第3話 世界で一番好きな人
「寛太、ここどう解くの?」
中間前の放課後、部活が休みになり、俺と水川は学校近くのスタバでテスト勉強をしていた。水川は、英語が得意で英語を、俺は数学を教え合うことにしていた。
お昼ご飯を食べて以来、俺と水川は毎日LINEをして、たまに相沢たちとご飯を食べ、少しずつ、確実に仲良くなっていた。
「ここは、こう解けば良いんだよ」
水川といる時間は、まさに優しい時間だった。
性格もどちらかといえば、真面目同士な俺たちはとても気があった。本や映画、そういうのも好きなのが似ていて、話しやすかった。
それと、やはり島崎と本当に仲いいだけあって、島崎のように優しくて気配りのできるタイプで、俺が話に困っているときには少し話の観点を変え、返しにくいLINEは送られてきたことがなかった。
そして、とっても真面目でしっかりしていて、サッカー部や園田、相沢と一緒に勉強すると勉強にならなかったと思うが、水川から一緒に勉強しようと言われたときは、素直に頷けた。実際、この2時間お互いのわからないところは質問しあいながら、勉強は着実に進んでいた。
「ちょっと休憩しよう、水川もいる?」
小腹がすいたので自分の分のクッキーを買うついでに、もう一枚、一応水川の分のクッキーを買てきて、席に戻ってきた。
「いる! これ美味しいよね。ちょうど甘いもの食べたかった私も」
「良かった。はいどーぞ、」
「ありがとう」
お手拭きを一枚、水川に渡す。
マカデミアンナッツが入ったクッキーは、歯ごたえと甘すぎない甘さがあって、俺が好きだった。
「いくらだっけ?」
「いいよこれくらい、奢らせてよ」
こういうことを言ってみるといいと言われた秋名の恋愛マニュアルに従ってみると、水川は可愛い笑顔でありがとうと言ってくれた。そして、今度は私がおごるねと言ってくれて、俺まで嬉しい気持ちになった。
秋名の言う通り、彼女のようなタイプが俺に似合う彼女像なのかもしれない。
「……ちなみになんだけど、寛太は、一生忘れられないくらい人を好きになったことある?」
たまに水川は、こういう唐突な質問をした。
「えっと、……無いかな」
それは、音楽の授業でしか一緒にならないし、授業中に席も近くない接点の少ない俺達がお互いを知るためには、丁度良い距離感の質問に思えた。そして、こういう風に、ちなみにとか、そういう何気ない感じの雰囲気をだせる彼女の優しさは、丁度良かった。
「なさそう。去るもの追わず感あるし」
「なにそれ」
可笑しい感じの雰囲気になり、二人で笑い、和やかな雰囲気が流れる。
「私もないなあ、でもそういう恋愛してみたいなとは思うし、そういうのに憧れるんけどね」
「まず、そんな人に出会えるのってどのくらいの確率なんだだろうね」
俺は、心からそう思えるようなそんな人にこれから先、出会えると思えなかった。
このまま平凡に生きて、平凡な大人になっていく、いやそうなるのが一番ベストだと思っていたからこそ、そう思えた。
「島崎みたいに恋愛に頑張れる人なら出会えるのかな」
「なこはそういう人じゃないと、そもそも付き合ったりしないよ」
にこっとハッキリ言い、島崎と水川の信頼度が伺えた。そして、島崎の彼氏になることのハードルを余計に感じせられた。
「そいや、島崎の元々カレはお花屋さんの人って聞いたけど、同中?」
「……そうだけど、そんなのどこで聞いたの?」
水川はちょっと俺を不安げな顔で見た。俺はまたやってしまったことに気づく。いい感じになってきた相手に、他の女の子の話題を出すのは良くないって秋名に言われていたのに。
「あ、誰だっけ、忘れたけど、そんな島崎にいつもは興味ないから。えっとまあ、単に思い出したから聞いてみただけ、全然いいよ答えなくて。」
俺は全力で、島崎に興味ない感じを出した。
情けなかった。こんな風に自分からは直接、島崎には聞けないから、友達から聞こうとするなんて、自分が情けなく感じた。
「あ、ただね、2年くらい前の話だから話題に出たことにビックリして。そう、お花屋さんやってる、望月って人と付き合ってて、私もなこもその時クラスも一緒だったけど、もうなこにとってはだいぶ前の元カレだよ。懐かしいなあ」
「仲良かったんだ? 水川も」
「うーん、そうでもないかなあ。単になこの彼氏だから話はしたけど、けっこうクールな人っていうかあんまり女子と話すタイプじゃないから」
それは俺に気を使ってではなく、ホントの事のようだった。
「そうなんだ」
なんとなく会話が終わる雰囲気になり、俺達はまた勉強し始める。
時々、顔にあたる短い髪を耳にかけながら勉強する水川は、真面目でしっかりしている。そんな子のほうが、自分には合うだろうし、実際一緒にいて居やすかった。
俺は、前向きに真剣に考えて、行動していくべきなのかもしれない。
日が暮れ、暗くなりつつある夕暮れの街を、駅を目指しながら、俺と水川は並んで歩いた。
「あのさ、さっき、話題に出た、なこの元カレの望月の話なんだけど。なこの前では、話さないようにしてもらってもいいかな?」
「え?」
「あんまり、良い思い出じゃないと思うの、なこにとって。本人じゃないし、なこ、そう思ってないかもしれないけど、心配だからさ」
「……分かった。全然、水川がそう言うなら、気をつけるよ」
良い思い出じゃないって言われて、思い当たるのは別れ方がよくないってことかなとすぐ、頭の中で置き換えてしまった。
あんなに人気のあって、色んな人から好かれる島崎を振る男なんて、いたんだ。俺が知っている今までの彼氏とは、全部島崎が振って別れていた気がする。
「ありがとう。でも、そんな変なことがあったわけじゃないよもちろん、ただその付き合ってた期間も一番長かったから、」
「分かった。俺も島崎の友達だし、嫌がるようなことはしたくないよ」
そう言いつつも、俺は余計にどんな人か気になった。
けれど、それを言う気も聞く勇気も持てなかった。第一、どうやってそんな話題をだしたらいいのかも分からない。
駅で、違う方向に乗る水川を見送りながら、俺は、あんなにちゃんとした人に、こんな俺が好かれるのがよく分からなくなった。
聞きたいことを人の顔色をうかがって聞けなくて、言いたいことが言えない。
人の意見に左右されて、自分に自信がない、こんなコンプレックスばかりで、何がいいんだろう。
中学の自分と違って、見た目というか雰囲気が少し変わっただけの俺は、何が成長して、何が欲しいんだろう。
そんな事を考えていたそんな夜に、島崎からLINEがきた。
中間テストの二日目のテストが終わり、あと一日でテストが終わりで、ほぼ終わりだど騒ぐクラスメイト。開放感でいっぱいだった。
ホームルームが終わり、みんなが勢いよく教室から出ていく。
「あれ、寛太、帰らないの?」
「あ、いや帰るよ」
「ふーん、恵那と?」
少し教室でぼーっとしている俺を目ざとく見つけたかのごとく、話しかけてきたのはテスト中だからか、おしゃれメガネのような普段してないメガネをかけた園田だった。
恵那という言葉は、少し刺々しく聞こえた。
「いや帰らないよ水川とは、俺、他に約束あるから」
今日は、島崎の絵を見に行く約束が会った。それは、あまり言っちゃいけない約束で、だからもちろん、園田には言えなかった。
これ以上突っ込まれても、どう答えればいいか術を持っていない俺は、席を立ち上がった。
「ふうーん。まだ明日もテストなのに約束なの?
明日数学だから、寛太に教えてもらおうと思ったのに。ね、わかんないことがあったらLINEで、聞いていい?」
少し拗ねたような口調で言う園田は、珍しかった。
「いいけど、答えるの遅くなったらごめん「おーい、カンティー帰ろうぜいっ」
ひょこっと教室のドアから顔を出したのは、相沢と島崎だった。
「あれ、なこりょうじゃん。約束ってこのカップルと?」
「うん、3人であそぶのー。ね、」
えへへと顔を見合わせて笑う、なこりょうカップルは和やかだった。
「いいなあ。ね、涼、私も行っちゃだめ?涼」
あえて、相沢に聞くのは何なんだろう。
「え? あ、でも来ても全然楽しくないと思うよ、もえち」
「なにそれ、二人といても寛太が仲間はずれみたいで可哀想だし、私もついてくよ。そのほうがよくない?」
相沢は、明らかにキョロキョロと俺と島崎を見る。どうする?という目線だ。
「今日のこと、SNSに書かないなら良いよ。今日行くとこ、あんまり人に知られたくないからさ」
それでもいい?と島崎が優しく聞いた。
「なにそれ、全然いいけど。どこいくの?」
「うん? まあ言っても絵を見に行くだけだけど、その場所に迷惑かかるからあんま人に言えないだけ」
補足するように相沢が言って、俺達は4人で行くことになってしまった。
あの絵を見に行くことを楽しみにしていた俺は、少し残念に思えた。また、あの帰り道みたいなことになるのは、なんだか水川にも悪い気がした。
そのことを察したのか、島崎の絵を気に入って飾られることになった森井の知り合いのカフェまでの道のりの俺の隣は、園田ではなく相沢だった。
「え、すごいじゃん、なこ! なんで黙ってたの」
「私、美術部じゃないし、美術部のSNSで宣伝されてるよ」
森井の知り合いのカフェで5日間だけ、森井が選んだ美術部員の数枚の絵と、島崎とあと3年でも美術部ではないが絵が上手い人の絵を飾っているらしい。
島崎の絵は単なるおまけと本人は言って、LINEで誘われたときもあまり人に言わないでと注意されていた。美術部の行事を邪魔したくないらしい。
だから、絵のことは水川にも後日報告するらしく、彼氏である相沢と絵を褒めてくれて見たいと言っていた俺と三人で行こうという話だった。
「全然知らなかったあ、でもさ、別に美術部の人もなこ達の絵のこと森井から言われてるなら、なこも宣伝したほううが良くない?」
俺は、その意見はなにか違うと思った。
でも、それを上手く伝える方法がわからず、黙っていると相沢が口を開いた。
「まあまあ、美術部の行事に参加させてもらってるし、特に奈々子が宣伝するのもいらん気遣いっしょ。あくまでも身内だけでやってるからって森井にも言われたしさ。別にいいんじゃんそんなことさ」
なっなんて明るく笑い飛ばして、俺もそれに同調するように頷いた。
島崎が宣伝すれば、人は集まるだろうし、色んな人が見に来てくれるかもしれない。でも、それを望んでない人もいるということは、俺でもよく分かった。
島崎の絵がメインじゃないから、島崎の声で言ってみようという人は、きっと絵に興味がある人ばかりではないと思う。そんなことで人にたくさん来てもらう必要は、美術部員としても、森井にもさらさらないのだろう。
もちろん、島崎の絵が飾られていることは、どこかで知られてしまうかもしれないが、そのときまで例年通りでやりたい気持ちがあるんだろう。しかも、5日間だけなら、そうなったとしてもほとんどが、来る機会のないだろう。
「別に人に注目されることが、良いことばかりじゃないよきっと」
俺は、そういう気遣いができる島崎をちゃんと守りたくて、相沢に続くように彼女を擁護した。
「ふーん、友達として宣伝したかったのに残念」
こういう行動的な姿勢も自分の意見をちゃんと自信を持って言える園田は、すごいし、俺とは違う。
「ごめんね、ありがとね萌香」
まだ納得してなさそうだったけど、これで宣伝することはないだろう。
俺たち3人は、きっとこのとき同じ気持ちだったと思う。
絵が飾れているカフェは、渋谷と表参道の間にあるビルの裏手にあるようなカフェだけど、喧騒から離れて清潔感がある小さなカフェだった。
打ちっぱなしのコンクリートの壁に5枚の絵が並んで飾られていて、奥の二人がけの席に、20代くらいの女の人が一人だけだった。その女の人は、コーヒーを飲みながら、パソコンと向きあってなにやら作業をしているようだった。
俺たちの制服を見て、店員の女の人が優しい笑顔で、いらっしゃいませと声をかけてくれ、好きに絵を見て帰ってねといいながら、メニューを見せてくれた。
真ん中の席に俺、相沢が並んで座り、ちょうど島崎の絵を背にした、俺たちの反対側に島崎達が座った。
島崎の絵はとても綺麗だった。
いくつもの緑で表現された新緑の木々、そして、眩しい光が差し込んだ青い空。
あの教室で見える景色をそのまま、切り取った絵は、すごく繊細で色鮮やかだった。
「すげえ、いい絵だな、やっぱり」
「あの時よりね、青空がまだ完成してなかったけど、無事完成しました」
「ほんと、奈々子、いい絵だなあ。すげえよまじ、見に来てよかった。俺、この絵すきだな」
5枚飾られた絵はどれもきれいな風景画だったけど、俺も島崎の絵が一番好きだなと思った。
それは、相沢や園田がいる前で、本人には言えるはずもなかったけど。
「なこの絵、すごい上手!! こんなに上手ならたしかに飾られるねすごいもん。全然美術部入れるよ。」
「ありがとう、何か食べよう、私お腹すいっちゃった」
照れくさそうな島崎は、とっても嬉しそうだった。そして、俺たちはそれぞれ、オムライスやサンドイッチを頼み、相沢と園田が中心となって話す話に、笑い、楽しい時間を過ごしていた。
十分に楽しかったけど、俺は絵のことをもっと島崎に本当は聞いてみたかった。
いつから絵が好きなのか、どんな絵が好きなのか、本当はそういう話をしたかった。俺は、もっと知りたかった島崎のことを。
「いらっしゃいませ」
そんな風に思っていると、一人の高校生くらい見える、黒のTシャツを着た男が入ってきた。
「今回、高校生の絵なんだっけ?」
常連なのか、仲良さそうに女の店員さんと話しながら、こっちへ向かってくる。
「そうそう、知り合いの「……りっくん?」
ガタン、と音がして島崎が立ち上がり、今にも消えてしまいそうな弱々しい声で名前を呼んで、その男をじっと見ていた。
「……なん、で、」
その声に呆然とした顔で、男も島崎を見ていた。
「なんではこっちだよ、」
さっきまで、相沢の冗談に楽しそうに笑っていた島崎は、どこにも居なかった。
いつ泣いても変じゃないくらい、弱々しくて、悲しそうな声で、いつもの島崎からは想像もつかない表情だった。
「ごめん、俺」
男はゆっくりと、申し訳無さそうに島崎に歩み寄る。
「、……ごめんて、なんでそんなこと言うの、」
もう堪えきれない、小さい子みたいに泣き始めた島崎を見て、その男は、困っていたし、島崎の前に立って向き合いながら、何をすべきか悩んでいるようだった。
「……俺、自信なかったんだ。それに、俺、守れないの嫌だったんだ」
泣きじゃくる島崎と困っている男は、男が島崎に手を伸ばそうとしてはやめて、どうしたら良いか分からず困ったように男は、伸ばした手で自分の髪を掻いた。それはなんだかわからないけど、映画のワンシーンを見ているみたいな、自分たちとは別世界に思えた。
そんな風に蚊帳の外というか、別世界に感じたの俺だけじゃなくて、園田も、もちろん相沢も同じだったらしく、俺達は固まったように動けなくて、ただただそんな二人を見ていた。
「大丈夫? 理月、その子と中で話す?」
そんな世界を破ったのは、そっと近づいてきた、店員さんだった。二人だけじゃなくて、俺たちを見ながら、優しい落ち着いた声をかけてくれた。
別世界に思えた空気が、交わって、空気の温度が変わってこのよくわからない状況が、急に現実味を帯び始める。
「大丈夫です。ごめんなさい、急に。みんなもごめんね、大丈夫だから」
泣いていた島崎はその店員さんの声で、涙を拭って切り替えるように、こちらを、いや相沢をチラリと見た。
「なな、俺、なんて言えばいいか、」
困っていた男は、まだこの状況に困っている迷っているような自信なさげな声のままだった。
「ううん、そういう大丈夫。ごめんね、取り乱して、もう終わったことなのに……涼、ごめんね私、今度説明するから帰るね、今日は。」
「なな、大丈夫? 俺送ろうか?」
相沢も慌てて席を立ちあがる。自分のリュックを持った島崎は、席から去ろうとして向きを変えると、すっとその手を掴んだのは、りっくんと呼ばれる男だった。
「奈々、俺、ずっと会いたかったよ。……また、会えてよかった。元気でな」
迷いのない口調でそう言って、すっと手を話すと先にお店から出ていってしまった。
嵐が去っていたというのは、こういう事なのかもしれない、俺達4人は呆然として起きたことを飲み込めずにいた。
「……、バカみたいだね。なにやってんだろ。ごめんね、涼、二人も。悪いけど、先一人で帰らせて」
くるりと振り返って、俺と園田に弱々しく謝った島崎は、千円札を3枚をテーブルに置いた。そして、じゃあねと帰っていくのを、誰も止められる雰囲気ではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます