29人目の来客

「やあ、元気そうで何よりだ、私の可愛い僕くん!」



 そう言って、僕に断わりもしないで、部屋の奥に消えていた。


 僕はもうやり取りに飽きていたので、容易く無視することが出来た。



「今日は御機嫌斜めだね?」

 いつの間に準備をしていたのか、紅茶を差し出す彼の動作は、あまりにも無造作で、それでいて若々しい男気溢れている。



(こいつマジで何歳なんだ)



 口出したら前みたいになる事がわかっていたので、あえて別の話題を選び分ける。



「今日も、噂を持ってきてくださったのですか?」


 顔を輝かせた我が主は、僕の問いを嬉しく思っているようだった。



「お前から噂を知りたがるなんて、初めてじゃないか?」


 いやぁ楽しいな!と叫ぶようにして、


机の椅子を蹴り飛ばす。

 壁に当たって、粉々になった椅子を見て、僕はまた掃除をしなければ、と考えると共に、不思議な感情が浮かんできた。




 その、疑問、を目で表す僕を見て、ニッヒッヒ、と 黒く塗りたかのような、カラスの羽を散りばめたような、煌びやかで、そして残虐な姿に早変わりする。


 蝋燭でなんとか部屋の明るさを保っていると、その揺れに合わせて、シャンデリアが次々と光を放つ。

 まるで、地獄に行った者たちの絶叫のよう。


 風が強く吹き、シャンデリアが揺れると、部屋の空気が静かなものから激動へと変わっていった。


 僕を揶揄からかうだけ揶揄って満足したのか、友人はようやく話してやろう、という姿勢になった。


「今回の噂は、また親子の話だ!

 結婚して、豊かに暮らす未来を描いていた彼女は、旦那に『今度役職が下がることになった』と言われて、前後不覚となってしまった。

 毎日物を壊し、とうとう飼い犬や息子にも暴力を振るうようになった。

 それを旦那さんはお風呂場や息子と一緒に遊んでいる最中に知ってしまった。

 見て見ぬ振りなど出来ようもない。

 彼は棒を持って、妻を殺さなければ、としか考えられなくなった。彼自身も、溜まりに溜まったものがあったのだろう。何故なら妻に気付かれたのだから。

 彼女は機転をきかせ、息子にナイフをあてて人質にとった。そして、逃げ出した。

 すぐ彼女を追いかけるだけでは息子を救えない、と思った彼は、1番使い勝手の良い包丁を体に仕舞い込み、一応警察に連絡しようとした、だが、何故か電話はコードが繋がっているにもかかわらず、病院はともかく、友達3人に電話しても、同じだった。

 自分でやるしかない、と分かった彼は、大急ぎで森の中へと入っていった。


 さあ、この後、どうなったんだろうね……? 母が息子を吹っ飛ばしてエンドロール?それとも、母が改心してみんなでハッピーエンドを迎えるか!さしたらその後が楽しそうだね♪息子さんの傷は癒されないだろうし。もっともっと色々あるだろう。お前も想像してみろ。有意義な時間の使い方をしろ。カップそれあんまり擦りすぎてそろそろ割れるぞ?」


 カップに意識を向けると、確かにヒビが入っていた。それが地上の地下だと思えてきて、何だか笑えた。




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