第2話 オトモダチ

 朝、俺はだいたい決まった時間の電車にのり、そこで会ったサッカー部の奴らと学校へ向かうことが俺の日常だった。が、今日はそんな日常とは違った。


「おっは、かーんってぃー、ちょいちょい」

 珍しく遅刻ギリギリでなかったらしい寝癖をつけたまんまの相沢が、俺を見つけたらしく、後ろから声をかけてきた。

「おはよ、なに朝から」

「きのう、俺気づいたんだけど、俺っていうか、奈々子が気づいたというか。

実は、苦手だろ? ……もえちのこと」

 俺にしか聞こえないくらい小さい声で、俺が思っていて、誰にも気付かれないようにしていたことを当てられてしまい、俺は思わずたじろいだ。

 気まずさから少し足の歩幅を早めるが、俺より背の高い相沢は何にもわかってないニヤニヤした顔をして俺にさっと追いつき、ついてきた。


「ギクッとしちゃたねえカンティー」

「……悪いかよ」

 俺は訂正するのも諦め、素直に肯定することにした。意外と勘のいいというか、人付き合いに慣れている相沢はこういうところに目ざとく、ごまかしても無駄だと思った。

「まあ、昨日のあの感じを見ると分かっちゃうし、うーん俺もぐいぐいっと来られると困ること逆にあるからわかるし。うんうんそれに、俺もTHE友達でいたいタイプだからよーく分かるな、うん」

「なんでなんか楽しそうなわけ」

 終始ニヤついている相沢を睨んだ。が、本人は上機嫌に話し続ける。

「いや、そんでさ昨日、二人と別れたあと奈々子とラーメン屋でその話になってさ、で、俺らもよく考えてさ。カンティーいいヤツだしさ、カノジョ作るなら納得して作って欲しいわけ。このままだとカンティー、よゆーで、もえちに押し負けそうだし、だから、逆に俺らの押しどう?っていう」

「ちょっとまった、話がぜんっぜんついけない。どゆこと?」

「んー、だからもっといいカノジョ候補を提案したいって話よ。友達として」

「はあ?」

「大丈夫、心配すんな。俺も奈々子も知り合い中から激選して、かつ、むこうカンティーかっこいいて言ってたし。だからお昼とりあえず一緒に食べよう!」

「どうして、」

「カンティーに可愛い女の子、紹介したいからに決まってんじゃん! カンティーもポジティブに考えろよお。これでもえちの攻撃も止むかもだろ?」

 たしかにそれはぜひともそうして欲しかった。


 昨日の帰りの待ち伏せも、正直、他のサッカー部連中と帰れず、俺はモヤモヤしていた。

 昨日バッタリでくわしたというか、待ち伏せをされるまでは、良かった。それから、流れで4人で帰る雰囲気になり、そうなると俺のペアになるのは園田に違いなかった。そして、園田が、駅までの15分間、ずっと俺の恋愛の話を追求され、そんな話せるような話がない俺にとってそれをどうにか避けることが、とても大変だった。

 それと、前を歩く島崎と相沢の二人が仲良く歩いてる姿が、俺もこれをやれと言われているようでそれが特に嫌だった。

「まあお昼食べるくらいなら。ただ、その子とあんまり合わなくても知らないからな」

 昨日のことが、俺にとっては大ダメージだった。告白や好き的なことを言われてないし、友達として冷たくするわけには行かず、もう少しどうにかならないかと思っていたときに、どうにかなるならそれを試してどうにかしたかった。

「よっし、じゃあ奈々子にもゆっとくわ」

 ほんとは奈々って呼んでるくせに。俺を含めた友達の前では、奈々子と呼ぶ相沢は、ほんとに彼氏彼女の付き合っている姿らしくてそれを爽やかにできる相沢が、俺は少し羨ましくなった。




 2限目の終わり、LINEをみれば、相沢から講堂前集合と楽しみだなときていて、はいはいとめんどくさそうな顔のクマのスタンプを返した。

 お昼休みを告げるチャイムが鳴って、楽しそうにわいわいと席の周りのやつらと話す島崎におれは、声をかけた。

「島崎、行く?」

 すると、島崎は大きな目をまんまるくして、一瞬驚き、そして昨日と同じようにふわりと笑った。

「うん、涼のとこだよね、行くいく、じゃね」

 席の近くにいる友だちに声をかけ、おしゃれなカフェの名前が入ったキャンパス地のお弁当が入っているらしい小さいバックを取り、一緒に教室をでる。そのとき少し、クラス中から視線を感じ、あ、と俺は先程の島崎の表情を思い出した。

 今まで、俺と島崎は二人で行動するような仲ではなくて、クラスに入れば仲の良い友達グループの一人として話すことはあったが、お互い他の同性の友達達と食べるお昼が多く、俺の場合早弁することもあり、一緒に食べることもなかった。

 注目を下手に集めるとろくなことがないことは、去年一年で得た知識だったのに。俺は、島崎に悪いことをしてしまったかもしれない。別々に行けばよかったのに、いやでも、同じクラスで誘わないのも変かと悶々と考えてしまう。


「……心配?」

「え?」

「ほら、涼きっと面白半分な感じで誘ったでしょ。でもね、あれでも心配してるの。もちろん私も。押しに弱そうだからさ早川」

「……そんな押しに弱そうって。そんな心配、しなくていいよ。一応、俺も彼女欲しいなとは思ってるけど、その理想が高いからか、あんまり付き合いたい子いなくて困ってたし。だからウェルカムっていうのも変だけど、ありがたいよふつーに」

 教室をでて、変なことに悩んで話さない俺が、お昼を食べることを不安に思っていると気遣ってくれたらしい。

 その俺の言葉は、本当にそうで、せっかく高校デビューをして周りの友達のタイプも変わって、俺だって可愛いと思えて、周りからも可愛いと思われる彼女が欲しかっった。

 でも、園田はたしか周りから可愛い、いい女と思われそうなタイプだけど、俺にとっては、友達でしかなかったし、友達としか思えなかった。

「そっか、ならよかったよかった」

 安心したように島崎が笑った。俺もその笑顔を見て、誤解させないで伝えられたことに嬉しくなる。


「……そーいやさ、あの絵、完成したの?」

「絵?」

 真剣にあの絵を描く昨日の島崎はとても印象的で、頭の隅からその残像が消えなくて、島崎を見るたびあの絵を思い出していた。

「ああ、うん。ほんとは昨日までの課題だから。ちゃんと完成させたよ」

 いえいっと明るく楽しそうに笑う彼女は、キラキラして見えた。

 彼女が見る世界は、どんな世界なんだろう。ふと、そんな事を思ってしまう。


 友達もたくさんいて、絵やバスケ、自分の好きなことをちゃんと上手くいくように努力して実らせる才能があって。欲しい物を手に入れて、まさに充実感のあるように見える島崎の世界は、俺とは違う色の世界なんだろう。


「今度さ、見してよ完成版」

 人の絵に、こんなに執着したのは初めてだったけれど、それは島崎だからかもしれない。


「……いいけど、そんな大した絵じゃないよ。それでもよければ今度の授業のとき、写真撮ってみせるね」

「いい絵だと思うよ。俺、絵なんてわからないけど、素直にキレイて思えるてすごいと思うんだ」

 今まで俺達は、他愛のない雰囲気で楽しそうに話しながら並んで歩いていたのに、一瞬、島崎の足がとまり、少しだけ歩幅がずれる。


「ほんと、優しいね、早川。照れるような褒め言葉言わないでよー」

 ニコッと微笑んでいるようで、島崎は、ほんとに笑っている瞳とはなにか違う目をしていた。そして、元の間隔にすぐ戻る。

「ごめんごめん、でも、ほんとに、すごくて、」

 なにかズレたことを言っている気がして、俺は何も言えなくなる。

「あっもういる二人ね。ほら急いで、行こ!」


 そんな一瞬に流れたおかしな雰囲気は、風のように去って、いつも教室でみる島崎の笑顔につられ俺達は一緒に駆け足で、相沢達がいるベンチへ向かった。

 何かがおかしかった気がしたけれど、変な言葉も言ったつもりのない俺は、感じた違和感をなかったことにした。




 ニヤニヤの相沢と一緒にいたのは、島崎と同じバスケ部で、同じ中学の水川 恵那だった。

「さてさて、食べようか皆のもの」

 相沢がそう言いながら一番手前のベンチに腰を掛ける。

 2つのベンチに相沢、島崎、水川、俺の順で座り、各自のお昼を広げ始め、いただきますなんて言いながら、和やかなムードで食べはじめた。

 講堂の前のベンチには、人気が少なく、職員室に近いこともあってあまりいつも人がいなかった。俺はその事に安心し、そういうことに対しても相沢と島崎が気を使ってくれたのかもしれない。

「あれ、カンティーまたピーナッツバターサンド? ほんと、好きだねそれ」

「悪いかよ」

「いやいや一年のときからそればっか食べてて、よく飽きないなあって」

「お前だって、メロンパンとクリームパンばっか食べてるだろ」

「よくご存知で。俺ら、甘党パンめんだもんな」

 一年の頃、一緒に購買に行って買うものはだいだい同じで、俺と相沢はよくお互い笑ってからかいあった。


「え、甘党なの、早川も。へええ、なんかちょっとギャップ萌えかも」

 島崎は、俺の顔を見て意外そうに言う。何がギャップなのか分からない俺は聞き返した。

「え、そうなの?」

「うんなんか、早川ってわりとしっかりしてるしさ。なんんか甘いものよりきちんとしたものを食べてそうっていうか。ね、恵那もそう思わない?」

「うん、でもよく甘い系のパン持ってるからあんまりそう思わないかも、音楽の時間のとき、よく持ってるよね?」

「ああ、ちょうど買いに行くからね。売店近いし」

 水川と俺達は隣のクラスで、選択授業の音楽が俺と水川は一緒だった。でも、今まで、一度も話したこともなくて、好印象に思ってくれてるとは思わなかった。

 水川と島崎は家から持ってきたお弁当を食べている。島崎のお弁当箱は、くまの形をしていて、俺はおしゃれな島崎っぽくない小さい子供みたいな食べ方をしている事に、軽く笑ってしまった。

「なに、早川」

「いや、なんか可愛いお弁当だなって。ギャップあるね」

 俺の視線に気づいたのか、島崎に聞かれ、俺は思わずからかってしまった。

赤いくまのの耳の形が先端にある細長いお弁当箱を、少しずつ食べる島崎はとても女の子らしかった。

「なこ、動物が好きだもんね。相沢、動物園よくデートで行かされてるよね」

「行かされてます。こないだ上野いった」

「可愛かったよ、ぐうたらパンダ。写真見る?」

「ぐうたらパンダ?」

「そう、タイミング悪くてずーっと仰向けで寝てて、ぜんぜん動かないパンダ」

 原宿や渋谷でデートしてそうなカップルが、家族連れともに動物園にいく姿は、なんだか想像したくなかった。


 でもほんとは、明るい二人でパンダパンダっとノリノリで走ったり、楽しそうに和気あいあいとしてる姿も、すバカップルのような感じがあって、すぐ簡単にイメージできた。

「でもあのぐうたらパンダ癒やされたよなあ、今度4人で行く?」

「いいね行こうよ、恵那も早川にも見せたい」

 島崎達と食べるお昼はなかなか楽しくて、心地よかった。というより、真ん中に座る、島崎がいることが大事だった。

 彼女の話題を聞いたり、彼女の知らなかった一面を知ることがとても興味深いし、単純に楽しくて。


 俺は、その意味に気づきつつあって、でも同時に気づきたくないと思いながらも、俺はこの時間を過ごした。








「かわいいね、なこなここ」

 地元の駅のマックで、俺は中学の同級生の秋名と一緒にポテトを食べながら、最近の話として、俺は島崎や水川と食べたお昼の話を話していた。

 俺のスマホで島崎のSNSを見て、SNSのユーザー名naconacocoからそう呼んだのだろう。

「うわあ、ていうか、インスタもおしゃれでいい感じ。友達や時折出てくる彼氏っぽいのも美男美女多い、充実してる感ありありな写真ばっかでいいなあー。ちなみに寛太に紹介した女はどれ?」

 渡されたスマホのSNS画面から、部活のメンバーが写ってる写真を見つけると、その写真の画面にして秋名に渡す。

「島崎のみぎ隣の子、髪がショートの」

「おお、かわいいかわいい。たしかに清楚感あって、寛太の隣にいたらほのぼの清純派カップルぽくなりそう」

「なんだよそれ」

 秋名は、俺に彼女ができないことを一番心配してくれている友達だと思う。


「おいおい真面目は卒業するって約束したじゃん。いいんだよそういうので。俺ら、そういうとこに来たんだからさ、楽しもうよ寛太くん」

 ズーっとコーラを飲む秋名は、俺と同じように教室の隅っこにいたタイプだった。俺と違って行動力があり、彼に誘われて俺もプチ高校デビューをした。

 秋名はホントにあの頃とは全然違っていて、メガネからコンタクトにして、少しダイエットもし、少し化粧もしているらしい。いわいるジェンダーレス男子ってやつになるんだよなんて言いながら、デビュー準備を一緒にした。


「……秋名は?」

「俺は順調だよ。みてみて可愛くない? 俺の美佳さん」

 俺は見せてこようとする写真を全力で無視する。

 見事にデビューを成功させ、自分の好きな服屋さんでアルバイトしている大学生の彼女を見事落とした強者でもあった。

「……」

「てか、俺さ、なんかなこなここ、どっかで見覚えあるんだよなあ。地元近い? おれらと」

「いや、確か、地元は学校の近くだから、荻窪とか、そのへん」

「ふぅーんそかなんだろ、普通にSNS系かなあ……」

 ほのぼのお昼!とあげられたストーリー見ながら、俺は、自分がどうするべきか決めかねていた。


 せっかく自分が求めてい彼女の理想のタイプに近そうな水川を紹介してもらったのに、俺はあんまり嬉しい気持ちが高くなかった。中学時代の自分なら、間違いなく、水川を紹介してもらえた状況だけでも嬉しかったし、間違いなくこれを機に自分からも少しでも積極的に行こうとしたかもしれない。

 でも、今は俺から何かに誘ったり、告白したりなんて、できる気もする気にもなれそうになかった。

「まあ、色々慎重にならずにさ軽く行こうよ、彼女いたほうが良いよ。ほんとに」

「そういうもん?」

「うん、世界が変わるっていうか、高校デビューなんてちょっとしたことを頑張っただけでも俺らのいる場所変わって、戸惑うこともあるよ。でも、それが確率されていく気がするし、自分のことも好きになれるっていうかさ。なんだろうな、とにかく良いよ。語彙力なさすぎだけど」

 本当に好きな人と好き合って、付き合える人はどれくらいいるんだろう。それができている秋名を俺はすごいなと今更思った。

「……考える、前向きに」

「いいね、とりあえず4人で遊びに行けば?」

「ああ、行く話出てるよ。相沢達くっつけるの乗り気だし……あれ、島崎?」

 窓の外に島崎っぽい女の姿が歩いていくのが見える。

「え、どれどれ」

 秋名も窓のほうに身を乗り出し、俺らは食い入るように窓の外をみたが、人混みもあり過ぎ去っていく島崎らしき人を島崎と判断することは難しかった。


「あ、やっぱ、俺なこなここ見覚えあるわ。中学の時の職業体験で、俺、花屋だったんだけどさ、あそこの息子の彼女だった女だ。いいなあこいつ同い年くらいで、すげえ可愛い子彼女なんだって思ったんだよね。でも、あれ、たしか、あの花屋って潰れたんだよな、それで一個下の代の教育実習の花屋変わったんだよなあ……」

「なんだそれ。秋名、それほんと?」

 まさかの繋がりと意味深なエピソード。

「いやゆうて2年前だし、それなりに覚えてるよ。店長、良い人でさ、俺らにアイス奢ってくれたり、お昼毎日焼肉弁当とか肉系のお弁当出してくれてさ」

「餌付けされてんじゃん。どんな人だったの?息子は」

「んー、なんかこう、かっこいいクールなかんじ? 雰囲気イケメンというかさ。二人すごい仲良さそうだったのに、別れたのかあ」

「ふーん。」

 俺には元カノは一人もいないけど、島崎は俺が、知ってるだけで相沢ともう2人いて、もう一人増えても不思議な話じゃなく、島崎らしい話だった。


 やっぱり、俺と島崎は、すこし住む場所が違うというか、考え方や価値観が遠い存在なんだなと思わされてしまうだけだった。

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