第7話 動きだした想い

 望月理月は、無愛想で、なんでこんなやつが、と思ってしまうような男だった。


でも、彼が発する言葉一つ一つ、的を得ていて口がうまく、俺は何も言い返せず、勇気を出して会いに来たはずなのに、何の結果も得られずに帰っていた。


 自分が不甲斐なかった。好きな女のために、何もしてあげられない自分が嫌で嫌でたまらなかった。



 そして、島崎にあんなに想われている望月理月が羨ましくて、悔しかった。俺にはない、堂々と意見を言える強さも、あんなに綺麗な絵がかける才能も、男らしさも、妬ましかった。


 全部、俺にはない、魅力だった。


だからこそ、島崎が好きになって、今もあいつのために行動できる、身を引くことだって受け入れようとできる、大切な人なのかもしれない。

 望月にどうにか会って、島崎のためになにか言ってやりたくて、どうにかしたくて俺は、あのカフェを訪れた。

 優しく、俺を覚えていたらしい芽依さんが俺を招き入れてくれ、そして、しばらく待てば来ると望月理月の絵の前に案内してくれた。

 皮肉なことに、その絵は、島崎が飾られたときと、同じ場所に飾ってあった。

 暗めの青や、紫がかった青で描かれた海に頭を抱えて苦しそうにもう片方の手で、首元を抑え、まるで溺れているような、美しい人魚が中央に描かれていた。


 その人魚は、どこか、島崎に似ていた。

 でも、人魚は、とても苦しそうで、溺れるはずのない海で溺れている、どこか臨場感と切なさが、あった。


 そんなことを思っていれば、かったるそうに望月理月が入ってきた。






 不甲斐なさでいっぱいだった次の日。

 島崎が美術室で、創っていた絵は、漆黒に塗りつぶそうとしている絵だった。


 初めて島崎が描く絵を見たときとほとんど同じ場所で、真っ黒い絵の具を塗っていく島崎は、どこか儚げな綺麗さがあった。


 校庭で、美術室で絵を描く島崎をみて、居ても立っても居られなくて、誤ったふりをして、ボールを美術室に飛ばした。

 慌てて美術室へいくと、ドアは開けっ放しになっていた。気を引き締めて、そっと入っていけば、そんな俺には気づかないあの日くらい集中している島崎が、淡々と静かに絵を描いていた。

 しばらく俺は、ずっとキャンバスを黒く深い闇に、黙々と塗っていく島崎の絵を見ていた。

「あれ、また、ボール?」

 くすっと笑いながら、島崎が振り返った。

あまりにも絵を凝視していたのか、静かにしていたはずつもりだったが、俺に気づいてしまったらしい。

「……そう、また居残り?」

 前と同じで、なんとなくきまづい気持ちになる。

「今日、バスケ部練習休みでさ。なんかどうしても絵が書きたくなって、まあ課題も進んでないし」

「課題がこの絵?」

「そう。今回は、苦悩と葛藤が題材。」


 黒い絵の具で塗っていた背景、そして、真ん中にはダンボールのような箱が山積みに下書きされていた。あの校庭の絵とタイプが違いすぎて、島崎の絵ではない様にも見えたが、どんな絵になるのか興味深かった。

 でも、たしかに深い漆黒の黒が、苦悩と葛藤を描き出そうとしている感じが出ていた。

 まだ、完成には程遠い絵に安易に褒めて良いのか、どんな感想を言えば良いのか分からず、視線をおとす。


「……あれ、この絵、」

 たまたま視界に島崎の隣の机に置かれた袋から飛び出していた絵が目に入る。それは間違いなく、昨日みた望月理月の人魚の絵だった。

「それ、……りっくんの絵。

今朝、家の前に置いてあったの。どうすればいいか分からなくて、持ってきちゃった」

「……なんでこの絵を島崎に?」

「なんでかな、なんでだろう」

 元気そうに見えてどこか、無理してる、そんな島崎を見たくなくて、俺は、あの影に勇気を出して行ったのに。望月理月の威圧感と、部外者で、本当は何にも知らないことに負けて、何もできずに帰ってしまった。

 望月に会いに行ったときも今も、何もできない俺が、不甲斐なくて苛立つ。


「……早く忘れちゃいなよ」


「なにを?」

「望月理月なんて、忘れなよ。あんなやつをずっと想ってる必要ないよ」

「早川、わたしは」

「ずっと思ってた、大丈夫って顔じゃない、ずっと寂しそうだよ島崎。こんな絵を勝手に置いていって、勝手でずるい男、早く忘れなよ」

 自分でも無茶苦茶だと思った。

 でも、もうこんなに傷ついて無理をしている島崎を見るなら、早くどうにかして忘れてほしかった。

 そんなこと、無理だってきっと、島崎が一番知っているのに。でも、一度出た言葉は止まらなかった。

 まくしたてるように言葉を荒上げたのは、島崎に対しては初めてで、島崎は固まったように俺を大きな瞳で、見つめたまま動かなかった。


 シーンっと緊張の糸が張り詰める中、校庭で騒ぐサッカー部の練習の声だけが、聞こえた。

「早川、……決めた、わたし」

「え、」

 島崎は、袋から半分はみ出した絵を取り出し、後ろを俺に見せた。

「自分勝手なやつだよねほんと。でもね、わたし、電話する。りっくんに、もう一回会いに行く」

 そう言いながら、呆れたように笑う島崎は意思の強さと、吹っ切れたような爽快な笑顔で俺にそう言った。それは、もしかしたら、どうしても望月を追いかけようとする自分自身に、呆れてしまっているのかもしれない。


 俺の無茶苦茶な忘れてほしいという思いは、逆に島崎に気づかせてしまったんだと思った。自分の中に、諦めきれないぐらい、忘れたくない思いがあることに。

 取り出した人魚の絵の後ろには、なぐり書きされた携帯の電話番号と、伝え忘れたことがあると一言だけ、書かれていた。望月理月の字らしい、荒っぽくて強い文字。

 もう大丈夫、終わったこと、そう二人で決めたとみんなに報告させ島崎に諦めさせたのに、俺には関係ない話だと望月理月は、俺に言ったのに、急になんでこんなことをしたんだろう。

「だから、涼とは、別れる」


「え、」

 島崎、きっぱりと言い、灰色の絵の具を取り出し、パレットに加えた。黒を少し混ぜた灰色が、乾いた部分の黒い背景に重なっていく。

「あの日、りっくんと話をした日、もう復縁とか無理なんだって思ったし、それに、こんなことがあっても大切にしてくれる優しくて強い涼が好きだから、涼のほうを大切にしたいって思ってたの。比べて、好きだって思うなんてバカみたい。

 でもこんな絵と言葉一つで、こんな風に悩んで、未練残したまま、やっぱり付き合えない。いくら、突き放されても、あんな事知ったら余計無理。

 だから、もうりっくんとどうなったとしても、涼とはもう、終わりにする。ほんとは、りっくんに会ったときに、終わりにしなきゃいけないのに、私が、弱いからそばに居てくれることに甘えたの、ほんと最低。」

「島崎……」

 島崎の目が少し、涙が滲んでいるように見えた。

本当に一番好きなのは、望月理月なのかもしれない。でも、それと少し劣るかもしれないが、強い気持ちでちゃんと毎回好きな人に向かっていって、相沢もそうだったのかもしれない。

「相沢なら、分かってくれるよきっと」

「分かってくれたとしても、人を傷つけるじゃんか、そんなの辛いよ」

 あ、と思った。俺は、気づいてしまった。


 あの暗い怖い海に溺れれる人魚は、島崎だった。

 アイツは、島崎を描いたんだ。

 

 だから、あの人魚は溺れて苦しそうに見えるのに、儚い綺麗さがあるんだ。

 望月理月も、関係ない、終わったなんて言いながら、島崎を好きなのかもしれない。だから、強がってむりしてる島崎を放っておけなくなって、あの絵に、あんなメッセージを残したのかもしれない。

 そう思えば、辻褄が合ったけど、二人がなんでもう過去のことにして、諦めあったのかは、わからないままだった。


「なこ、……ごめん、立ち聞きする気なかったんだけど、」

 聞き覚えのない声に振り向けば、美術室の入り口には、水川が立っていた。

「恵那、」

 びっくりして、涙がこぼれ落ちた島崎に、水川がぐんぐんと近寄った。


「突然ごめん、でも、言わせて欲しい。

 ね、なこ、あのとき言ったよね? わたし、ホントにいいの? て。

みんなに言われて皆川先輩と付き合ったときも、望月に突然別れようて言われて、理由聞かないまま受け入れたなこにも。聞いたよね?

 なんで同じことを繰り返すの?」

 水川は、怒っているようだった。友達だからこそ、かもしれないが、俺は見慣れない水川にびっくりして、圧倒された。

「フラフラしてばっかり。相沢にも、望月にも失礼だよ」

 友達だから、許せないし、止めたいのかもしれない。

「ごめん、だから、涼ときちんと別れてから、りっくんには電話もするし、会いに行く」

「それで、振られて、また、追い払われるような事があったら、相沢が戻る?て聞いたら戻るんじゃないの? それでまた後悔の繰り返しになるんじゃないの?」

「……それはしない、絶対にしないよ恵那。私、今度はちゃんと追いかけて、飛び込もうって思ってる」

「コジになったって聞いて、彼女も今いるって聞かされただけで、飛び込めなかったくせに?」

 耳慣れない単語を変換するのに、時間がかかった。孤児、そうか、母親を病気でなくして、父親がいないならそうなってしまうのか。

「それは、むこうに拒絶されたから。奈々は違う世界を生きるべきだって。そんな事言われて、どうして追いかけれるの? 違う世界って線引かれて何もできないよそんなの」

「そうやって、自分がボロボロに傷つくの恐れたからでしょ。だから言ってるの。別れたときも、理由も教えてくれないことや他校の彼女の噂をより知るのが怖くて、皆川先輩とさっさと付き合ったじゃん。それで、転校したあとお母さんのこと聞いて後悔して、それで別れて、寂しいから誰かと付き合って、いつもその繰り返し。」

「それは、」


「なこ、友達だから言いたいの。もっと自分に自信持って。逃げないで、立ち向かいなよ。 

 中途半端に逃げるから、みんながそれで傷ついたり、悲しむでしょ。

 


 私、相沢と上手くいって、望月のことまた色々あったけど、相沢を選んで本当に嬉しかったの。

 ああ、やっと、なこは、本当に望月に未練なくなって、前向けてるんだなって、良かったって安心したの。


 でも、よく聞いたら、ただそうやって望月がキツくなこに終わろうって言ったから、何も言わないで、また別れたときみたいにしてるだけじゃん。

 それなのに、ちょっとでも、希望があったら望月追いかけて、そこで傷つけられたらまた諦めて、未練なるのに別の人で、また忘れようとするだけなんじゃなの?」

 ぐっと唇を噛みしめる島崎。水川の意見は、的確で、きっと的を得ているのかもしれない。


 水川は、言いながら泣きそうだった。人を責めたくなくても、責めないくちゃいけない友達としての優しさと、厳しさがあるすごい女の子だと思った。

「……でも、そんな迷ってる今みたいな状態で逃げるみたいに相沢の彼女で、いてほしくないよ俺も」

 明るくて優しい相沢なら、きっと島崎のために逃げ道でいてくれるかもしれない。

でも、そんな状態の二人を俺は、友達として見たくなかった。

 二人の間に入るのは、どうなんだろうとも思ったけれど、一つ一つ頭の中で言葉を選びながら、慎重に二人の間に入った。 

「もちろん、水川の言いたいこともわかるよ。島崎が一番わかってる。

今回は向き合って、逃げないで、どんな結末も受け止めるよね?」

「うん、約束する。ちゃんと、逃げないよ。もし、また突き放されても、しばらくは誰とも付き合わない。そういう風に、独りになる怖がるのも、やめます。

私のためにたくさん、厳しいこと言わせてごめんね。いつもありがとう」

「……私、なこが逃げたくなるくらい辛い思いさせる望月が嫌い、絶対、仲戻るんだよ? 二人があの頃みたいに一緒に笑ってる姿、私だって見たいの。」

「うん、」

 二人はぎゅっと抱きしめあった。

すごく素敵な絵だった。



 今度こそ、邪魔できなくて、俺はこそっと、ボールを持って、教室を出た。

「まって、寛太」

 後ろから、水川の声が聞こえた。

「ごめんね、さっき、立ち聞きしたくせに横入りして」

「いや、友達として、ああいうことを言える水川すぎなって思ったよ」

「……ありがとう。ね、隠さないでいって欲しいことがあるの」

「なに?」


「寛太、もしかして、……なこのこと、恋愛感情でみたりする?」

 俺は、思っても見ない話に、動揺してしまう。否定しなきゃ、と思っても、すぐに言葉が出ない。

「見たの。何か見つけて、美術室にボールを入れて、走ってく寛太を。たまたま、委員会の教室から。それで、気になってきたら、なことあんな話、……良いの?

 なこ、あんなに好きなんだよ、望月のこと」

俺は、水川のさっきの直向きな姿を見て、誤魔化す気にどうしても、なれなかった。ここで、ちゃんと否定をすれば、僕たちは上手くいくかもしれない。


でも、きっとそんなの水川は、求めてない。


「……俺、教室で笑う島崎は、みんなの中心で、相沢みたいな彼氏が居て、なんでも持ってるって思ってた。俺とは違う人だと思ってた。

 そんなみんなが羨むものにあふれてるはずの彼女が、あんなに未練抱えこんで、悩んで、望月理月に惚れてる、ホントは欲しい物を持ってない島崎に惚れたんだ。だから、叶わないことわかってるよ」

 みんなが憧れて、好かれて、何でも持ってるみたいに見えるのに、彼女が、本当に一番欲しいものを持っていない。

 そのギャップに惹かれたんだ。それは、変なことかもしれないけど。

「そっか。ごめんね、言わせて」

「ううん、俺の方こそごめん。中途半端なことしたよね、水川に対して」

「そんなことない。これからも、友達として、よろしくね。

あと、守ってあげようね。きっと、これからなこ、涼と別れて、もし望月とより戻したら、色んな人から批判されるかもしれない」

 それは、俺も思っていなことだった。元々男女ともに、人気のある相沢を傷つけるように、噂になった元カレと結局復縁したら、魔性の女と余計に、よりひどく言われるかもしれない。

「うん、分かった。俺、練習戻るよ」


「頑張って。私、応援してる、負けないでね」

 その応援してるは、部活のことじゃない、きっと俺の島崎への気持ちに対していってるんだと気づいた。

 俺は、照れくさくなって笑ってうんと言って、走って校庭へ向かった。

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