17人目の客人
コンッコンと弱々しく鳴る扉。
「どうぞ」
と僕が声をかけると、小さな男の子が入ってきた。
事情を話そうと口を開き、ゴホゴホと咳で堰き止められる。
苦しそうに赤くなったのは頬だけ。あとの部分は、アルビノ特有の圧倒的な白さで、部屋の中を明るく染め上げていた。
白い髪に、白い肌に赤い瞳、幻想的な雰囲気に、僕は嬉しそうにゾッとする。
「あの……歩いていたのですが、疲れてしまって」
「どうして、森の中を散歩しよう、などと?」
少し顔を硬らせ、警戒心を強めながら、慎重に口を開く。
「実は、親に追われているんです。殺されるかもしれない」
黙って先を促すと、男の子は躊躇いがちに、舌足らずな音を紡ぎ出す。
「僕は他の人達と違うらしいんだ。だから、僕はいじめられる。それは仕方のないことだって、負けちゃダメだってパパとママは言ってた。
でも、僕が泣き出して、もう嫌だ、と言って出てきてしまった。
パパママは僕のこときっとすごく怒ってる。もう僕はダメだと思って、パパママの荷物になるくらいなら、死んでしまえと思っているに違いないんだ」
また咳が止まらなくなり、血を吐きそうな音が聞こえてきたとき、僕は言ってやる。
「では、その咳は、なんですか?」
男の子はびくりと肩を萎ませ、後ろへ下がる。
殺されるとでもいうような目をしているのに、それでも逃げる素振りはみせず、まるで手負いの追い詰められた獣のようになりながら、呟く。
「僕は病院のドクターに、何でだろう、って聞いたんだ。そしたら、どこにも悪いところはないと言われた。
それをスクールの先生に言ったら、彼女のそばにいた友達達が、『僕が、神の意志に背いて作られた異形だから、罪を受けているんだ』と教えてくれた。
先生は、違う、と言ってみんなを叱ってくれたけど、でも僕が、どうして咳が出るの、と聞いても答えられなかった。
白髪のじじいだと、指をさされることがよくあった。
そういう時、パパママはたまに怖い顔をするんだ。多分、異形に生まれてきた僕に怒ってるんじゃないかな。
親に不幸をもたらしたから、僕は罰を受けて当然なんだ」
僕は男の子を椅子に座らせて、言った。
「紅茶を入れてきますね」
男の子は呆然と宙を見つめている。
今言ったことを自分の中で受け入れさせ、言い聞かせているのだろう。
刻み付けているのだろう。
僕は静かに紅茶を差し出し、勧めた。
「どうぞお召し上がりください」
男の子は僕に礼を言った後、とても行儀良く食前の挨拶を済ませて、紅茶を飲んだ。
「あなたは綺麗ですよ」
男の子は驚いて、カップを取り落としそうになる。
紅茶がテーブルの上に少しのシミを作ると、慌てて僕に謝ってきた。
「これくらいなんともありませんので、ご安心を、美しい人」
ふんわりと笑ってみせると、男の子は信じられないものを目の当たりにしたかのように目を見開く。
「僕は、美しくなんかない!!」
悲鳴と激昂と、痛みの混ざる声が轟く。
我に返った男の子はひたすら謝ってくる。
「謝る必要なんてありませんよ」
と言っても、何かお詫びがしたいと言うので、1つ頼みごとをしてみようと思いつき、心を躍らせた。
「それでは、あなたのその白い髪、
触らせていただけませんか?」
静寂の後、男の子は僕のしつこさに負けたと言わんばかりに、雑に髪を放ってくる。
その髪を、すらりと撫で、指の間をサラサラと通して、弄ぶ。
「天使のようですねぇ」
身を一気に引く男の子にキチンと合わせて、僕は髪を手放していた。
「ふふ、そんな異形を見るような目で見ないでくださいよ」
そうして付け加える。
「僕も、あなた自身も」
泣きそうな顔で喉まで震わせ、必死に心と戦う男の子は、礼を言った後、静かに、小屋を出て行った。
「もう少し触らせていただきたかったです」
残念がる僕の声だけが部屋に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます