憧れの彼女の、儚い深い愛の世界の話、
@yuyuyuyu96
第1話 高校デビュー
5月17日放課後。
それは初めて、しっかりとキミを見た日だと思う。
「……島崎?」
放課後の誰も居ない美術室に居残っている女子生徒が、思いがけない人物で、思わず声に出してその名を呼んでしまった。
窓際で、丁寧に筆で一つ一つ絵に色を加えている島崎は、全く俺の声に反応しせず、声自体聞こえていない様子だった。ただただ、絵を見つめる眼差しは、すごく真剣で、いつも見る教室の真ん中で友達と笑う彼女とは、少し違う、大人の雰囲気というか、洗練さをいつもより感じた。
島崎 奈々子は、パッチリ大きな瞳の二重と笑顔が可愛い印象的な美少女で、クラスの、いや学年的にも中心的な存在だった。なこ、なあちゃんなんてみんなから呼ばれる、SNSのフォロワーも多いTHE・中心的タイプだった。彼女の周りにはいつも人が集まり、後輩や先輩にも人気のある学校のマウンティングのトップ層にいる存在だった。
だから、こんな美術室で真剣に絵を一人で黙々と描く姿は、俺の島崎のイメージとは全然違うように感じ、いつもとは違う彼女に惹かれ、島崎の絵を見に、そっと近づいた。
島崎の長い綺麗な髪の後ろから見えるその絵は、5月の新緑が印象的な、ここから見える校庭が描かれた水彩画だった。きれいな緑が細かく何色もの緑で表現され、とても色鮮やかに、細かく描かれていた。
「うま、」
それは、絵に詳しくない俺にでもわかるキレイな絵だった。5月の春が終わってゆく暖かさと暑さ、共に感じる照りつけるような強い日差し、そして、春から夏へ変わりゆく、緑の力強さみたいなものがしっかりと感じ取れた。
そして、幾度もなく重ねられた色が、絵に対する丁寧さと細やかさを感じる絵だった。
「え、あれ、……早川、どしたの」
思わず声に出してしまい、俺の声に反応して、くるっと振り返る島崎と一瞬距離が近くなり、俺は慌てて後退りするが、当の本人は驚きながらも俺の存在を確認するとふわりと可愛く笑っていた。
「いやえっと、ボールが、……飛んで行っちゃったんだよねそこの窓から」
改めて考えてみれば、遠くからの声にも気づかない様なすごく集中していた彼女を邪魔してしまったんじゃないかと急に申し訳なくなり、俺は気まずくて、持っていたサッカーボールをくるくると回した。
それに、いつも誰かと一緒にいる島崎と、二人っきりで話すのは、同じクラスになってから初めてかもしれなかった。
俺達の隣にある開けられた窓からは、集合と叫ぶサッカー部の練習の声かけが聞こえ、日が長くなった5月の日差しが差し込んでいた。
「ああ、ボールが。ごめんね、全然気づかなかった。そっかそっか、早川ってサッカー部だったよね。」
「そう、サッカー部の練習でちょっと遊んでたらさ、」
「ん、そっかあれ、……うわ、もうこんな時間なのっ。っやば」
島崎の視線が俺のもっと後方をみて、慌てて立ち上がり、持っていた筆を勢いよく水につけはじめ、洗い始めた。
16時45分。俺の後ろの方にある壁にかけられた時計の針がチクチクと動く音がにぎやかな校庭の声に紛れて聞こえた。
「お、やっと気づいたか、言っとくけどな、俺は声かけた。二回もちゃんと言ったからな。
って、あれ、早川なにしてんの」
振り向けば、美術の森井が、コーヒーと水が入っているペットボトルを右手に持って、教室に入ってきた。
「あ、そのボールが入っちゃって」
鋭い目つきの森井と目が合い、思わずたどたどしく答えた。
「ああ、あそこネットに切れ目あるもんな。次から気をつけろよ」
もともと鋭い目つきでぶっきらぼうな口調の森井は、怒っているからではなく教師として注意を少ししただけのようで、ほっと安心する。
「……すみません」
「せんせ、私、あと少しなんだけど、たっつんに30分には行くって言っちゃったから行ってもいい? これは、明日の朝、朝練ないから朝来て仕上げるから、だめ?」
「いいよ、俺、たっつんから怒られるのイヤだし。8時に開けとくから。ああ、それもそのままでいいよ。今日美術部ねえし」
「ほんとに!?ありがと!」
嬉しそうな島崎。たっつんとは、俺達の担任の田代で、バスケ部の顧問だった。よく豪快に笑い、怒るときは怒る、そんな教師らしいほどほどに熱血漢のある先生だった。年も俺らと近い若い先生で、生徒からはたっつんなんて呼ばれていた。
「あとほら、……これやるよ」
そう言って、いつもの仏頂面のまま持っていたペットボトルの水を島崎に向かって投げる。
「いいの? せんせいつも、ありがとう」
キレイにキャッチした島崎、よく見ればその水のメーカーを島崎がよく持っているのを見たことがあった。どこでも売られてないが、よくお洒落な店でみる水のメーカーだったと思う。
「部活で怒られても声かけても気づかない自分のせいだってちゃんと田代にはいえよ、……早川も部活中だろ、早くほら、もどれよ」
森井は去年クラス担任だったけど、ほとんどクラスには無頓着で、若いけど生徒と慣れ親しむ感じではないイメージだった。同期らしい田代とは、楽しげな感じで話している姿を見るが、他の先生達とはそんな姿見たことがなかった。だから、島崎とこんな風に接してるのが、不思議な気がした。
「はあーい、いこ、早川」
「ああ、うん」
リュックを持ってテキパキと荷物をまとめた島崎に言われ、俺も島崎に続いて教室を一緒にでた。
「島崎って絵、上手いんだな。びっくりしてさ、俺、ごめん、なんか変なときに声かけて」
二人きりで誰もいない放課後の廊下を歩くのも、もちろん初めてだった。俺は、みんなといるときの島崎しか知らない。だから、二人のときの島崎が、どんな感じなのか分からず、少し、緊張していた。
「ううん、早川に、声、かけてもらって良かった。私たまに夢中になると気づかないこと多いから、今日もそうでさ……だからホントに助かったの。
ほーんっと、ありがとね、じゃあごめん私、たっつんに怒られちゃうから先いくね、部活頑張って」
目立つ島崎を悪く言う人はあまり聞いたことがなかったけど、たしかに優しくて気さくなタイプだからなんだろう。少し茶色く見える長い髪をなびかせて手を降って、体育館に走って行く姿を見ながら、俺はそんなことを思った。
そして俺も、ボールを取りに行くのに時間かかりすぎてると思い、慌てて校庭に向かった。
「おそいよお、かんたあ」
アップも終わり、しっかり始まっていた練習に人知れずに戻ろうとしていたら、マネージャーの園田に気づかれてしまった。
「もしかして、森井に怒られた?」
クスクスとからかいながら上目遣いでみられる。
「いや、……島崎がいたからちょっと話して、それで、ごめん」
俺は、少し、園田が苦手だった。ハキハキとして自分がどんな存在かよくわかっていて、自分に対して信頼も自信があることが、俺とは違いすぎて、苦手だった。
「え、なこが? まだやってんの課題」
島崎と園田は同じ女子グループにいて、二人はよく部活帰りに一緒にいる様子を園田のSNSで見かけたことがある。だから、つい、島崎と話したのは少しだけだったけど、島崎と話したことにしとけば追求を逃れれるかもしれないと思い、島崎の名前を安易にだしてしまった。
だけど、課題を真剣に島崎がやっていることに、園田はなぜか呆れている様子だった。
「うん、明日もやるっていってたけど、とりあえず練習、俺戻るわ」
園田のそんな様子を追求するのは煩わしくて、俺は気づかないふりをして練習に戻った。
高校デビュー、大学デビューなんて言葉があるけど、それが上手くいくのは一握りの人間だと思う。
俺は、その一握りのラッキーなタイプの人間だった。
中学から高校に上がるとき、友達と一緒にちょっとした高校デビューをした。
メガネをコンタクトにして、クラスの女子にも優しく挨拶をするようにした。その2つを行うだけでも、俺は真面目グループなメガネ達のグループからクラスの中心的なわいわい盛り上がる中の良い男女グループに立ち位置が変わった。
元々身長は175センチあったこと(今はそれより高いが)や、ファッション雑誌でエディターの仕事をしている母親のおかげで見た目や持ち物には気を使わされていた。また、サッカー部の練習も、もともと真面目にやっていて、そこそこできる方で運動がまったくできなかったタイプでもないこともこのデビューが成功した事に大きく影響していると思う。
だけど、元々冗談が好きだったり、気さくで明るいタイプでもなかったため、俺はそんなクラスの中心的存在にいて、無茶振りをされたり面白いことを求められても慣れず、すべったり、最近はやっているお笑い芸人の言葉を口にしてみたり、試行錯誤しながらもなんとかこのポジションを守っていた。
そんなことに真剣に取り組んでいた俺は、彼女とかを作ったほうがいい、作りたいと思いながらも、中心的な園田みたいな女子を少し恐怖に感じ、興味を持てずにいた。
だけど、周りの本当の中心にいるような奴らは違った。高二にもなれば、周りにどんなやつがいるかも分かり、彼女もいるやつも増え、それが周りの当たり前に成りつつあった。
可もなく不可もなく話ができ、外見も悪くなく、勉強も運動もそこそこにできる中心メンバーとして、俺はそこそこモテる立場にいた。それなのに彼女作ったりしない俺に、周りが気を利かせてくれるようになった。そこで、最近彼氏と別れた園田と付き合わせようと、園田自身もその話にかんでいるのか分からなかったが、最近、二人はいい感じという状態にさせられているような雰囲気を度々感じた。もちろん、好意はありがたかったが、付き合う気にはサラサラ思えず、このことがちょっと嫌というか面倒だった。
園田はそのあと、俺に声をかけてくることはなかった。
「あれ、今日はよく会うね」
練習が終わり、倉庫のカギを返しに来ると、そこで島崎に会った。
島崎が持っていたのは、よく見る美術室のカギだった。
「え、美術室?」
たまに部活終わりにこうやってカギを返しにくるときに、他の部活の連中と会うことはよくあることだったけど、島崎に会ったのは初めてだった。
「忘れ物しちゃって、人から借りたものだから今日取りに行かないと不安で」
「……真面目なんだね島崎って」
「印象と違う?」
「まあ、なんていうかもっとこう、いい加減ていうかノリが強い感じかと思ってた」
「なーにそれ、私が男にだらしない魔性の女だから?」
そのままの言葉と違って、ニヤニヤに楽しそうに笑って俺をからかっている様だった。
魔性の女。
島崎には一つだけ、悪い、というか外聞が良くなさそうに聞こえてしまう話があった。
「ちがうちがう」
俺は慌てて強く少し、大きい声で否定した。
島崎はその外見や性格から、学年で間違いなく、一番モテる女だった。
いつもほとんど切れ目なくカッコイイとか周りが羨むような彼氏がいて、むしろ別れそうになる頃には、次のいい感じの男を作っていた。そんな事が2回ほどあり、そのこと悪くいう噂がたった事があった。けれど、そこには、もう一つ武勇伝のような噂がついてあった。
島崎は彼氏がいない時間がもったいないから次に備えている、常に好きな人がいないと寂しいしつまらない、自分は恋愛を楽しんで生きていきたいから、アンテナを高く持っているし、好きな人には、ちゃんと好かれる努力をしていると言い切ったらしい。
たしかに、島崎は好きな男にはハッキリ好きというタイプで、好かれるためにデートに誘ったり、美容や可愛くなることに対してもちゃんと努力をしているらしい。その何が悪いのという小悪魔的な清々しさは、なぜかさらに好感を持たれ、島崎自身も周りもこの事を笑いのネタにするようになっていた。
「なーんか、優しいよね早川って。モテるのわかるな。」
「っえ、いやいや」
「ふつうこの手の冗談を全力で否定なんてしないよ」
「おいこらそこ、仲良く喋ってないで、さっさと早く帰れえ」
田代のよく通る声が職員室に響く。
「はあい」
「はい、すみません」
二人でスタスタと職員室を去る。
「怒られちゃったね」
小さい子が悪いことして見つかっちゃったような、そんなことを言うように島崎が肩をすくめて言う。
二人で静かな、少し暗い廊下を歩き、少し沈黙が流れる。俺は、ずっと聞きたかった事があったことを思い出し、伺うようにそのことを口にした。
「答えたくないんいいんだけど、その、島崎は、男にだらしないとか、そういう風に言われて、辛くないの?」
それは、俺が一年のとき、違うクラスでその話を聞いて、今みたいなことになったときからずっと気になっていたことだった。
俺なら、噂に負けていたと思う。
少なくても、それを自虐のネタになんかできる気がしない。
カツンカツンと靴の音が響き、静かな廊下に、少し沈黙が流れる。
やっぱり聞かなかったことにしてと言おうと思ったときだった。
「やっぱり、早川、優しいね。思ってたよりずっと優しいね」
「いや、そんなことは」
「気にしないようにしてるから辛くないってかんじかなあ。それに、ほんとのことを自分の好きな人が知っててくれればいいの。
あとは、男関係で、中学の時から反感を買ったりもしたから、変な話、またかって感じもあるしね。
だから、早川も知って理解してくれると嬉しいな。いいなあと思った人を他の人に譲りたくないし、次の彼氏とのスパン短くなることもある。
だから、いい加減なことはしてるつもりも気持ちもないって」
本人の口から聞くと、それはすごく素直な、自分の感情や生き方からでた言葉だとわかる。そして、丁寧に言葉を選びながら話す島崎を見ると、モテる女の子は大変だなと思うし、そのことに対して強くあろうとする姿は、かっこよかった。
「ま、こんな風に言って、単に惚れっぽいだけなんだけど」
照れくさそうな島崎は、とてもかわいく見えた。
「どんな人がタイプなの?」
自然と口にしていた。
「んータイプか。そうだなあ、諦めの悪いというか負けず嫌いな人かな」
「え?」
「甘やかさない人がいいの、だから、負けず嫌いな人?」
「……そんな感じなの?、相沢って」
俺の相沢のイメージは、それこそどちらかといえば、イメケンだけどいい加減さがあるな男だった。よく靴下を左右履き間違えたり、遅刻ギリギリで登校する常習犯で、授業中は悪ふざけをしているか、寝ているか、といったような感じだったけど、お昼休みや放課後にイケメンで面白い相沢は人気があって、女の子とよく一緒にいる姿をみたし、来る者拒まずで、彼女も3人くらいコロコロと変わっていた気がした。
でも、ルーズなわりに、人たらしの優しい男で、わりと俺も落ち着いて話ができるタイプだった。
だから、バレンタインのときに、学年一のモテ女、島崎に告白すると言われたときはびっくりしたけど、正直、美男美女で、見た目的にはとてもお似合いだとも思った。
そして、二人が付き合って、それを今も応援していたけど、いまの話を聞くと、島崎の好きなタイプと相沢は少し違うんじゃないかと心配になっていた。
「わたしね、3回告白されたの」
「え?」
「涼にね、3回告白されたの。あきらめ、悪くない? これ、本人のために秘密にしてね」
あの相沢が?
教室で、いつもバカバカしい話をして、笑いあった相沢が、そんな事をしているとは知らなかった。
てっきり、バレンタインの時が初めてだと思っていた。二回振られても、島崎にこだわる姿は、意外だった。
「初めてはいつだったの?」
階段を降りながら、半歩先を歩く島崎に問いかける。
「初めては、入学してから一週間してくらいかなあ。私、中学の頃の彼氏と付き合ってたし、そんなに涼のことも知らなかったから断ったの」
入学当時、一番可愛いと評判だった島崎には、彼氏がいることもすぐ広まって、相沢だって知っていたのに、どうして告白なんてしたんだろう。
自分に過信しているタイプにも見えないし、彼氏がいる人に告白できる勇気や思いがあるのがびっくりした。
俺には、できない行動だと思った。俺は、入学した当時、自分が地味なグループにいかないために、根暗なことや真面目なことをを隠すのに必死だった。
「どんなふうに断ったの?」
「ふつうに。よく知らないし、彼氏もいてその人が好きだからって」
「そっか、そうなるよね。ちなみに、二度目は?」
「二度目は、……あれ、「あ、奈々子、カンティー、おっせーよ」
階段を降りてすぐ曲がったところの昇降口に、ラケットバックの上にひじを置いてスマホをいじる相沢と園田が立っていた。
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