44人目の客人


「すみません。ここに、女性がいらっしゃいませんでしたか?」

 入ってきた男性は、結婚式を匂わせるタキシード姿。

 僕はいつも通り首を横に振った。


 その男はそんなに期待をしていなかったようで、すぐに礼を言って去ろうとした。


「この森で迷っている女性は2人いるようですが、どちらの女性を探しているのですか?」


 男の足を無理やり止める言葉を、僕は並べてみる。

 男は今までと一転して目に力を込め、ズンズン僕の方へ歩いてきた。

 僕の胸元を乱暴に掴んで、絞り上げる。


「もちろんドレスを着た方にきまっているだろうが」


「決まってはいませんが、まあ、そうでしょうね」


 のんびりと答えてやると、その男は虚を突かれたのか急激に力が抜けて、僕は男の手から解放された。


「彼女はどこにいるんだ?」


 茫然自失の男は何とか質問を口にする。


「この森の中にいる、という事しか分かりません」


 申し訳ない、と頭を下げると、その男は何故だか、僕をある程度信じることに決めた様だった。


「紅茶でもいかがですか?」


 僕が提案すると、男は礼を言って、僕が促した席へと座った。


 疲れた男は今にも眠ってしまうのでは、と思うほどに俯いていて、手は、神へ祈る様に強く結ばれていた。


「どうぞ」

 紅茶を出して、その手を断ち切る。

 男は手を解いて顔を上げ、僕に礼を言って紅茶を口に含んだ。

 ホッとした顔を見せた男は、どんどん冷静さを取り戻していった。


「何があったのです?」

 僕が聞いてやると、結婚式の最中に友達の1人がいきなりこの森の中へ駆け込み、それを追って新郎新婦は飛び込んできたのだということだった。


「結婚式会場の側に、この森があったのですね?」

 男に聞いてやると、少し顔色を青く変えて、分からない、と答えた。


「どうしてです?」

 男はパッと顔を上げて、どの質問に答えようと、右往左往していた。


「簡単なことなのに、どうして迷うのです?」


「人間ってのはそういうものだからさ」


 男の口から絞り出された様に溢れ出したその言葉は、男自身をも驚かせたらしい。少し笑って、男は立ち上がる。


「あなたは今、どちらの女性を探しているのですか?」


 そう聞いてやると、男は気持ちのいい笑顔と共に、しっかりと答えた。


 森の中へ消えていく男の背を眺めて、僕は呟いた。


「両方、とはこれまた強欲な」


 もちろん僕好みの解答だった。


 僕は思う存分笑い声を小屋に響かせる。


 この人達の行先を楽しみに待つことに決めて、僕は彼の背に言ってやった。


「またのおこしをお待ちしております」

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