2人目の客人

「すみません。男の人をさがしているのですが。心当たりありませんか」


 忙しなく転がり込むように、部屋の中へ入ってきた女性。


 その方に椅子を勧め、僕は紅茶を入れる準備をした。

 こぽこぽとゆっくりと流れる音に促され、女性は少しずつ落ち着きを取り戻していったように見えた。


「街から来たのですが、道中で連れと逸れてしまって。

シルクハットを被った、燕尾服の男性なのですが。見かけてはいないでしょうか」


 祈るようにこちらを見つめてくる女性に向かって、僕は首を振ってみせた。

 

 下を向いてしまった女性に毛布を渡し、紅茶を勧めた。女性はティーカップを手に取り、慣れた所作で美しく飲んでみせた。

 

 僕はその姿が気に入ってしまった。


「貴方が居た街とはどのような所なのですか」

 

 女性はパッと笑顔の華を咲かせて、話し始めた。

「とても美しい所です。バラが沢山咲いていて。人々も優しく、食べ物も美味しくて」

 その後にも、様々な自然の様子が、女性の口からぽんぽん飛び出す。

 キラキラと愉しげに、それでいて子供のように花や庭の自慢をする彼女は、輝いてみえた。


 僕は首を傾げて、言った。

「街についてお聞きしたつもりだったのですが」

 ハッと女性が息を呑む声が聞こえた。

 なので僕は出来るだけ人懐っこく見えるように笑いながら、続ける。

「お屋敷の外の景色はいかがですか」

 

 後ろの暖炉で燃えかすがはじけた。


 理知的な女性らしからぬ乱暴な仕草で立ち上がった女性は、震える瞳に僕を映した。その目は、自然を愛することの真逆を示すような黒い女の感情に移っていた。


「大丈夫ですよ」

 ゆっくりと、立ち上がる。

「私は貴方に触れられたくても」

 女の方へ、手を、伸ばす。

「触れられませんので」

 女に重なる手前で、手を引く。

 

 女は僕が近寄るとすぐに警戒心を持って飛び退き、瞳に涙を浮かべながら、扉を開けて行ってしまった。

 あまりに急いだためにドレスを椅子に引っ掛け、テーブルの上のものをなぎたおす。

「ごめんなさい!」

と半分悲鳴のような声で反射的に謝ると、女性は今の状況を思い出したのか、勢いよく扉に飛びついて開けると、バタン、と大きな音をたてて扉を閉めて、森の中へ走っていった。その後ろ姿は、あまりに森に似合わぬものだった。上質な絹で拵えたドレスをたくし上げて、女はどんどん走っていった。


「随分と騒々しい」

 少しだけ眉を顰め、やはりあの女は好みでないと思い直し、

次の来客に向けて、準備を始めた。

 

 窓を叩く雨と、ティーセットが触れ合う音が、やたらと響く気がした。

 どこからか、あの女の耳障りな声が聞こえてくるような気がして、僕は少しだけ、あの人を思い出し、すぐにいつも通りの所作、つまりお茶の準備を始めた。

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