16人目の来客

「こんばんは、俺の友よ!元気にしてたかい?」


 賑やかに飛び込んでくる彼に、僕は流石にため息をつく。


「あれ?今日は随分ご機嫌斜めだね?」




 途端に僕の表情は無になる。


 2人で首を傾げた。彼は笑顔で楽しそうに部屋の奥へ行ってしまう。



「ちょっと!」



 僕が慌てて止めに入ると、不思議そうな顔になる。



「君が疲れてるみたいだから、今日は俺が淹れてあげるよ!」



 慣れた手つきで準備をする彼を見て、僕は諦めて椅子に座る。


 案外これはこれで落ち着かないな、とそわそわしていると、



後ろから声が聞こえた。



「はい。どーぞ」


 声を静めて、彼はすらりと僕の背後から、カップを滑り込ませた。



ガシャン



 部屋に音が響く。



「あー力入れすぎちゃった。ごめんね?」



 笑ったまま言う彼に、僕は笑いかける。それはそれは無機質に。



「いえ」



 彼と見つめ合っていると、彼はそのまま語り出した。




「今日持ってきた噂はね、それはそれは怖い親子の物語なんだ」



 気紛れに視線を僕から外して、ぼんやりと窓の外を見つめる。




「認知症で徘徊してしまう老人とその娘さん、ってことなんだけど、




実は老人、ボケてないんだよ」



 じろりとこちらを睥睨する。




「娘が俺を殺そうとしているって老人は言ったけど、誰もが娘を信じた」




 にぱっと笑って言う。




「まあ身体が不自由だったことは確かだし、娘さんは介護に疲れてたんだろうね。

 特にその人は綺麗好きで、お洒落で、何にも妥協を許さない人だったし、尚更だ」



 くるくると回る。



「彼女の元から逃げ出した老人を、彼女は殺そうと考えた。




 でも自分に疑いがかかるのは嫌だから、警察に電話した」




 彼は時計を見た。チクタク、と音が響く。



「でも、彼女は家近くの警察官はサボり癖があることを知っていた。彼なら見つけられないと踏んだ」




 ニヤリと口が裂けんばかりに笑うと、僕を

ゴミでも見るような目で、見た。




「彼は老人を見つけられるかな?


必死になって探す女性が見つけ出し、老人を殺してしまうだろう前に」




「なら」



 僕の口が、勝手に動き出す。



 時計の音までもが、止んだ。

 完全な静寂に僕の声がのせられて響く。




「彼女が父を殺そうとしていて、警察官が役に立たないのなら、森の中に放置しておいた方が、自分の手を汚さないで済むので楽なのでは?」



 無感情な彼の黒の瞳が僕に襲いかかる。




「彼女は、そんな不確定なものに任せたくなくて、万が一にも死に損なわないように、追ってきたんじゃないかな?」




「今まで我慢してきた娘が、そんな慎重な頭の回る人が、自分のナイフを持って森の中に入って、老人を殺して、

何気ない顔で、誰にも合わずに、疑われずに、家に帰れると思い込んだ、とでも?」




 腕をパッと左右に広げて、やれやれと肩を竦める彼に、言葉を重ねる。




「確かに、そうじゃないかもしれない。人間の行動なんて突飛で、自分でも意味のわからないことばかりだ。でも、僕の説の方が彼女らに当てはまる」



 喉は渇いているが、紅茶を飲まずに一息だけ吸い込んで、続けた。




「老人はボケていた、娘は護身用にナイフを持って探しに来た。でも娘が少しイラついていたのは本当で、老人はそれを過剰に感じ取った。だからあんな事を言った。

 この森に入ってから、過剰になったんだ。

 娘も殺意に惑わされそうになり、警察官も強欲に惑わされかけた。

 この森は、この小屋は、そういう———」




 途中で彼に頭を掴まれ、テーブルに叩きつけられた。



 耳元で、彼は静かに言う。




「この森とこの小屋は、悪くないよ。

 彼らが持っているものを使ってるだけなんだから、いずれは同じ結末になるんだよ」




 僕が少し力を入れると、途端に床に転がされる。



 派手に物が壊れる音がして、キラキラと輝く破片が、僕に降り注ぐ。






「どうしようかな。もう捨てちゃおうか」




 上からの黒い眼から逃げられない僕は、じっと結果を待つ。






「やっぱまだいいや」




 パッと力が消えた。


 膝立ちになると、彼の笑顔と、物が散乱した部屋が、目に入り込んでくる。




「また来るよ」




 片付けも何もせずに、

靴で破片を踏み砕きながら、真っ直ぐ小屋を出て闇に溶ける彼を見送り、僕は言った。




「またのおこしを、お待ちしております」

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