Episode10/起因
瑠奈はしなやかに建物から建物へと飛び移っていく。僕はへなへなした微妙な飛行になりながらも、きちんと瑠奈のあとを追った。
南へ、南へ。なんの宛もなく南へとただひたすらに突き進む。
空からこうやって町並みを見下ろすと、地上にいてはわからなかった現実との大きな違いがハッキリと把握できる。
現実の自宅の近所は、ほとんどマンションやアパートしかないベッドタウン。近場にはコンビニくらいしかない辺鄙なところ。が、しかし、夢の世界は現実とは違っていた。
なぜか高速道路の入口が近所にあったり、一般車の三倍はあるほどの大きな車が売られている巨大な車屋があったりしている。裏山……といえるのかは定かでないが、現実では小さな山があった所には、なにやら遊園地らしき施設が存在していた。
「で? まだ目覚めないって明らかにおかしいよね、砂風? あの初めて空を飛ぶのに成功した日、なにか現実で病で床に伏したりしていたの?」
ようやく飛行に慣れてきて瑠奈に追い付く。建物から建物に飛び移りながらも、瑠奈は僕に疑問を投げ掛けた。
「いや……普段どおり健康体だったよ? たまたま幽体離脱に成功したからマンションから飛んでみただけだけど……」
「んー……あのさ。わたしが砂風の幽体をあのとき初めて目にしたのは、砂風が地面に這いつくばってる姿なんだよね」
じゃあ飛んだところは、瑠奈はちょうど見ていなかったということか。
あれ?
そういえば……。
ふとした疑問が湧いてくる。
「あの日、幽体離脱をした瞬間、いつもなら隣で待ってくれているはずの瑠奈が、今回にかぎりいなかった気がする。いや、まあ、目にしたけど真っ先に飛ぶのにチャレンジすることしか頭になくて、視界に入りながらも認識していなかっただけかもしれないけど」
今までの経験上、幽体離脱に成功したとき、瑠奈が僕の部屋やリビングにいなかったことなんて一度でもあっただろうか?
単なる自意識過剰と捉えられかねないけど、こんな事態だ。恥を忍んで訊いてみよう。
「それはちょっとおかしいなぁ。わたしは砂風が現実にいるときは現実に、幽界にいるときは幽界にしか存在できない、砂風に付随している存在だもん。もしも砂風が幽体離脱したなら、わたしにもすぐわかるはずだし、こっちの世界に引き込まれるはず。でも、砂風が幽体離脱したと察したタイミングは、砂風が地面で横たわった瞬間なんだよね。だからこそ、わたしはあの場にすぐ現れることができたってわけ」
「うん? なんかいろいろとわけがわからなくなってきた……」
「よ~く考えてみてよ。今までは平常だったのが、異常にーーこんなふうになった原因を。……なにか思い当たる節はないの?」
あの日、僕は離脱する直前、なにをしただろうか?
ーーそうだ。
いつもと違う行動を、僕は確かにしていた。
もしかしたら、あの脱法ドラッグを使い、体調を崩して気絶でもしたのかもしれない。
そうだと仮定すると、あの薬の薬効が切れるまではこの世界に滞在できることになる。幽体離脱できる薬……まさか本物だったとは驚いた。
「ちょ、ちょっとちょっと!? いま、脱法ドラッグとか考えてなかった!? なんで薬物なんかに手を出したの!?」
瑠奈は焦りと憤りの混じった表情で僕を追及する。
「いや、幽体離脱ができるって謳い文句で販売されていたし、最近幽体離脱成功しないな~と悩んでたから、気になって瑠奈が寝ている隙に使っちゃった」
「使っちゃったて……あのね、砂風? ああいうのは全て単なる売るための煽り文句。使うだけで幽体離脱できる薬なんて発明されたらノーベル賞ものだよ? なのにどうしてこそこそ法律の穴をすり抜けてこそこそ売る必要があるの?」瑠奈は真剣な眼差して、次の建物に着地したら一時停止し僕を見つめた。「答えは簡単。そんなの、嘘だからに決まってるじゃん!」
「いや、でも現に今、長期離脱できているわけだし……」
「そんなの薬の効果なんかじゃない。だいたい、目覚めようとしても全く目が覚めないんでしょ? 正直、別の問題が現実の砂風に起こっているんだと思う」
別の問題?
はて?
脱法ドラッグを飲み干した以外に、普段と異なる行動はしていないはずなんだけど……。
「さて。果てに……海に着いたから、ここからどうするかだけど……」
「海?」
僕は建物の上から前を向き斜め下方を見渡す。そこには、きらきらと輝く水が美しいエメラルドグリーンの大海が広がっていた。
たしかに綺麗な海なんだけど、現実の近所に海はない。いくらいくつもの建物を飛び移ってきたとはいえ、現実ならもっと南下しなければ海は見られないはずだ。しかも、たとえ現実で南下し海に辿り着いたとしても、そこは泥の海というのに相応しいほど土が混ざり汚ならしい色をした海しかない。
だというのに、なんだ? この美しくも壮大な海岸は。密かに海が好きな自分はついつい感極まってしまう。
「砂風?」
「え?」
名前を呼ばれ隣を見る。
「まずわたしたちがやらなければいけないことは二つある。ひとつは、あの謎の包帯男を討伐して安全を確保すること。あいつに追いかけ回されてたら、これから幽体離脱する先々で邪魔をしにやってくる気がする。単なるかんだけど、女の勘はバカにはできないでしょ?」
それを自分から言うか? 普通……。
「とりあえずわかった」倒せるビジョンが浮かばないけど。「二つめは?」
「その二は、砂風が幽体離脱を終えて現実に戻る方法を探すこと。いくらこっちの世界の居心地がいいからって、現実の体が滅んでしまったら身も蓋もない。この幽界まで消えてなくなっちゃう。今現実ではどれほど時間が経過してるのかわたしたちにはわかる術がないけど、急ぐに越したことはない。それに……わたしの予想だと……」
よ、予想だと?
瑠奈は言葉を詰まらせ、いったん口を閉じる。
そして、改めて言葉をつづけた。
「砂風は脱法ドラッグを
「……僕は……」
否定しきれない。しかし、脱法ドラッグを使ったあと一度起きたときは、多少気分が悪いのと部屋の空気が少し、ほんの少しだけおかしいと感じられただけだ。
「まあ、とにかく、まずはこの海岸線沿いにあるどこかの宿を借りて、鋭気を養おう。わたし疲れちゃったよ。で、休みながら対策を練りつつ砂風の現状を考察する。で、おっけぃ?」
「え、あ、うん……」
鋭気を養う。
……あの包帯男に見つからないように祈りながら……。
そもそも、あの包帯男はいったい何だ?
今までにも違和感溢れる人物や蛸を幽界では目にしてきたけど、あのように、目線があっただけなのに嘔気を催すほど嫌悪感を抱いた者には遭遇したことなんて一度もない。
瑠奈も倒せず防戦一方だった。僕はなにひとつ役に立てなかった。
ふと、ここで包帯男に殺されたらどうなるのか考えてみた。
蛸に潰されたときは死んでいなかったとして、殺されたら……現実に戻れるのではないだろうか?
それなら、わざと殺られてみるという手もーー。
「ほら、砂風。早く行くよ?」
「……うん」
そのような思考を巡らせながら、僕は瑠奈を追いかけ歩き出した。
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