Episode07/差異

 意図せず僕は幽体離脱したらしい。珍しく金縛りに遭わずに目覚めたため、思わず現実なんじゃないかと目を疑ったが、隣で待ち構えていた瑠奈の手に触れることができたため、これが現実ではなく幽界ーー夢の中だと理解した。

 稀にあるが、金縛りを経由せずにする幽体離脱のなんと楽なことか。布団からはじまり、肉体も目に映えないため、肉体に引っ張られることもないのだ。

 きょうは幽体離脱をする気はなかったものの、離脱できたからには楽しむしかないだろう。


「おっ、珍しいじゃん。ここまで運んでくるの大変だったんだから感謝してよね?」

「ここまで運ぶ?」


 珍しい?

 もしかして、普段からああいう出来事が発生したときは、瑠奈がいちいち布団まで運んできてくれているのだろうか?


「まだまだ離脱つづきそうだし、次はどうするの?」


 まだまだつづくーーって、いま幽体離脱してきたばかりなのだが。

 うーん……どうするか。


「とりあえず昨日の訓練のつづきをしよう。なるべく長い時間離脱できるようにしないと、空飛ぶ訓練も物体の創造も、人物の召喚も儘ならない」

「昨日? ……うーん、結構長いあいだ離脱出来てる気がするけど。まあいいや。じゃあさっきみたいに壁づたいに周辺を散策する?」

「だね」

「じゃあさ、長く離脱できるようになったんだし、少し遠めのデパートやゲームセンターに行ってみようよ。現実との大きな違いがわかると思うよ?」


 長く離脱ができるようになったと言われても、昔よりはの話で、まだまだネットで見かけるような人たちみたく長時間離脱できるわけじゃない。


「まあ……」自宅や自宅周辺の散策ばかりでは飽きてきたし。「わかった。とりあえず一番近いゲーセンから行ってみよう」

「ん。おっけぃ」


 本音を言えば、もっとファンタジー小説に出てくるような幻想的な世界に行ってみたい。けれど、今の段階では、それは高望みし過ぎだろう。

 とはいえ、夢特有の場所にも行ってみたい。

 それらの感情が高まり、自身の幽体離脱可能な時間を考慮せずに瑠奈の問いかけに頷いてしまった。

 そうと決まれば善は急げだ。

 僕は靴を履き玄関を開けて外に出た。

 現実とほぼ変わらない町並みを横目に瑠奈と共に闊歩する。

 現実でも、こうしてかわいい触れられる女の子と一緒に歩けたらなぁと夢想してしまう。


「現実でもわたしと一緒に行動してるじゃん」

「いや……でも周りから見ればひとりぼっちだし、こうして」瑠奈の手を握ろうとする。「手を繋いで歩くこと……も……」


 瑠奈は咄嗟に手を引いた。


「……瑠奈さん?」

「手を握るのは断固拒否する。不細工が移る、男が移る」


 そんなごむたいな……。

 手を繋ぐくらいいいじゃないか。


「砂子ちゃんになれば手を握るどころかハグしてあげるのに」


 瑠奈の男嫌いは今に始まったことではないが、まさか瑠奈をつくったタルパー(マスター)である僕に対しても忌避感を抱かなくてもいいんじゃないかい?

 男嫌いーーなんて設定で瑠奈をつくったわけでもないのに、どうしてこうも瑠奈は男全般に対して嫌悪感を示すのかがわからない。

 女体化したときはむしろベタベタ体を触ってきたというのに納得できない。


 と、そうこうしているうちに駅前のゲームセンターに辿り着いた。


「うおお……」


 そこに建っているのは、現実のこじんまりとした小さな一階建てのゲームセンターではなく、外から数えて五階建てくらいはある大きな姿に変貌したゲームセンター。

 遊具施設と名付けたほうがいいほど、現実とは解離した姿のゲームセンターがそこには佇んでいた。


「中身はどうなっているんだろう?」

「たしか現実では格闘ゲームと麻雀ゲーム、あとは少しだけの音ゲーしかなかったよね?」


 瑠奈の言うとおり、現実では十二台の格闘ゲームが中央に陣取り、店の奥には麻雀のゲームが四つ、入り口付近にギターを元にした音ゲーと、タッチ式の音楽ゲーム。以上しかなかったはずだ。

 店舗の壁を擦りながら、僕はドキドキする心を抑え店舗に進入した。


 まずは一階。格闘ゲームは綺麗サッパリなくなっており、代わりにクレーンゲームが山ほど配置されていた。というかそれ以外のゲームが見当たらない。

 ゲームの店内の音が喧しくて仕方ない。そうそうここから立ち去りたい気持ちをグッと抑え、どうせまだ起きていられているのだから、と二階、三階と昇っていくことにした。

 二階にはメダルゲームが配置されており、大半がパチンコやパチスロで埋め尽くされていた。

 三階は、現実のゲームセンターと同じような内容をしている。が、格闘ゲームが揃いも揃って、僕が現実でもやっている好みの格闘ゲームしか置いていない。


「まさに砂風のなかのゲーセンって感じだね?」

「まあ、そうなるのかなぁ……にしても、十台以上おんなじ格ゲーって、現実にある近所のゲーセンではあり得ないなぁ」


 そのまま雑談しながら四階に上がると、一気に店舗の喧しさが消え失せた。


「は、はあ?」


 なんと、そこには牛丼屋があったからだ。

 おいおい、いくら夢だからといってごちゃまぜにし過ぎだろう。


「せっかくだし牛丼食べようよ」

「いや……」


 たこ焼き屋の前例を忘れたのだろうか、この子は……。


「とりあえずゲーセンはかなり変わっていることがわかった。次はショッピングモールに行こう」


 ここより少し離れているが、ゲームセンターでここまで変化があるなら、行き慣れたショッピングモールなぞ大胆に変貌を遂げているだろう。


「ん、おっけぃ」


 瑠奈の了承を得て、僕らはゲームセンターをあとにした。

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