46人目の来客

「こんにちはー!」

 いつものように笑顔で入ってくる彼が、ギッと動きを止める。


「こんにちは」

 僕が視線を外すことなくにこやかに、上機嫌に話しかけると、彼は露骨に嫌そうな顔になった。


「何かいいことあったならよかったよ」

 心にもないことを呟いて、彼は椅子に体をあずける。勢いよく座られた椅子が、不満を訴えるようにギギッと呻いた。


 紅茶を出してやると、彼は少しだけ考えて、口を開いた。

「たまには珈琲が飲みたいな」


「もっと早く言ってください」


 僕がため息をついてまた奥へと消えると、彼は少し機嫌を良くして、喋り出す。


「今日の噂は、三角関係の男女の話。彼らには好きな人がいて、幸せで、苦しかった。そこまでは普通の恋愛だね。

 だけど、その相手には他の好きな人が隠れていた」


 遅れてやってきた珈琲に口をつけ、彼は先を続ける。

「ある男はある女を、ある女はある女を、ある女はある男を好いていた」


 彼は上機嫌に珈琲の湯気を見つめる。それは彼の前で儚く消えていった。

「最初の男と、真ん中の女は我慢が出来なくなった。何がどう変わっていったのか、男が意中の女と別の女と結婚することになった」


「何故そんなことを?」

 僕が言葉を挟んで囃立てると、彼は嬉しそうに、また話始めた。


「女に振り向いてもらうためさ」


 狂ってるよね、と言った彼の表情は歪みきっていた。


「彼は、女に振り向いてもらうために、その女の好きな人、そして自分のことが好きな人を相手に選んだんだ」


 珈琲を飲んで、顔をまた歪める。

 僕がミルクと砂糖をさりげなく整えると、彼は嬉しそうにそれらを珈琲に入れた。


 クルクル、と緩慢にかき混ぜる。


「彼は予想通りに女の嫉妬を一心に受けた。彼も、女も幸せで、唯一はじかれた女は、彼の予想を超えた行動にでた」


 きちんと聞いているのか確かめるように、彼は僕を見つめた。僕も見つめ返すと、満足そうに微笑む。


「彼女は、彼等を殺そうとしたみたいだ。よりによって、結婚式当日に」


 美味しいね、と彼は甘くなりすぎたであろうそれを、グイグイ飲み込んだ。

 カップを空にすると、彼は小さく満足そうな息をつき、僕に話しかける。


「今日、誰かここに来たかい?」


 いつも通りのやりとりに少し飽きながら、僕は彼女のもたらした珈琲を眺めて、心を落ち着かせた。


「いいえ、あなた1人ですよ」

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