35人目の客人

「ごめんくださいまし!」


 良く通る、澄み切った声が外から聞こえてくる。

 僕が扉を開けると、メイド姿の女性が丁寧に一礼して、迷い込んできた。


「どうされましたか?」

と僕が聞いてやると、女性は驚きの表情のまま固まってしまった。


「申し訳ありません! 何も言わずに部屋に上がり込むなんて……」

 普段はかなり冷静なのだろうと思えるくらいシワやシミひとつない小綺麗な格好と、今の彼女は全くの別人と呼んでもいいものなのだろう、と僕は思う。


「紅茶を淹れてきますので、そちらの椅子にかけていてください」

 僕は、恐らく使用人だと思われるその女性に助け舟を出した。

 私がやる、と言ってきかないメイドを椅子に座らせるのに手間取ってしまい、時計の針は一周してしまった。

 ソワソワと待つ彼女に紅茶を差し出す。

「プロとして評価お願いします」

 そう言うとスイッチが入ったように顔を強張らせ、飲む姿がメイド長のそれで、僕は少しだけ緊張の面持ちで見守る。


「……これくらい淹れられれば合格ですね」

 僕が胸を撫で下ろすと、彼女はさらに言葉を続けた。

「ですが、少し温度調節が甘いですね」


 その後も饒舌に堂々と話す彼女の言葉を一つ残さず記憶に留めた上で、彼女の素晴らしさも胸に刺さった。


「それから……」

 そう言って、目の前の紅茶がもう湯気もたたなくなっているのにようやく気付いて、慌てて立ち上がった。

 服をテーブルに引っ掛けそうになって慌てる彼女を押し留めて、椅子に座らせた。


「大丈夫ですから、もう謝らないでいいのですよ?」

 僕が言ってやると、メイドは正気を取り戻したようで、影をおびる顔つきに戻った。

 静々と紅茶を飲んで一息つくと、彼女は自分の名前と経緯を語った。


「お嬢様がいなくなってしまって……何故ここに入ったのか分かりませんが、ここだと見つかるような、そんな気がしまして……」

 おかしなこと言ってますね私、と言って苦笑するその人は本当に美しく見えたが、僕には作り物だと思えてしまった。


「こちらに来ていませんよね……?」

 全面的に寄りすがるように僕に視線を絡ませる女性に、僕は少し覚めてしまった。

「さあ、見ていませんよ」


 少しガッカリして肩を落とし、その人は飲み終わった後のカップを運ぼうとする。


「そのままでお願いします」

 僕が微笑して言うと、女性の顔が少しずつ開きはじめた。

 赤くなったその蕾を眺めて、僕は流石に惹かれてしまった。


「では、お邪魔しました」

 最後まで礼儀を尽くした女性は、スラスラと歩いて森へ消えた。

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