきた女性。

 男のための女性像、というものがありありと飾ってあるような女性に、僕は声をかけてやる。


「どうぞこちらへ。紅茶でもいかがです?」

 僕が椅子を勧め、奥へ行こうとすると、女性は慌てて立ち上がった。

「家事ならば私が……!」

 すごい剣幕でそう言うと、奥へ入ってこようとしたので、腕を軽く掴んで止めた。


「僕の仕事ですので、ご遠慮なさらず。

 どうぞ座っていてくださいませ」

 でも……とまだ食い下がる女性に、もう一度同じことを繰り返すと、流石に根負けしたのか、女性は椅子へと腰を下ろした。

 サラリとした動作がまた気持ちよく写って、僕は嬉しくなった。



「どうぞ」

 女性の前にカップを置くと、ほんの少しだけ身を硬らせた。


「どうかいたしましたか?」

 聞いても、何のことやら、と控えめに首を傾げてみせたので、本当に無意識の動作だったのだろう。その動作にすら和の心を感じて、僕はなぜか嬉しくなってしまった。

 着物の袖口をスイスイと縛って、女性は手慣れた様子で紅茶を口に含んだ。高貴な出なのだと僕は察する。紅茶の味に慣れていると言うことは、女性の年代からして珍しいことだった。


「美味しい……」

 またしても無意識下に魅力を詰め込んだ動作と声色を出す女性。

 彼女の魅力は、首にひかる内出血すら魅力に見えるほどの力を持っていた。


「首のそれ、どうなさったので?」

 僕が聞くと、女性ははっと首を前から抑える。自分の首を自分で絞めるような動作になった。

「お綺麗ですね」

 じっと僕が無礼なほど直視していると、女性はバレない程度になのだろうが僕にはわかる小さな小さな声でため息をついて、それでも顔は控えめに笑っていた。


「どうしてこの森へ?」



 そう言った途端、ガタリと血相を変えて女性は立ち上がる。

「そうでした。息子がっ……! 私の子供がっ……!」



「彼に会って、何をしようと言うのです? 彼はもう……」



 分かっているでしょう? と女を見ると、獣のような目で睨めつけられた。

「ただ、彼に会いたい、抱きしめたい、それではダメですか?」


「いいえ、それが正解ですね」


「正解、とは?」

 尚も噛み付いて離さない女性からは、とんでもない生気が漂って周りに満ち満ちていた。



「彼は、ここに来ました。そして、あなたと同じ結末になりましたよ」

 女性の肩から力が少し抜ける。だが、何とか腹に力を込めて、女は立って対峙する。

「会わせてください」

「無理です」


 僕がそう言うと、さらに女は表情を変えた。

「いいから! 会わせなさいと言っているのです! 彼の罪は私の罪! 彼は、私のせいでああなったのです! 会わせなさい!」

 鬼の如き表情でそう猛ると、女性はホロリと、恐ろしい歪んだ顔のままに、とても美しい涙を流してみせた。


「いいだろう」

「お師匠様」

 すっとどこからか現れたお師匠様に動じることなく、女は言葉を吐き出す。



「よろしくお願い致します。何でも致しますので」


「いらん。大事にしておけ」


 お師匠様は扉を開ける。僕は静かにそれを見つめた。

 2人がチラリとこちらを見ると、お辞儀をして、言った。




「またのおこしをお待ちしております」

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