1人目の客人

 コンッコンッと几帳面な扉を叩く音が聞こえる。僕が扉を開けてやると、雨に打たれた痕跡を見事なまでに表す男性が入ってきた。


「急にお邪魔してしまい、申し訳ありません」

 

 背高な帽子を被り、燕尾服を身にまとっていた紳士は、雨に濡れていても随分と男前で、前髪をかき上げる乱暴な仕草と、音を立てずにスラスラと歩く上品さが重なり合い、不思議な魅力を秘めていた。

 

 街からの帰り道、馬車代を浮かせるために歩いて帰ろうとしたところ、道に迷ってしまったのだ、と話したその男性は、暖炉の暖かい火の前に静かに座って、疲れを癒そうとした。


「道の端に花など気のつくものがあると熱中してしまって」

と、その男性は乱雑な顔で笑ってみせた。


「自然がお好きなのですか?」

 僕がそう問うと、男性は少し考え、

「そうかもしれません。」

と、応じた。


 僕が黙って続きを促すと、男性はぽつりぽつりと語り出した。

「幼い頃、道端の花や、その辺を舞う蝶などばかり目に映す子供でした。

大人になるに従って、それらが目に入る隙が無くなり、今日はたまたま道に迷って心細い時に目に入ったため、年甲斐もなく童心を追ってきてしまったようです」

 少し恥ずかしそうにはにかむ彼に、僕は言葉を紡ぐ。


「あなたの故郷はさぞかしお美しいところなのでしょう。」

 何故か驚く彼に、言葉を続ける。


「今もその美しさは変わりませんか」





 後には主人を無くした椅子だけが残った。

 

 僕はゆっくりと瞬きをして、ゆったり腰を上げ、次の客人の来訪の準備を始めた。

 

 

 暖炉は紳士が来る前と変わらず、赤く部屋を照らしていた。

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