第4話 カノジョの話


 島崎との元カレの事件から一週間が過ぎた。




 島崎に、忘れられない元カレがいたことは、すぐさま広まった。

 小学2年生の頃、転校してきた、望月理月と、小4から中学2年の頃秋くらいまで付き合っているらしい。

 その噂が広まったけど、相変わらず仲良さそうに見える、島崎と相沢の二人のおかげで、少しずつ落ち着いてきていた。

 でも、それは本当に見せかけで、本当はぎこちない時があるらしい。



「俺、どうしようカンティー」


 お昼に、相沢のクラスのベランダで、俺はまたピーナッツバターサンドとメロンパンを、相沢はチョコの入ったコンビニで売っているマーブルのパンを食べていた。

「まだ、気まずいの?」

「うん、まあね。というか、奈々子が明らかに俺に気を使ってれる」

「、なんか島崎らしいね」

 気遣い上手な島崎は、きっとこのことで相沢に迷惑をかけていることを申し訳なく思っているかもしれない。

「知ってた? あいつが絵を好きなのもさ、望月くんとの影響らしいよ。なんか、本人は、もう昔のことだよって言うけど……なんかさ、納得いかないじゃん」

 あの日、相沢は、結局島崎を追いかけて、改めて、島崎の家の近くで話をしたらしい。


 そのときに、もう昔のことだけど、長年付き合った人だったと説明してくれたらしい。例え、小学生の頃でも本当にずっとずっと好きな人だっただから、私が振られた側で、理由も曖昧な感じなままで会っていなかったから、取り乱してしまったことを説明してくれたらしい。

 でも、もう好きじゃないからと何回も言ってくれたらしい。


「でも、島崎のことだから本当なんじゃないの? 相沢を好きなのは」

「でも、恋は突然ていうか盲目っていうか、予想つかないじゃん。それこそ、今まではそうだったけど、あんな風に再会したら……どうなんっていうさ」

 ああもう、と相沢が髪をかきわける。こんな風に塩らしくに悩んでる相沢を見るのは、初めてでどうにかしてあげたかった。

 こんな風な相談なのに、たくさんいる相沢の友達の中で、俺に相談してくれることが光栄だったし嬉しかった。友達としての立場をちゃんと活かしたかった。

「俺のこと好きだよね?、なんて女々しくて聞けねえ……」

「相沢さ、詳しく知らないの? その、なんで別れたかとか」

「んー、なんか他に好きな人ができたって言われたらしいけど、なんかその後すぐ転校したりとか、色々疑惑があったていって、私もよく知らないしもう知る気もないからって言われて。……でもさ、そこだよな、そこが結局解決してないから、奈々子も未練あるのかなって」

「俺、そうなのかなと思うけど、なんかまあそれもそう言われたら聞きにくいよな」

「そうそう、そうなのよね、聞きにくいわあほんと……なあ、カンティー、ちょっとさりげなく聞いてよ」


「え、俺が?」


 俺が聞いても、島崎ははぐらかしたりしないか?という疑問で頭が一杯になる。

 俺と島崎は、あくまで同じクラスメイトで、仲の良い友達ではあったが、そんなにクラスでよく二人きりで話たりすることはないそんな友達だった。

「うんうんカンティーしかいないよ。いや、奈々子カンティーいいヤツ押しだし、カンティー自体がしっかりしてるし、ポロって言いそうじゃん。それに、水川に頼むよりは、いいっしょ?」


 ベランダの窓からみえる、教室で、島崎や他のバスケ部の友達と楽しそうにお昼を食べる水川は、きっとちゃんと親友として島崎の言いたくない話も聞いても変には言わなそうだった。

「……できたらね。俺、できる気しないよ」

「できるよ絶対大丈夫! カンティー頑張ろう! 4人で出かけるためにもさ!」

 いえーいっと肩を叩かれる。笑顔でテンション高めな相沢に釣られて、俺もおうっと元気よく答えてみる。

 でも、ぜんぜん大丈夫だとは思えなかった。どうにかなるなんて思える自信もまったくなかった。


 ベランダから見える教室では、友達と笑うあの日とは全然違う島崎の姿に俺は、ほっとし、あれ以来こういう姿を見るたびに安心した。いつも周りを明るく照らすくらい人懐っこく笑うあの島崎に、もうあんな風に泣いてほしくなかった。


 



 島崎と二人で話をできるチャンスを見つけたのは、相沢に頼まれた週の土曜日の午前授業のあとだった。


 たまたま他の友達と変わって、俺は島崎と掃除当番が一緒になったことは、本当に偶然だった。だけど、これを逃すわけにはいかないと思い、一緒にゴミ捨てに行こうと思い切って誘えば、島崎は少し驚きつつも笑顔で引き受けてくれた。


 俺と島崎は、あの話題について、あれ以来一回も触れることをせず、接してきた。俺は、どうやってこの話題をふるべきなのかわからないまま、島崎と廊下をゴミ袋分距離を開けて、並んで歩き始めた。

「島崎さ、大丈夫?」

「……相沢と?」

「いや、その、元カレの望月くんだっけ? カレと」

 俺はどう言えばいいのか、まったく正解がわかってなかった。

 人のこんな恋路に首を突っ込むのも初めてで、ましてや恋愛の経験も浅い俺には、何をするべきか分からなかった。だからこそ、自信がなかったが、それでもどうにかしたいと思えた。


 それは、多分ときおり、授業をうける島崎が、悲しそうな切なそうな顔をして窓の外を、遠くをみているの姿を見かけたからだった。

「不思議なこと言わないでよ、もうあの日以来会ってないし、連絡も取れてないんだから、大丈夫ていうか、何にもないから言うこと無いよ」

 一瞬驚いた顔をしつつも、いつもどおりふわっと笑って答える島崎。

「そっか。そうだよね、俺、何聞いてんだろ。ちなみに、答えたくなければ全然答えないでいいんだけどさ、島崎から見てどんな人だったの?望月くんは」

 島崎は俺を大きな瞳でじっと見つめる。

 それは、怒っているのか、嫌な質問してくれたと思っているのか、分からなかった。俺は、的はずれな質問ばかりしてしまっているのかもしれない。

 人が少なくなってきた廊下を、ゴミ袋を持って歩く俺達に沈黙が流れる。

 なんで別れたかなんて、そんな直球な質問を軽々しくして良いのか、それはなんとなくだけどしてはいけない気がした。

 それに、はぐらかされてしまう予感もして、俺は、とりあえず違うアプローチで、どうにか島崎が望月理月のことをどう思っているか聞き出そうとしていた。それに、俺は知りたかった。どんな男をずっと追いかけていたのかを。



「結婚する人」



「え?」

 島崎は、驚いた俺を見て、小さい子どもみたいにニヤニヤと笑う。

 全く怒ってもないし、答えてくれた事にも驚いて、ドキドキした。こんなことを、こんな俺にきちんと答えてくれる島崎の偽りのなさが、かっこよかった。

「そう思ってたの。小学生の頃からなんでも一緒にやって、ずっと側にいて、二人で色んなことを共有して大人なってきたの。隣りにいる事なんて当たり前で、別れる未来なんて考えられなかったなあ、あの頃は」

 それは、もう一生忘れられないくらい、好きな部類だったのかもしれない。

 特別な好きなことくらい、俺を見ないでどこか遠くを見ながら話す島崎の横顔を見てたらハッキリと伝わってきた。



「……カフェ行こうよ。島崎」

 それは、俺らしくない行動で発言だった。

「へ?」


「行くべきだよ。あのカフェに行けばきっと望月くんのことわかるよ。ちゃんと、知ったほうが良いよ。そんなに好きな人、できないよこれから先」

 俺にとって、恋は程遠いものだった。自分とはあんまり無縁の、よくわからないもの。だから、一生忘れられないくらい人を好きになった島崎がすごいと思ったし、それに出会えている島崎は幸運な人だと思った。


 そんな人を逃すなんて、俺にはとても変だと思った。また会える、巡り会えるチャンスがそこまできているのに。

「行こう」

 急に足を止めた俺を振り返って島崎が見つめる。初めて、こんなに長く島崎と見つめ合ったと思う。吸い込まれそうな大きな瞳を、じっと見つめた。


「いかなきゃ、島崎」


 もう一言、俺はハッキリと島崎をじっと見ながら、告げた。

 それはもう感覚の問題だった。俺にはこうしなきゃと思うことなんて少ないけど、少ないこうしなきゃいけないと思った感覚や機会を実行しなくてはと、衝動的に思っていた。

 

 いつも、俺はどこか冷静で、第三者的なことばっかり思ってしまうのに、そんな俺はどこにも居なかった。






 俺と島崎は、部活をサボって、電車に乗った。

 土曜のお昼過ぎの微妙な時間の各停電車は空いていて、車両に乗っている客は、とても少なかった。


「りっくんは、私のスーパーヒーローなの」



「うん?」

「女の子のグループにいじめられたときも、毎日迎えに来てくれた。男の子グループに手をつないで、登校したことをからかわれても絶対繋いで帰ってくれた」

 ポツリポツリと脈略のない話が始まる。隣に並んで座る電車は、時折肩がぶつかった。

「りっくんはね、間違いなく一番かっこいい男の子だったの。」

「うん、」

「小6の頃、初めてキスした。修学旅行の夜に、二人で非常階段であって、将来話しをしながら」

「小2の頃、いじめっこの男の子から、りっくんを守ったのはわたし。女子のリーダー格だったからバシッと言ってあげたの」

「りっくんのおばさんもとっても素敵な人だった。いつも優しくなあちゃんって呼んでくれて、お花買いに行くとおまけで可愛いお花をくれたり、花かんむりくれたり、大好きだった」

「小4年頃、りっくんに夏祭りに誘われて、二人で初めてデートして、ラムネ奢ってもらって、夜空の絵を二人で描いたの」

「中1のころ、先輩から告白されたのを伝えたら、すっごい拗ねられた」

 脈略のない話が続く中で、俺は、なんとなく秋名の花屋が潰れた話を思い出していた。



「りっくんのおばさんね、重い病気が見つかって、余命半年だったんだって」


「え?」

 どう反応すればいいのか分からなくて、ずっと黙っていた俺が思わず声を上げるエピソードだった。


「それが、別れた理由。私を振った理由なの」

 俺は、もうすっかり二人を会わせなきゃいけないと思いこんでいて、相沢から頼まれたことをすっかり忘れていた。

 だから、特に聞き出すために何もしていなかったから、すごく驚いた。

 そして、そのワードは、俺の身近では関わりのないことだったから、余計に驚いてしまって、言葉をどう紡げばいいか分からなかった。

「えっと、」

「それだけじゃないけど、それが一番大きくて、それで振ったというか、別れようって言ったんだと思うのりっくんは。全然、当時は理由教えてくれなかったけど」

「そんなことあるんだ。でも、なんで教えてくれなかったの?」

「どうしてかなあどうしてだろうね。でもね、それを知ってたら、今の私はここにいないよ、きっと」


 悲しそうに笑って、電車を降りようと進んでいく島崎が、今までで一番遠く感じた。

 


 みんなに好かれて、友達や恋人になりたいと求められて、毎日楽しそうな姿を色んなSNSで現れる人気者の島崎が、どこか偽りに感じた。


 きっと、この事をずっと彼女は疑問に感じて、後悔して、悩んで、ずっと抱えて生きてたんだろう。あの笑顔の楽しそうな島崎奈々子は、すごく表面的な一部だったんだ。

 俺は、彼女の言葉や表情を今日見るうちにそう思えて、こんなに彼女にこうやって連れてきたことは、彼女の何かを壊してしまうかもしれないと、急に怖くなった。






 あのカフェは、今度は、人物画の絵が5枚かけられていて、どれもすごく個性的な絵だった。

 そして、相変わらずパソコンで作業する女性と、カウンター席に一人、若そうな男性の後ろ姿が見えた。

「ん、しんちゃん?」

 先にお店に入って、店内を見渡した島崎がつぶやいた。

「あれ、いらっしゃいませ、」

 あのときいた店員さんの声とともに、カウンターの席に座っていた男が振り返る。それは、振り返るとよく見慣れた人だった。

「お、何してんのお前ら……」

「森井、なんで」

 そこに居たのは、森井先生だった。驚く俺らをよそに、島崎はスタスタと森井の隣に歩いていくので、俺も慌ててそれに続く。


「ん、俺は絵を回収にきたんだけど。なに、お前ら部活は?」

「ちょっと用があって」

「ふーん、「やっぱ彼女なの?」

「いやいや、大学の先輩だって。そんなことより、ほんと何しにきてんの? 部活までサボって」

 まるで友達のような、兄弟のやり取りに違和感を覚えながらも、俺も同じように島崎の隣に座った。

「別になんでもいいでしょ、先生には関係ありません。私、会いたい人が居て、あの単刀直入に言います。絵を見に来たりっくん、望月 理月と知り合いなんですか?」

 堂々と、はっきりと物怖じせず聞く、島崎は、電車とは全く雰囲気が違って、なにか決意と言うか強い意志を感じた。

「え、まじかよ。理月に会ったの? ここで」

「なに、信也も知り合いなの? 理月と」

 店員の女の人は、たしかに森井かその少し上くらいの、前髪をかき分けた髪がよく似合うカッコイイ洗練された大人の女性で、森井と島崎を不思議そうに見た。


 でも、俺のほうが不思議だった。なんで、

「ああ、俺、コイツの母親の店で昔バイトしてたから、だからコイツの彼氏だった理月にも会ったことあるんだよ。あ、これ、言うなよ早川。色々面倒だからさ。芽依、それより」

 それは俺に向けられた説明なのか、店員の女の人に向けられた説明なのか分からなかったけど、とりあえず頷いておいた。

「それより、教えてもらえませんか? りっくんのこと」

 真剣な瞳、切実な声。

彼女は、今も好きなんだ。そうその場に居た全員が感じるくらい、強い声だった。


「えっと、名前なんだっけ?」

「島崎 奈々子です」

「そっか奈々子ちゃんがね、理月は、うちの常連さんなの。彼が、絵を描いてるのを通ってもらううちに私も、知って、それで、理月にもたまに気に入った絵があると奈々子ちゃんみたいに飾らしてもらったりするんだけど。奈々子ちゃんと会ったあの日からはね、あんまり来てなくて」

 申し訳無さそうな声で言われると、すごく優しい人なんだなと感じる。


「そう、ですか」

 残念そうに俯く島崎。


「奈々子ちゃんと会った次の日来て以来会ってないかな。次の日来て、何時間もずっとそこで、一つの絵を見てたよ。校庭の若葉お生い茂った緑の絵。あなたの絵をずっと」

 そう言って、島崎の絵が飾られていた場所が一番良く見れるテーブルを指差した。


 なんとも言えない沈黙が数秒流れる。

 きっと、3人共想像したんだろう、ずっと絵を見る目て座る望月理月の姿を。


「あ、ごめ、ごめんなさい」

 本人も気づかないうちに流れてしまった零れ落ちるような島崎の涙は、なぜか綺麗だった。

ぽんぽんと隣りにいた森井が、軽く、優しい大きな手で島崎の頭をなでた。

「泣けよ、ちゃんと泣け」

 それに釣られるように泣き出した島崎。

肩を貸す森井と島崎は、生徒と教師には見えない信頼関係があるように見えた。


「もう大丈夫、ごめんなさい泣いてばっかっで」

「いいよ、別れたばっかの頃なんかもっとひどかっただろ」

 冗談ぽい口調で大げさに言う森井は、島崎のことをすごくよく知っているのかもしれない。俺は、こんなときなのに、そんな森井が羨ましく思えた。

「奈々子ちゃん、いっぱい泣いたら女は綺麗になるから、たくさん泣くのは良いことなんだよ、だから泣きたいときはね、たくさん泣かなきゃ」

と優しく笑う店員さんはティッシュの箱を渡した。

「はい、」

 そのティッシュを受け取る島崎は、ぐすんと鼻を噛んで、もう涙は止まっていた。


「奈々子ちゃん、理月に会いたい?」


 真っ直ぐ二人が見つめ合う。迷っているのか、怖いのか、島崎は店員さんから目をそらし、しばらく地面を見つめていたが、すっと顔を上げる。

「はい、会わなきゃいけないって。」

 力強い凛とした声で、島崎はありがとうございましたとティッシュを返した。

「よおし、それなら明日、またおいで。理月ね、今度、ここで水の企画展をするから、その絵を描いてきてくれるの明日の午後に。明日、きっとここに来るからおいで。ね」

「教えてくれてありがとうございます」

 ぺこりとお辞儀した島崎は、何を思ってるんだろう。

「早川も、一緒に来てくれてありがとう」

 彼女の目にもう迷いや、寂しさはないように見えた。純粋に、嬉しそうに屈託のない島崎の笑顔を見れたことがすごく、嬉しかったし安心した。

 俺は、途中から自身をなくしていたが、彼女のために良いことをしたんだと思えた。

「いや、俺は特に何も」

 スッキリした顔の島崎の笑顔をまともに島崎の顔を見るのが照れくさくなって、視線をそらす。

「ううん、早川がいなきゃ、ここに来れなかった。本当にありがとう」

「さてと、俺、そろそろ帰るわ。早川、家どっち?」

 急に立ち上がった森井が、俺に尋ねる。

「えっと俺は中野、」

「ふーんなら、一緒だな方面、車で来てるから二人送ってやるよ。乗ってけ。あ、その絵、二人でもってこい」

「やったあ、ラッキー」

「じゃあな、芽依」

「うん、またね」

 芽依さんと森井の関係は、相変わらず謎なままだったが、俺と島崎は、森井に言われたとおりに絵を持って、森井の車の後部座席に座った。


 車を走らせる森井は、相変わらず無愛想と言うか寡黙で、島崎に見せた優しさは嘘のように思えた。

 俺も俺で、島崎に何を言えば良いのか分からなくて、話せなかった。そして、島崎もじっと窓の外を眺めていた。

 森井がかけたFMラジオの音だけが聞こえていた。

「さき、島崎送って、つぎ、早川な」

「はい、」

「しま、……いや、奈々」

 わざと、森井は呼び名を変えた。

「ん? なに急に」

 本当は、そう奈々と呼んでいたんだろう。今は教師と生徒だけど、島崎と森井先生より奈々としんちゃんと呼び合う二人のほうが、今日の二人を見るとそっちのほうがしっくり来た。


「俺さ、お前の恋愛の話、わりとしてきて、経験談みたいなの偉そうに語ってきたけどじゃん。それで、お前と会ってない1年位に得た教訓があるんだけど、」

「なにそれ、どんな教訓?」

「言いたいこと言わないと伝わねえから、相手には。思ってないでちゃんと言えよっていう教訓」

「言いたいことか、」

「後悔するから、大人になって。早川も、覚えとけよ。ちゃんと言わなくて俺はここ1年くらいずっと後悔させられてる」

 森井は俺にとって、先生だった。でも、今日の、今の時間の森井は、ちょっとした兄貴分と言うか、先生には見えなかった。


 きっと島崎と森井はずっと、兄弟のような、友達のような感じだったんだろう。だから、島崎を慰める森井は、すごく自然で、スマートだった。


「私も後悔してるよ、しんちゃん。あのとき、なんで泣いて別れたくないって縋らなかったんだって、忘れるためにすぐ彼氏作ってさ。りっくんを置き去りにしたの」

 何を見て、何を考えながら島崎がそう言ってるのか、俺にはわかるようで分からなかった。

「お前のせいでも、理月のせいでもないよ。こういうことはさ」

 不覚にもラジオから聞こえるのは、世界にあふれる愛の形を叫ぶ歌だった。数年前のヒットした懐かしい曲だった。

 

 でも、男性ヴォーカルが叫びながら、愛と呼ぶのはなにか叫ぶポップな元気になるようなラブソングが、今は、どこかすごく悲しく聞こえた。

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