第8話 変化①

 学校帰りに、秋名に会うのは、2ヶ月ぶりだった。

「え、なに! そんな急展開、おもろ」

 

 俺は、近況話として、島崎が元カレである、花屋の息子と再会したこと、俺が島崎を好きになったこと、島崎が相沢と別れたことを話した。


「そっかあ、あの寛太が、恋ね。へえ、まあでも、チャンスじゃん」

 なんだか、その話をしてから、秋名はとっても嬉しそうだった。どうやら、俺に好きな人ができたことが嬉しいらしい。

「はあ?」

「もし、上手くいかない事きっとたくさんでてくるよ。ゆーて、3年くらい離れてたんだし、もっちーとなこなここ、上手くいかない事、それこそまた傷つくことあるよ。だから、かっさらいなよ」

 平然とコーラーを飲み干しながら、秋名は言う。

「そんな上手くいかないだろ」

「寛太、恋はさ無我夢中に頑張って手に入れるもんなんよきっと。だから、なこなここは、頑張ってさ、色んな人傷つけてでももっちーのとこ行こうとしてる。で、手に入れた。寛太も、行くべきだよそういう風に、たまにはさ」

 確かに、今の島崎も、噂で批判されて、上手く言ってるとは言い難いのかもしれない。

 前のように、人がいっぱい島崎の周りに集まることは、少なくなった。

「無我夢中だったの、美佳さんのとき」

「まあね、俺なりにね、」

「でも、なんだかんだ強い子だよなあ、なこなここ、自分の恋に正直に生きる分、それで周りから言われてるんだろ、どーせ」

「うん、なんかでも、クラスではさ、園田がいるし、部活では水川がいるから平気そうだけど、噂とかはひどいね、SNSもたまに書き込みあるらしいし」

 噂が広まって、意外だったのは園田が、そんなこと別にいいじゃんという感じで、島崎の隣で、ほかの同じグループの事仲違いしても島崎側についたことだった。

 ラブラブカップルの衝撃的な別れは、みんなが失望してたのに、園田は失望も何もないようだった。


「なんかこの前相沢の元カノに、いい男に乗り換えるのって何が悪いのって島崎を園田が庇ってて俺、笑っちゃった。女って強いなあって」

「逆に男のほうがウジウジ生きてるもんだよこういうのってきっと。てか、そういう批判から守ってあげてかっこいいってなるんじゃん。なに、チャンス逃してんだよ」

 批判から、守っているのは、園田だけじゃなかった。

「俺の出る幕無いよ」

 相沢も、別れてもなお、悪く言われないように友達として、直々、仲よさげに島崎に話すのをクラスで見かけた。

 相沢を捨てた女に対しても優しい相沢は、女子たちの中で株がうなぎ登りらしく、フリーな今ものすごくモテているらしい。

 それを本人は、ネタにしていい女って思えるまで、色んな女のことデートしてみると強がりながら言っているのを思い出した。

 もちろん、水川だって、そうだった。

 俺は、島崎が、自分の好きな人が本当のこをを知ってればいいと言っていたことが、本当にそうなってて、すごいと思った。


 きっと、この噂もいつか消える。

島崎がホントはどんな女の子なのか、それを知ってる人は、この噂に興味がないから。

「寛太くん。もっと欲を持てよ」

 なんでもないといった風にいいながら、口にたくさんのポテトを入れながら秋名が言った。

「うん、でも、俺、島崎と二人で話したりするだけでも結構レベル上がった気がするんだよね。今まで、なんか遠い存在って感じだったし」

 ポテトを口に運びながら、俺は、これからどうしたいのかわからなかった。

俺の好きは、島崎が望月理月に思うような好きよりは、レベルが低くて、でも、間違いなく、島崎は俺にとっては特別な女の子だった。


「ま、もしかしたらいつか、それだけじゃ足りなくなるかもしれないけど。今はね」


「ふーん、でもまあ、俺は恋してくれて嬉しいよ寛太くん」

 ニコニコの秋名は、本当に嬉しそうで、お前は俺の父親かと突っ込みたくなった。


「……あれ、あんた、奈々の高校の、」

 俺の前に座る秋名の後ろに現れたのは、ポロシャツを着た望月理月で、俺は思わず

立ち上がる。

「も、もちづき、……くん……あの、なんで、ここに?」

 あのカフェで、島崎のことで理不尽に責めて以来で、俺はとても気まずくなる。

しかも、俺達の地元になんで……。

「くんって変だからいらない。俺、この辺のスタジオで、カメラマンのアシスタントのバイトしてるから」

 相変わらず、無愛想な人だった。

秋名は動転する俺と望月をニヤニヤと見ていた。

「カメラマンのバイトか、すごいっすね」

 あまり事情を知らない秋名が、単純に羨ましがる。

よく見れば、肩掛けのサスペンダーとは別に古そうなカメラを肩かけていた。

「あんたさ、うちに職業体験にきてなかった?」

 ふと秋名の顔を覗き込んで、望月理月が切り出した。

「ああ、そうだけど、よくわかったなあんた」

 中学の頃とだいぶ雰囲気の違う秋名を、少ししか会ってない望月が当てるなんて、思いもしなくて俺達は、顔を見合わせて驚いた。

 それに、中学の秋名は特に目立つ感じもなかったから、余計に驚いた。


「まあ、うちに来た最後の職業体験生だから。」

 望月がさらりといったことばっは、よく考えると重みのある言葉だった。

その年に母親がなくなったから、もうそういう職業体験とは無縁になったから、よく覚えているんだ。

「あとさ君、知ってるかもだけど。今、奈々と俺、付き合ってるから。奪おうとか、考えんなよ」


「え、?」


「好きなのバレバレ。あんな風に、乗り込んできてバレないと思ってんの?」

 なんにも言えなかったし、すんなりと当てられて恥ずかしかった。

確かに冷静になって考えれば、彼氏でもない男が、あんな風に押しかける理由なんて、一つしか無いか。

「でも、君が来たから、俺も行動できた。……ありがとう」

 そう言って、望月はらしくなさそうに見える丁寧なお辞儀をした。素直な一面にびっくりしつつ、俺はたじろいだ。

「え、いや、そんな」

「もうあんな風に泣かせないし、気持ちを押し付けて、無理もさせない。たとえこの関係に終わりがあったとしても。まあ、そうはさせないけど。君に、それは、誓う」

 真っ直ぐな瞳が俺を捉える。


 俺が思っている以上に、俺は望月に言葉を伝えられていたのかもしれない。だから、わざわざわこうして、俺に話しかけてきたのかもしれない。

 それに、本当にこの人もすごく、好きなんだと思った。島崎のことが。

「……あの人魚みたいな島崎、見たくないです、もう」

 自然と言葉が出ていた。

「ああ、気づいたんだ。そう、あれは奈々を描いた絵。」

 なんだか、望月は少し恥ずかしそうだった。


「ちゃんと守ってあげて幸せにしてあげてください」

 結婚する人と言った島崎のために。

「ああ、約束する」

「もし、その約束が上手くいってないようなら、うちの寛太が奪いに行くんで」

「おい、」

 秋名の言った言葉を冗談だと思ったのか、面白がって望月が笑った。

「それは怖いし嫌すぎ。……ちゃんと、気をつけるし守れるよう頑張るわ。じゃあ、俺、バイトだから」

 またなと爽やかに去っていく姿は、今まで2回会った望月とは、何かが違った。

肩の重みが取れたような、余裕があるというか、前より殺伐とした感じがなくなり、優しい雰囲気があった。

 後ろ姿が、見えなくなるまで俺らは、望月を見ていた。

「びっくりした」

「ほんとに、まさか覚えてるとはなあ。俺の職業体験のこと」

「うん」

「あれは、強敵だな。男から見てもカッコよくみえるというか、潔さがあるというか」

 きっと、それは望月が両親を失ったことや、大切な女の子と嫌いでもないのに別れたこと、いろんな過去のバックボーンがあるからだと思う。それが隠していてもきっとにじみ出てて、人を引きつけるというか、魅力的に感じさせるんだと思う。

「うん、まさかお礼言われるなんて、思いもしなかった」

 俺は、島崎と望月が、これから先、どんな困難や喧嘩や、そういうカップルとしての問題をちゃんと超えていける気がした。

 きっと、秋名の言うようなチャンスは、こない。

それに、そうやって、強い絆で結ばれて、幸せになっていく二人が見たかった。





 望月と会った次の日、俺は思い切って教室の真ん中に座る、島崎に話しかけた。

 あの噂以来、授業中に島崎の周りがうるさくなることも、島崎の近くに授業が終わって、色んな人が話しかけに行くことも減っていた。

「昨日、会ったよ。望月に」

「え?」

「愛されてるね、島崎」

 えっとノートを取り終えれなかったらしく、ノートを書いていた島崎が、顔を上げてびっくりした顔で俺を見つつ、少し耳が赤くなっていた。

「な、何、急に」

 こんなに焦って、動揺している島崎は見慣れなくて、可愛かった。

「はは、島崎、動揺しすぎ」

「だって、……なんで? そんなこと思ったの」

「ん、まあ秘密かな。言ったら、望月、怒るだろうし」

「……いつのまにそんなに仲良くなってるの。ね、ちょっと、教えてよ!」

「いやだ」

 俺達の和気あいあいとした雰囲気に、周りの視線を少し感じる。それは、男好きがといった厳しい目でも、あいつらなにしれんだというバカにした目でも、気にならない。


「島崎っ、幸せにな、自信持って、追いかけていけよ」

 俺は、そんな周りにもあえて聞こえるくらい、珍しく教室で声を張った。


「そね、恋は正義だもんねえ、寛太っ」

 後ろから背中をバシっと叩かれる。

「園田、、痛いよ」

 そのやり取りを見て、楽しそうに笑う島崎は、教室の真ん中に居た頃と変わらなくい楽しそうだった。

 

 もう彼女は、教室の真ん中にいる中心的な存在の美少女じゃない。


「ありがとう、二人共。なんか、最近仲いいよねちょっと」

「見える? なんか、私に彼氏できたこと嫉妬してるみたい」

「ちがうよ、なんでそうなるの」

 先週くらいに、園田は、テニス部の先輩と付き合い出したということを相沢から聞かされた。

 テニス部の3年のエースで、クラスとかでも目立つタイプの人で、俺は正直、そういう人のほうが園田には似合ってると思った。

 俺みたいに、ホントは静かでおとなしい男より、園田と対等に色んな事をハッキリ言える人のほうがなんとなくいい気がする。

 友達として、俺も園田に彼氏ができたことが嬉しかった。

「私も嫉妬しちゃう。もう、彼氏に夢中できっと遊んでくれなくなるし」

 周りに何を言われても、気にしないで生きようとする島崎は、すごく綺麗に見えた。

「大丈夫。私、恋に積極的で、肉食ななこが大好きだから」

「とっかえひっかえしてても?」

 いたずらっ子みたいに、悪口を逆手に取るところも変わらない。

「うーん、そういうところも他の友だちと違って、正直でいいって思ってたけど。真っ直ぐに一途なとこもギャップでいいよ。ね、寛太」

 あっけらからんとしている園田節に、俺は笑いながら頷いた。

「私、もう放さないよりっくんを。放しちゃったら、恵那にも、涼にも、それに寛太にも怒られそうだもん。

 怖くてできませーん。 


 あ、今日、あの絵の提出期限で描き終わるから、見に来て。部活の後」

「あ、……うん、」

 俺の返事をかき消すように、チャイムが聞こえる。

俺は、絵を見に来てと同じくらい、寛太と呼んでくれたことが嬉しかった。


 自分の席に戻りながら、俺は胸の早くなる鼓動を感じていた。


 

 部活が終わり、自ら倉庫の鍵を返す役割を引き受けた。すぐ鍵を返したあと、俺は一直線に美術室へ向かった。

 練習で疲れたはずなのに、俺は、美術室までの足取りは駆け足だった。


 閉められた美術室のドアを開ける。

「あ、きたきた」

「おせえ、見に来るの」

「森井、……練習長引いて」

 俺はてっきり二人きりだと思っていたのに、教室には、森井もいて少し、がっかりした気持ちなった。

 俺は、走って息切れした息を整えながら、いつもどおり窓際にいる島崎と森井に近づいた。


「ジャジャーン、完成しました!」

 楽しげな島崎が見せてくれたのは、黒とグレーが混ざって、一筋の光が漆黒の暗闇に差し込んでいるかのように見える背景の真ん中にダンボールが、殺伐と無造作に積み重なっている絵だった。

 ダンボールは、ところどころ空いていて、そこには、バックや靴が入っていたり、勉強道具、ゲーム機、色んなものが見え隠れしていた。


 苦悩と葛藤と聞いたテーマの絵は、なぜかすごく温かみを感じた。


「綺麗、だよ。あとなんか温かい絵な気がする」

「前、言ってくれよね寛太。素直に綺麗って思えるのすごいって。

あれね、よく昔、ていうか今もよくりっくんがいうの。それが一番良いって思うって」

 そういえばそんななことを言ったことがあるかもしれない。でも、それはなんとなくそう思った言葉だった気がする。

 あの望月の口癖と同じ言葉だと思うと、変な感じだった。たしかに、芸術的センスがあって、カメラマンのバイトができるようなクリエイティブさがある望月が言うと、なんとなくの言葉に理屈がちゃんとある気がしてくる。


「苦悩と葛藤の先に見えるもの、いい絵だよ。理月に再会したおかげで描けた絵かもな」

 森井のさりげない言葉は、すごく深みがあるように聞こえた。そして、納得だった。

 はじめ見た未完成の島崎のこの絵は、温かさというよりも無というか、暗い感じの印象が強かった。

 でも、今は暗闇に差し込む光や、ダンボールから見えるモノが、温かさや希望みたいなものを感じさせた。

「そう、方向転換したから。寛太に早く忘れなって言われて、それは嫌だって強く思えたから、追いかけようって、このままじゃやっぱりだめだって。


だから、寛太のおかげで描けた絵だから、寛太に見せたかったの。ありがとう」



 この女の言葉は、今までもらったありがとうの中でもすごく、嬉しくなるありがとうだった。

 俺もやっと、こんな自分に少し自信を持てるようになった気がした。

 

 

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