18人目の客人
「すいません!どなたかいらっしゃいませんか!?」
ドンドンと叩かれる扉を開けてやると、室内からは顔が見えないほど、大きな男が立っていた。
「どうぞ。紅茶を淹れてきます」
「ちょっと待ってくれ!」
玄関の壁に頭をぶつける鈍い音が響く。
少し額を押さえた後、何事もなかったように男は話し始めた。
「俺は、病気の息子を探しているんだ!5歳くらいの男の子だ!見なかったか!?」
僕が首を横に振ると、男は疲れ果てたように脱力し、椅子にずっしりと座った。
放心する男を横目に、僕は奥へと歩く。
「どうぞ」
僕が紅茶を出すと、男はごくごくと一気に飲み干し、嘆息した。
男の手に収まると、カップが小さく見えた。
「俺と息子は仲が良くてな。いつも遊び回ってたんだ。
でも、息子の個性を馬鹿にしたり、出来損ないだと言う奴等がいて、ついイラついて、手を出してしまった。
それを見た、俺の優しい息子は、罪悪感を覚えてしまったのだろう。
今朝起きて、彼の部屋を見たら無人で、家の何処を探してもいない。
どんどん遠くへ探す範囲を広げて、それでこの森に入ったんだ」
僕はにこっと笑って首をほんの少し右に傾ける。
「どうして彼が、自分の意思でいなくなったのだと分かったのですか?」
椅子を張り倒して男が立ち上がる。
窓の外の雨が、男の顔に写った。
ほろほろと静かに涙を零す男は、それでも顔を上げ、僕を気丈に睨みつけた。
「そうだとしたら、俺たちはあの子の悲鳴に気づきもしないで、のんびりと寝ていた、ということになるな」
「どうだと、思います?」
男の顔が凶暴に豹変し、僕の顔にカップが当たる。
地面で完全に粉々になるカップに、勿体ない、心の中で呟いた。
何箇所もの細かい傷から出る赤い血が目に入り、鬱陶しさを感じながら拭うと、男は何故か狼狽していた。
「す、すまない。こんなことをするつもりじゃなかったんだ」
すぐ手当てをしよう、と言って、持っていたリュックから応急キットを取り出し、僕を椅子に座らせて、手際よく手当てをしていく。
リュックの中をちらりと覗くと、ロープなどの救助キットも入っていたので、男は何処かの山岳救助隊か何かなのだな、と、その姿からも想像できた。
森の泥まみれでよれ、それでもしっかり身を守る特殊な素材は、過酷な環境のそれだった。
「あなたは、子供と、助けを求める人がいたとしたら、どちらを助けますか?」
男の手が僕の顔の上で静止する。
乱暴に包帯を強く結び、僕から勢いよく離れる。
「何を知っているんだ、お前」
「何も」
僕が笑って答えると、男はじとりとこちらを凝視する。
「お前からは、野生の動物のような、危険な香りがする」
(おや)
口をにんまりと月型にして、僕は笑う。久しぶりにとても楽しいお客だ。
目を細めて、狙いを定めると、男は本能的に後退る。
「質問に、お答えくださいませ」
サッとひとっ飛び、男の目の前に飛び込む。
虚を突かれた男は咄嗟に腕を振り回すが、身を屈めた僕には当たらない。
くつくつと顔を歪め、僕は元の距離感に戻った。
「お答え、いただけませんか?」
男は白い顔をして、悔しそうに唇を噛みちぎらんばかりに噛む。
血が滲んで、赤が垂れた。
目をキツく結び、反対に口を緩めた。
「助けられる方を選ぶ」
「どちらも助けられるとしたら?」
男は虐められた子供のように歪んだ。
瞳から水が溢れ出るのを必死に留めている。
「答えは分かっているんだろ。俺にも分かったよ」
そう言って縋るように、引き寄せるような声を、僕に向ける。
「一体どうするのが正解だったんだ?
俺は何をすれば、こんなことにならずに済んだ?」
僕は何も言わず、もう一杯、紅茶を注ぐ。目に光のない男に差し出した。
「もう一杯どうぞ」
僕の目を、困惑と、何故か感謝の瞳で、見つめる。
男は紅茶を一気に飲み込み、僕に深く頭を下げ、森の中へ去っていった。
「どうか、今度は道に迷わずに済むことを、お祈りしております」
僕は紅茶のセットを持って、奥へ行き、準備を始めた。
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