第9話 変化②

「おはよ」

 学校に恵那と向かていると、いつも遅刻ばっかりの涼が、すっと隣に並んで話しかけてきた。

 私達が別れたあと、一週間後、おかしいなと思った人達から聞かれ、噂はどんどん広まっていた。

「おはよ」

「おはよう、珍しいくらい早いね相沢」

「お、元気そうじゃん、小悪魔なあちゃんと天使の恵那ちゃん」

 いつもどおり寝癖を直し終えてないみたいで、頭の横にはねている髪の毛を見つけて、そっと手を伸ばした。


 涼は、別れたいという私の話を真剣に聞いてくれた。

 もちろん、動揺してたと思うし、私の行動に色々がっかりしていたかもしれない。でも、涼は、相変わらず優しいままだった。

 静かに私の話を聞いてくれ、俺は頑張れって気持ち的には言えないけど、なんて言いながら別れることを了承してくれた。

「小悪魔、復帰しちゃった。涼と付き合ってからだいぶそのアンチ減った気がしたのにな」

「まあ、それくらい俺がいい男ってことっしょ」

 そして、別れて気まずくなるのはやめようと言い出してくれたのは、涼だった。

私は、この人に感謝してもしきれないくらい恩をつくってしまったと思うし、色んな意味で大切な人だと思った。

 そして、恵那の言う通り私のせいで傷つけた。

本当に申し訳なかったし、これから返せることがあるなら涼には色んな恩返しがしたいくらい、私は涼を傷つけたと思う。

「かもかもしれませんね」

「まあ、ちょっとなこにはもったいないね」

「おいおい、否定してくれなきゃ俺、超恥ずいじゃん」

 涼のツッコミに、私達は3人で笑いあった。

 

 そんな3人を好奇な目で見てる人達がいるのは、すごく感じていた。

 でも、3人共暗黙の了解のようにそれを話題に出すことはなくて、当たり障りのない会話を広げて、時折笑い合って、学校へ向かった。



 涼と別れて、色んな事を言われるようになった。私だって、こんなに良い人ともう出会えないし、りっくんにあんなに拘らないで、忘れて生きていくべきて思うこともある。

 私のせいで、涼のことまで悪く言われちゃったらどうしようなんて、心配が少しあったけれど、全て渡しが悪いことになっていたのは良かったなと思う。

 私のことを言われるのは全然良かった。


 私は気にしないふりをできるくらいの強さを2人や周りの人のおかげで、その強さを持てたから。







「すごいね、ここ」

「ああ、ここで今アシスタントのバイトしてんだ」

 連れてこられたのは、いろんな機材が置かれた夜のスタジオ。そこは、初めて見る景色だった。

 グリーンバックや、撮影の機材らしい照明、見たことのないものがたくさん散らばっていた。

「写真、撮っていいか? せっかくだから」

「いいの?」

「ん、そこたって」

 グリーンバックが置かれた場所を指差す。そして、近くの照明をつければ、一気に眩しくなった。


「奈々、そんなかまえんなよ。ただの思い出づくりだろ」

 それでも、こんな風にりっくんに写真を撮ってもらえるなんておもってもみなくて、どことなく緊張してしまう。

 りっくんは慣れた手で、シャッターを切って、本当にカメラマンみたいだった。

だからこそ、私が知らない一面に緊張していた。

「……昔、俺が好きだったゲームは?」

「えっと、遊戯王?」

「そ、よくお前が遊びたがってた動物の小さいやつは?」

「なにそれ、……あ、シルバニアファミリー?」

「鼻血とまんなくて、学校遅刻したの、覚えてる?」

 単純な一問一答の中だったけど、答えるうちに昔を思い出して、懐かしかった。こうやって、同じ思い出を覚えてくれていることも、嬉しかった。

 カシャッカシャとシャッターを切る音が心地よく聞こえた。


 30分程度、ずっと撮った写真をパソコンで見してくれた。

そこには、自分とは思えないくらい、見たことのない顔も、笑った顔も、色んな表情をした私が写っていた。

「これ、すごいね、プロみたい」

「まだまだだよ、ぜんぜん」

 少し、照れくさそうにりっくんが顔を見せないように伏せながら、髪を掻いた。

それは、照れくさいとき、落ち着かないときのりっくんの癖だった。


「亡くなったお父さんも、カメラマンだったんだっけ?」

「そう、それで、海外に写真撮りに行ったときに、水難事故でなくなった。俺が小学校あがる前かな」

 出会ったころ、りっくんもおとうさんがいなくて、わたしもお父さんとお母さんの仲が悪くなって、別居を始めた頃だった。

 だからこそ、同じようにみえた境遇のりっくんと仲良くなりたかったのを思い出す。

 そうやって、りっくんの後ろをついて歩いていた頃、りっくんが見せてくれた亡くなったお父さんが撮った海の写真は、どれも吸い込まれそうな青や夕日に染まった赤い海が、とても綺麗だった。

「なれるよ、りっくんなら」

 そんなお父さんの血は、関係なくても、りっくんなら叶えられる、そう強く思った。


「……俺さ、この道で、成功して、今お世話になってる人や芽依さん、いろんな人に恩返し、したいんだ」

 自分よりもっとずっと将来を考えて、りっくんは生きてるんだ。


りっくんのいうとおり、私達は、生きている世界が違うのかもしれない。


「奈々、俺、お前にちゃんと言えないままにしてたことがある」


「あの日、会いに来てくれたのに、俺はお前を突き放した。


 それが、お前のためだって決めるけた。でも、ある人に言われてさ、勝手に幸せ決めつけんなって。


 だから、ちゃんと今度こそ言い直させて欲しい。


 俺は高校卒業したら、ここで働いて、大学も出ない高卒で、カメラマンなんて不安定な道で生きてくつもりだし、奈々が出会う色んな男たちが持ってる金や地位なんて、無縁だ。





 それでも、良かったら俺の側で、もう一度ずっと一緒にいたい。お前が望んでくれるなら、俺の隣にいてよ奈々」







「……。」


「ハイは?」

 ずっと、ずっと欲しかった言葉に、視界が滲んだ。

聞きながら、そっとでも、ぎゅっと強く抱きしめられる。






「はい、」


 私は、ずっと悔やんでたあの頃を今日、やっと終わりにできる気がした。


たとえ、今まで積み上げてきたものや、色んなものを捨てることになっても、この人と一緒に歩けるなら、それでいいと、もうこの手を離したくないと強く思った。

 


 ずっと会いたく、謝りたくて、怒りたくて、ずっと忘れられない、大好きな人。


「もう放さないで」

 りっくんの腕の中で、たった一つの小さな願いを私はそっと口にした。


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憧れの彼女の、儚い深い愛の世界の話、 @yuyuyuyu96

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