45人目の客人

「こんにちは! ここに誰かいらっしゃいませんでしたか?」


 黒い服装に身を包んだ女性が勢いよく小屋に入ってくる。

 僕を見てはっとした様子で無意識にだろうが、表情を改める。

 その顔はきっちりと過剰なほど化粧してきたのだろうが、雨と涙でとんでもないことになっていた。


 僕が首を横に振ると、その女性はスッとお辞儀をして他人行儀に言った。


「失礼いたしました」


 そして外に出ようと扉に手をかけて、ぎくりと止まった。


 一歩遅れて、僕の表情が彼女に通じたのだと、僕は少し嬉しくなった。

 強情な女性である彼女はとても美しかった。


「あの、なにか?」

 唇を噛みしめるように僕に向き直って、彼女は毒を口に出す。


「紅茶でもいかがですか?」


 彼女はにこりと完璧に笑って、結構です、とはっきりと言って、手に力を込め、外へ出ようとする。


 ぎくりと動作を止めた。


 その手に私の手が重なった事に驚き、女性は今度こそ硬直する。


「少々お待ちくださいませ」


 僕も完璧な笑顔で言ってやると、ようやく女性は、僕が土俵に立っているわけではないと気がついたらしく、手の力を抜いた。


 仕方なしに椅子へと座る彼女を見て、僕は笑顔のまま奥へと向かう。


「紅茶は飲めないの。珈琲にしてくださる?」


 僕は笑って了承した。


「どうぞ」

 久方ぶりに淹れた珈琲を彼女の前に差し出すと、上品な香りに彼女は少しばかり見惚れた。

 その動作を僕はとても気に入ってしまった。美しい動作で、全く手を抜く事なく、彼女は優雅に珈琲を飲む。

 少し微笑む彼女の表情を見て、気に入ってくれたのだとほっとした。


「そのドライフラワー、良く出来ているわね。あなたが作ったの?」


 本心から褒められて、僕の笑顔も質を変える。


「ええ。この近くに花畑がありますので、たまに取りに行くのです。色々な花が咲くので圧巻ですよ」


 話していると、だんだんと彼女の棘は剥がれていった。


 歯を見せて笑う彼女は、それでも下品にならずに、とても魅力的な人だった。


 コン、と外の枝が窓に当たる。

 その音で、彼女の顔に影が差した。


「そろそろ行かないとね」


 お互い残念そうに微笑んで、椅子から立ち上がる。


 僕は扉を開けようとはしなかった。

 彼女は当然のように扉を開いて、外へと飛び出す。


「ありがとう」


 微笑んだ彼女は、森の中に咲く花より美しかった。


「またのおこしをお待ちしております」



 

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